V遊記

第13回


 さて、井乃浄に声をかけられたキョンシーはこう答えた。
キ「確かにそうです。死んでも死にきれず、キョンシーになってしまいました」
井「なんでこんな夜中に出歩いてるんだよ」
キ「あのー、キョンシーは夜しか出歩かれへんのですけど」
井「あ、そうなのか。よかったら俺たちの所へ来いよ。話を聞かせてくれ」
キ「そう言われましても」
井「そうやってキョンシーになって出歩いてるからには、何か訳があるんだろ。力になれるかもしれないよ」
キ「そうですか……」
井「こっちだ。あんたの通り道だから」
 そういうと井乃浄は先に立って歩き出した。キョンシーも同じ方向へ帰るのでその後に続いてドスンドスンと歩いていく。
 寺のところに来ると、八戒が首を出してこちらを見ている。
井「お客さんだぜ」
准「誰や」
井「さっきのキョンシーさ」
 そういうと、井乃浄はキョンシーの袖を引いて中に入れようとした。しかし、キョンシーは入ろうとしない。
井「何だよ、遠慮するなよ」
キ「そういうわけやのうて、中が明るすぎるんですわ」
准「キョンシーは光に弱いんや」
 キョンシー、ちょっと驚いて、
「あれ、そのなまりは」
准「あんさん、ひっとすると同郷かいな」
キ「奇遇ですなあ」
 井乃浄、感心して、
「へえ、これもきっと何かの縁だぜ」
と言うと、中に向かって、
「明るくてお客さんが入れないそうだ。ちょっと暗くしてくれ」
 剛空は健蔵の顔を見たが、健蔵が頷いたので、囲炉裏で燃えていた薪を灰の中に立て、部屋を暗くした。
剛空「これでどうだ」
キ「これなら入れます」
 中に入った井乃浄たち、それぞれ腰を下ろすが、キョンシーは立ったまま。
健蔵「どうぞお座りください」
キ「お言葉はありがたいのですが、キョンシーは膝が曲がらんのです」
井「そうなのか。ま、悪いけど俺たちは座って聞かせてもらうぜ」
准「聞かせてもらうって?」
井「この人の身の上話だよ。何か訳ありらしい」
准「そら、キョンシーになったくらいや、わけありに決まっとるやん」
健蔵「もし私たちにできることがあれば力になりましょう」
 そこで健蔵一行はそれぞれ名乗り、キョンシーに名を尋ねると、キョンシーは、
「姓は城(じょう)、名は島茂(とうも)と申します」
と答え、聞かれるままに身の上を語り始めた。わずかにチロチロと燃える灯りの中にキョンシーの顔が浮かび上がり、寒気がするような光景のはずなのに、キョンシーの顔は、皺だらけになっているとはいえ、恐怖を感じさせるものはない。
城「実はわたしはもともと天界におりまして」
准「きっと俺とおなじところの生まれや」
城「はい。子供の頃から、何とかして天界で名を知られたいと思って天界官職予備校に入ったのですが」
井「あ、俺も入ってた」
城「そうだったんですか。しかし、わたしはなかなか官職に就けなくて。後から入って来たのに先を越されることも多くて……」
井「うん、うん、そういうことってあるんだよな」
城「それでまあイライラしてるうちに好きな女ができまして」
井「女でしくじったか」
城「しくじったというわけではありませんが……。うまく仕事に就けなくてもその女に慰められ、いつかはきっとメジャーになってみせるんだと自分を励まして頑張っておりました」
准「何か仕事に就くっちゅうのはそないに大変なことなんか」
剛空「お前みたいにすぐに何かの役目が与えられるなんてのは例外中の例外だ」
准「そやけど、役目ができたおかげでえらい苦労したで」
井「まあ、とにかく話を聞こうや」
城「しかし、いくら頑張っても大した役にはつけず、後輩はどんどん名をあげていくのに、自分だけ取り残されているような気がして……」
井「うん、うん、分かるよ、その気持ち」
 井乃浄は細い目に涙を浮かべ、しゃれこうべで固定された首でしきりに頷いている。

 さてそれからキョンシーが語ったのを聞けば、とうとう大きな仕事が来たが、それは、人間として生まれ変わり、同じように転生する仲間と一緒になって、人間界に娯楽を提供するというもの。うまくいけば、その後天界に戻り、高い地位が与えられるという。そのため、一緒に選ばれたメンバーと歌や踊りの修行に励んだが、いよいよ人間界に身を投じるという時になって心に迷いが生じた。

城「女のことなんですわ。このまま人間に生まれ変わったら、離ればなれになってしまいます。仕事は欲しい、でも別れたくない、板挟みになりました」
 キョンシーはここまで話して涙を落とした。一同、黙って聞いている。
城「ところが、女が会いに来ましてな、こう言うんですわ」

 会いに来た女が言ったことには、
「大丈夫。また会える。わたしは一度だけ人間に生まれ変わる権利を買ったの。あなたが人間に生まれ変わったら、わたしも同じ土地で人間の女に生まれ変わるから。そして、大きくなったらあなたを探すわ。あなたもわたしを探してね」
「そらええ考えや。きっとやで。約束や。人間界で一緒になろ」
 果たして、人間界に生まれ変わって二十年近くがたったある日、偶然道ですれ違った時に互いの前世の記憶がよみがえり、以前と同じように恋に落ちた。

城「ところが、この世では身分が違いすぎたんですわ。相手は良家のお嬢様。こっちはしがない胡弓弾き。向こうの親が会わせてくれませんのや」
井「他のメンバーとは一緒になってたのかい」
城「それがそっちの方は全く会えませんで。だからよけいに女のことばかり考えておりました」

 会うことができず思いは募るばかりの二人、とうとう恋患いで寝込んでしまった。
 もともと貧乏楽士だった男は薬も買えずほどなく死んでしまったのだが、埋葬されても思いは消えず、キョンシーとなって女を求めて歩き回ることになってしまった。

井「で、相手の女はどうしたんだ」
城「それがさっきの場所に眠っておるんです」
井「あ、それで中からも音がしたのか。相手も死んでキョンシーになっちまったというわけだ」
城「そういうことなんです」
剛空「お互い死んで会えるようになったのかい」
城「それが駄目でして。相手の親はわたしの魂が会いに行くのも許さないというわけで、道士の何とか真人(しんじん)というのを呼んで門にお札を貼らせたんです。あのお札がある限り、わたしも女も門に触れることができないんです」
准「大変やったんやなあ」
井「ようし、分かった。俺がそのお札を剥がしてやる」
剛空「あんまり安請け合いしない方がいいんじゃないか」
井「ばかにするな。俺はさっき門に触ったけど平気だった。さっそく行こう」
城「それはぜひお願いしたいのですが、残念ながらこれから行ったのでは夜が明けてしまいます。日光を浴びたら、わたしは死んでしまいます」
准「もう死んどるやん」
井「そうか、分かった。とにかく、夜になったらここに来いよ」
城「はい」
 キョンシーはぺこりと上体を折って礼をすると、出口の方へドスンドスンと歩いていった。
 さて、井乃浄は、見事キョンシーを女と再会させることができるのかどうか、それは次回で。