V遊記

第11回


 健蔵が謎の女王にさらわれた後、残された三人は用心しながら町に入っていった。しかし、町の様子には特に変わったところはない。
 三人はとりあえず宿を見つけ、荷物を置くと、主人に話を聞いてみた。
剛空「ここの王様はどんな人だい」
主人「ここは女王様がいらしてね。美しい方だ」
剛空「女王の名前は?」
主人「本名は知らんよ。町では、聖皇様と呼ばれている」
准「せいこ?」
主人「せいこじゃない、せいこうさま、だ」
井「いいねえ。美人の王様か」
 主人はじろっと井乃浄の顔を見て、
「美しいのはいいんだが……。ま、あんたなら大丈夫だね」
准「何が大丈夫やねん」
主人「いやね、聖皇様はご自身が人一倍美しいせいか、きれいな男が好きでね。気に入ると城に閉じこめちまうんだ。それで変なうわさが立って、最近じゃ、この町を通らないですむように遠回りする道もできちまった。聖皇様が気に入るのはほんとうに美しい男だけなのに、変に自信のあるやつらはみんな遠回りするもんだから、最近は商売あがったりだ」
剛空「そういうことだったのか」
井「で、その聖皇につかまったらどうなるんだね」
主人「取って食われるわけじゃないし、いい思いもする。それにいつかは帰してもらえる」
井「いいなあ、うらやましいなあ。結構な話じゃないか」
 剛空、これには井乃浄をにらみつけ、
「だったら、お前がつかまればいいんだよ」
主人「この人じゃだめだろう」
井「なんだよそりゃあ。まあ、師匠に比べるとおれはちょっとね」
 剛空、最後まで聞かずに、主人に、
「いつ帰してもらえるんだ」
主人「そりゃあ、美しくなくなったらお役ご免ってことさ」
准「美しくなくなったら?」
主人「まあ、なんというか、聖皇様のお相手をすると、美しさとか若さとかいうものを吸い取られるらしいんだな。短い人で一晩、長い人で一週間だな。ま、あんたたちなら大丈夫だよ。つかまりっこないから。心配しないでゆっくりしていきな」
 主人の話を聞いた三人、健蔵の命に危険はないことはわかったものの、気が気ではない。
准「美しさとか若さとかいうもんを吸いとられてしもうたら、うちのお師匠さん、どうなるんやろ」
井「あんまり想像したくないなあ。俺が代わってあげたいくらいだ」
准「四人の中から師匠だけが選ばれたんやから、おれらは好みにあわんちゅうことや」
剛空「そんなことより、これからどうする。正面から行って勝てる相手じゃない」
准「師匠にはちょっとこらえてもろて、夜中に寝込みを襲うか」
剛空「それしかないだろうな」
井「ああ、俺が代わってあげたいなあ」
剛空「吸い取られるだけのものを持ってるのかよ」
井「聖皇って、きっとすごくいい女なんだろうなあ」
剛空「聞いてんのかよ」
准「ま、とにかく飯にしよ」
剛空「……」
 さて、一方の健蔵はというと、聖皇につかまったまま剛空たちとは離ればなれで心細いこと限りない。聖皇は甘い言葉で健蔵をその気にさせようとするが、健蔵はいっこうにその気にならない。しかし、日が暮れると、家来たちによって、健蔵は聖皇の寝室に押し込まれてしまった。
聖皇「さあ、坊や。命が惜しかったらわたしのものになるのよ」
 そう言いながら近づいてくる聖皇の姿はと言えば、薄い透け透けのネグリジェだけをまとっている。下着はつけていないのがすぐわかる。このままではどんな目に遭わされるかは目に見えている。何とか聖皇の気持ちをほかに向けさせなくてはならない。健蔵は聖皇の顔をじっと見ると、つとめて声を明るくし、
「聖皇様、ちょっと気がついたのですが」
と話しかけた。
聖皇「なあに、坊や」
健蔵「聖皇様のお化粧ですが、ちょっと変えるだけでもっともっと美しくなりますよ」
聖皇「何よ突然、どうしろって言うのよ」
健蔵「まず、眉です。細くしすぎて少しきつい感じがします。もう少しなだらかなラインで描けばもっと自然な美しさを表に出せます」
聖皇「あら、偉そうなこと言うわね」
健蔵「よろしければ、わたしが眉を描いて差し上げます」
聖皇「そう、じゃあ、そうしてもらうわ。ただし、明日の朝にね。今はそんなことよりも夜のお楽しみが大事なのよ。さあ、わたしのものになりなさい」
 健蔵は慌てて聖皇から目をそらし、一心に祈った。
「ナガンノン様、お助けください」
 すると祈りが通じたのか、薄暗くされていた部屋が突然明るくなった。驚いた聖皇が光の源に目を向けると、ナガンノンが姿を現した。
健蔵「ナガンノン様!」
ナガンノン「健蔵、危ないところだったな」
聖皇「何者!」
ナガンノン「名乗るほどのものではない」
聖皇「あんたが名乗らなくたってこの坊やがナガンノンって呼んでたわよね」
ナガンノン「……。つまらぬことはやめてもらおう」
聖皇「何がつまらないのよ。あたしの勝手よ」
と、ここまでは語気が荒かった聖皇、ナガンノンの顔をじろじろと見て、
「あんたも結構いい男じゃない。あんたでもいいわ。さあ、一緒に楽しみましょう」
と言うと、なまめかしい微笑を浮かべてナガンノンに歩み寄っていく。ナガンノン、その迫力に思わず一歩下がったが、ぐっとこらえて、口でなにやら呪文を唱えると、ばっと右手の手のひらを聖皇に向けてつきだし、
「えいっ!」
と声をかえた。ところが聖皇は全く気にせずそばへ行き、手を伸ばしてナガンノンに触れようとする。慌てたナガンノン、
「うわっ、ちょっと待て」
と言うと、姿を消してしまった。聖皇は目をぱちくりさせ、健蔵はがっかりしてしまった。またもとのように聖皇と二人きりになってしまった健蔵は、不安におびえるばかり。と、その時、耳元にブーンと小さな虫が飛ぶような音がしたかと思うと、かすかに剛空の声がした。
「お師匠、俺です。剛空です」
健蔵「どこにいるんだ」
剛空「しっ、声を出さないで。今助けますから」
 聖皇、健蔵の様子を見て、
「ははーん、なにやら邪魔者が来たようね」
と言うとまた剛空が化けた羽虫めがけて息を吹きかけようとした。ところがその瞬間、広間の方からドンガラガンと大きな音がしたかと思うと、「ウオーッ」という叫び声が聞こえた。聖皇がそれに気を取られ、ドアの方へ体を向けた瞬間、剛空は、
「今だ」
とささやくと、ぱっと元の姿に戻り、健蔵の手を引き、窓を突き破って飛び出した。屋根の上に出た剛空、健蔵を抱きかかえ、ジャンプ一番、隣の屋根に飛び移る。それを見た聖皇、にやりと笑い、
「このわたしから逃げられると思ってるの」
と言うと、二人に向かって怪しく手招きした。聖皇が、手のひらを上に向け、指を動かして招き寄せる仕草をすると、剛空と健蔵がどんなに逆らっても、見えない糸で引き戻されるかのように、ずるずると聖皇の方へ引き寄せられていく。
 聖皇は、
「二人とも広間においで」
と言うと、自分はさっさと広間の方へ歩き出した。剛空と健蔵は抱き合ったまま広間の窓に吸い寄せられ、広間の床に転がり落ちた。落ちてみると、准八戒と井乃浄がとらえられ、縄でぐるぐる巻きにされている。椅子に座った聖皇、
「いけない坊やたちね。せっかくのわたしの楽しみを邪魔するなんて、許さないわよ」
と言って、四人を見回したが、剛空に目を留め、
「あら、虫になってた坊やもけっこうワイルドでいい感じね」
と言ってウィンクした。剛空、思わずぞくぞくっとしたが何とかにらみ返した。
 聖皇、今度は八戒を見つめ、
「こっちは男としてはまだまだね。でもぽっちゃりしてて食べたらおいしそうね」
 これには八戒、生きた心地がしない。
准「食われるのはいやや」
聖皇「そうね、今食べるのはもったいないから、許してあげてもいいかな」
 そこへ井乃浄、
「俺はどうなんだよ」
と声をかけた。
聖皇「あら、あんた何よ」
井「何って言われても……」
聖皇「あんたは帰ってもいいわよ」
 これには井乃浄も返答のしようがない。その時、健蔵が、
「ナガンノン様!」
と声を上げた。井乃浄が顔を上げると、広間の中が明るくなっている。しかし、光の中から現れたのは、ナガンノン一人ではなく、椅子に座ったおサカ様も一緒だった。
おサカ様「邪魔するのはやめてもらおう」
 聖皇、むっとしておサカ様の方を見たが、
「あら、いい男」
とほほえんだ。
おサカ様「お世辞など通じないぞ」
聖皇「あんたじゃないわよ。あんたの隣の人」
 ナガンノンは、慌てておサカ様の後ろに回る。おサカ様、むっとして、
「とにかく邪魔するな」
聖皇「邪魔してんのはあんたたちの方でしょ」
おサカ様「この四人は連れて行くぞ」
 聖皇、
「冗談じゃないわよ」
と声を荒げたが、ナガンノンをみつめ、
「その人を置いてってくれるんならいいかな……」
 これにはナガンノンの顔色が変わった。
ナガンノン「おサカ様、やっつけちゃってくださいよ」
おサカ様「そうするしかないようだな」
聖皇「やれるもんならやってごらん」
 おサカ様、両手を合わせ印を結び、呪文を唱えると、えいっ、と指を聖皇に突きつけた。
 さて、おサカ様の法力は聖皇に通じるのかどうか。それは次回で。