V遊記

第12回


 さて、おサカ様は呪文を唱え、聖皇に向かって指を突きつけたが、聖皇は痛くも痒くもない様子。
 ちょっと慌てたおサカ様、
「かくなる上は最後の手段だ」
と言うと、両手を広げ、
「行くぞ」
と叫んだ。健蔵たち、一体何が起きるのかと固唾をのんでいたが、おサカ様が「えいっ」と声をかけたとたん目の前の風景が一変した。
 一瞬にして場所は城の広間から屋外に変わっている。周りには建物らしいものはなく、草原や茂みがあるばかり。
健蔵「これは一体……」
おサカ様「わたしだけが使える最終奥義を使ったのだ」
剛空「最終奥義?」
おサカ様「瞬間移動だ」
准「それって、ただ逃げただけやん」
井「あの女はどうなったんだよ」
健蔵「ナガンノン様がいない。きっとナガンノン様があの女をやっつけて……」
 そこへ光が現れた。
健蔵「ナガンノン様! やはりナガンノン様が」
 光の中から現れたナガンノン、馬を引いている。
ナガンノン「馬を連れてきたよ」
健蔵「あの女は?」
ナガンノン「いやー、馬のことが精一杯で女までは手が回らなかった。いずれにせよ、おサカ様ならともかく、わたしには倒せない相手だ」
 全員がおサカ様に目を向けると、おサカ様、照れ笑いをして、
「足の指の骨折が治ってないもんだからね。このけがさえなければあれしきの妖怪、小指一本で叩きのめしてやるんだが。いやー惜しいことをした。それでは私たちは帰るぞ」
と言うと、ナガンノンに頷いて見せ、姿を消した。ナガンノンもすっと消える。
剛空「今日はいつものせりふはなかったな」
准「何か先行き不安やなあ」
井「何だよ、結局あの女はあのままかよ。やっつけるのかと思ってたのに」
准「おサカ様もあんまりあてにならんなあ」
 剛空はただ笑っていたが、思いもかけぬ展開に、健蔵は言葉もない。
 ひとまずその夜はそこで身を寄せ合って朝を迎えることとした。
 翌日からまた旅を続け、昼には歩み、夜には宿りして日を重ねていったが、ある時、町や村にたどり着く前に日がだいぶ傾いてしまった。
剛空「ちょっとやばいですね。この先どうなってるのか見てきます」
と、金斗雲に乗って飛んでいったが、すぐに戻ってきて、
「この先に、誰もいない寺があります。とりあえずそこで夜露をしのぎましょう」
 そこで一行は足を早めて寺を目指した。着いてみると、確かに人の気配はない。野宿よりはましと荷物を下ろし、庫裏で火をおこして簡単な夕食をとると、後は寝るばかりとなった。
 寺の周りは静まり返り、物音一つしない。
准「それにしても寂しいとこやなあ」
井「ほんと、化け物でも出そうだ」
剛空「自分だって化け物じゃないか」
井「化け物じゃないよ」
剛空「化け物じゃないなら何だ」
井「そうだなあ、何だろうな。ね、師匠、俺たちって何でしょうね」
 そう聞かれても健蔵にも答えようがない。
健蔵「さあ、人間ではないし、化け物というのも違うようだし……」
准「戦士はどうやろ」
剛空「戦士?」
准「そうや、お師匠さんを守る戦士や」
井「いいねえ、それ。戦士で行こう。三戦士だ」
剛空「俺は戦士はいやだね」
准「戦士がいやなら何がええねん」
剛空「何がいいってわけじゃない。俺は俺だ。俺以外の何者でもない。俺は俺のやりたいようにやる」
准「なんやようわからんなあ」
井「協調性がないんじゃないの」
 その時剛空が何かに気づき、唇に指を当てて二人を黙らせた。耳を澄ましていると、かすかに、ドサッ、ドサッという音が聞こえてくる。
 剛空は足音を忍ばせて入り口の方へ行くと、外の様子をうかがった。音は次第に近づいてくる。剛空は何かを見つけたらしく、如意棒を握りしめて身構えている。
 音はいよいよ近づいてきて、入り口のすぐ近くまで来ているようだが、剛空は怪訝な表情になり、首をひねっている。
 それをみた八戒、
「どうしたん」
と言うと、自分も入り口から外を見たが、
「ありゃ。どこ行くんやろ」
と言って、健蔵と井乃浄を手招きした。それで二人も入り口の所へ行ったが、外を見てみると、ちょうど入り口の前を音の主が通り過ぎて行くところだった。そこを通ったのは、質素な死に装束を着た男で、両手をまっすぐ前へのばし、両足をそろえてジャンプしながら前へ進んでいる。健蔵たち四人がすぐそばにいるのにまったく目を向けようともしない。若い男のようにも見えるが、顔には何本ものしわがあり、年老いているようにも見える。
 八戒は、
「キョンシーや」
と、目の前を通り過ぎていくのを見ながらつぶやいた。
井「キョンシーって何だ」
准「キョンシーちゅうのはな、死んだ人間や。何か思い残したことがあったりすると、死んでも死にきれんちゅうことでああやって夜中に歩き回るんや。恨みがあって死んだもんは人に悪さをすることもあるっちゅう話や」
井「よく知ってるなあ」
准「結構長いこと人間の世界におったからな」
健蔵「何してるんだろう」
井「気になりますね。おれがちょっと後をつけてって見ますよ」
 そういうと井乃浄は返事を待たずに外に出てキョンシーのあとについて歩き出した。キョンシーが全く関心を示さないので、隠れることもなく堂々と歩いていく。
 キョンシーの方は、相変わらずドスンドスンと進んでいき、ある建物の前に出た。井乃浄が見てみると、それはどうやら金持ちの祠堂(しどう・棺を安置する建物)らしい。キョンシーはそのまわりをぐるぐる回り、中に入りたそうにしている。しかりまわりはぐるりと土の壁になっており、唯一の門はしっかり閉じられている。キョンシーは何度かその門に触れようとするが、そのたび電気が通ったようになって門から離れる。
 しばらくそうやっていたが、とうとうあきらめたらしく、元来た道を例によってドスンドスンと歩き出した。井乃浄が物陰にかくれてキョンシーが通るのを見ていると、未練があるらしく何度も振り返っては歩いていく。
 キョンシーがいなくなってから、井乃浄はその祠堂の方へ行ってみた。近くで見るとだいぶ古ぼけており、最近は手入れされていないらしい。門を見ると、ピタリと閉ざされていただけでなく、お札で封がしてある。
井「ははあ、このお札のせいで入れなかったのか」
 井乃浄がお札を見ていると、中からかすかな物音が聞こえた。門に耳を当てて聞いてみると、足音らしい、ドスンドスンという音が聞こえる。お札にもそっと触れてみたが、別にどうということもない。
井「どうなってるんだ」
 井乃浄、不思議には思ったが、それ以上の詮索はせず、一行の待つ寺へ戻ることにした。井乃浄が早足で歩いていくと、すぐにキョンシーに追いついてしまった。キョンシーは、祠堂の方を振り向いたときに初めて井乃浄に気づき、ドキッとしてあまり大きくない目を見張ったが、井乃浄の方は気さくに声をかけた。
井「あんたキョンシーなんだってな」
 声をかけられたキョンシー、じっと井乃浄を見た。井乃浄も相手をじっと見たが、よく見ると、死んでから時間がたっているためか、ひからびて皺だらけである。
 しばらくしてキョンシーは口を開いたが、一体何と言ったのか、それは次回で。