第7回
「すごい……」
剛は思わず声に出してしまう。野盗の数は四十には足りないかも知れないが、三十は越えているだろう。予期した敵でなければ、倍にも見えるかも知れない。
みな、野盗の群が近づいてくるのをを息を飲んで見つめている。
馬の鼻息、体を振るう音。がちゃがちゃと刀のふれあう音。そして、野卑な男達の笑い声、怒鳴り声。それが、朝靄の中をこちらに近づいてくる。
「おおっ!?」
先頭を歩いてきた一騎が、藁を積んだ落とし穴に馬の前足をつっこんだ。
「なんだっ」
隣を歩いていた一騎も足を取られ、横倒しになる。
続いて二三騎が馬ごと倒れる。馬たちのいななきがひびく。野盗の列はたちまちのうちに乱れ、騒々しい怒鳴り声があたりに満ちた。だが、
「……どうしたっ」
大音声があたりに響く。
列の後ろから、頭領とおぼしき男が列の前に進み出ながら怒鳴る。
「なにがあったあっ」
「しゅ、首領……」
「落とし穴があったんで……」
馬から落とされた野盗たちが起きあがりながら口々に答える。
「落とし穴だと……」
首領(高嶋政弘)が鼻で笑う。
「……百姓ども、少しは知恵を出したと見えるな……」
高嶋の周りにいた野盗が二三人馬から下り、周囲を調べる。
「首領っ、こちらです、ここはなにもありません」
高嶋はそちらに目を向け、馬の首を回す。
「細い道だ、馬は引いた方がいいぞっ」
初めに小道に入って行った男が叫ぶ。それに呼応して、続く者は馬から下りる。まだ下りずにいる者も多い。首領・高嶋はその様子を馬上から見ている。
「……抜け駆けがあったと思いましたが……」
高嶋の隣の男(島田久作)が、馬に乗ったまま高嶋に言う。
「……この村に来たのではないのでしょうか。存外静かですな……」
「……」
馬を乗り捨てた男達が、大して警戒もせずに小道を入ってくる。
木陰からそれを見、視線をかわす坂本、長野、そして剛。坂本が剛に強い目を向ける。剛は一度目を伏せるが、再びあげた瞳は今までにない鋭い光を帯びている。
五人ほどの野盗が続いて入って来る。一人は馬を引いている。とりあえず彼らが木立に入り、残りの野盗の死角に入ったところを見計らい、音もなく坂本は一番後ろを歩いていた男に近づく。声を出させないように後ろから口を押さえ、そのまま喉元を掻き切る。声をたて得ないまま、男は絶命し、崩れ落ちる。すべてが一瞬だ。
間髪を入れず、長野がその前の男にかかる。こちらは多少気配を気づかれ、男は顔を長野の方にむきかける。だが長野は男の振り向きざまを一刀に斬り下ろす。
「ぐわっ」
その声に、前を歩いていた男達が刀に手をかけながら振り向く。だが剛もすでに飛び出している。振り向きざまでまだなんの構えもしていない男の懐が大きく開いている。剛は斬らない。そこを突く。男が倒れる前に飛び退き、もう一人、その前の男がかかってこようとするのを流すように受けながら、返す刀で胴を払う。
「うぐっ」
その男がうめいたのと、先頭の男が吠えるような声をあげたのは、ほとんど同時だった。見れば、先頭の男には、四本もの竹槍が突き刺さっている。
「ヒヒーーン!」
主を失った馬がいななく。
「どうっ」
長野がおそれずに馬に駆け寄り、懸命に手綱を取る。
竹槍が刺さった男はまだ死んではいない。竹槍を体に刺したまま仁王立ちになり、自分をこんな目に遭わせた百姓達をかっと開いた恐ろしい目でにらんでいる。
「ひいっ」
百姓達はその気迫に押され、おもわず後ずさりする。
だが、男は鬼のような形相のまま、そのまま前のめりに倒れる。男の後ろにいたのは坂本。坂本も髪を振り乱して、声を潜めながらも鬼のように百姓達に言う。
「馬鹿っ。怖じけるなっ。すぐまた来るんだぞっ」
坂本の言葉通り、すぐに後続の野盗達がやってくる気配がする。
「おーい」
野盗が仲間を呼ぶ声がする。
「どっちへ行った?」
殺した野盗の死体は、すでに迅速に茂みの影に隠してある。仲間を呼ぶ声には、まだ警戒の色はない。
息を弾ませ、それを木陰から見つめる剛。坂本が近くに隠れる。
「……森田」
坂本が視線は野盗達の方から離さずにつぶやく。剛は振り向く。
「やれるじゃねえか」
「……」
「だがよ、これからが本番だぜ……」
微かだがしっかりと頷く剛。
庄屋の屋敷。
野盗襲来の知らせに、女や子供たちの多くが集まってきている。せん吉、せん吉の息子の賢吉らが、たすき掛けに竹槍を手にとって屋敷の周囲を警戒している。賢吉が裏門を見回っていると、中から庄屋の娘、松本恵の声。
「……ねえ、お久美ちゃんは?」
松本の声は切迫している。賢吉は中をうかがう。
「お久美ちゃんを知らない?」
松本に訊かれた百姓女は困惑気に答える。
「……お久美はきっと来ねえだよ」
松本は驚いて、
「どうして? お久美ちゃんちはおばさんとお久美ちゃん二人きりなのよ。ここにこなきゃ余計あぶないでしょう?」
「……そんなこと言っても……」
女は迷惑そうに、自分の隣の、赤ん坊をおぶっている女の方を見る。
「んだよお」
赤ん坊をおぶった女は、もう一人小さな子を抱き寄せながら、面倒そうに言う。
「あたしらはちゃんとお久美に、あんたは来たきゃ来なって言っただよ」
「あんたは来たきゃ来な……?」
松本はよく意味が分からず、聞き返す。
「そうだよ。お久美の母親は胸をやられてんだよ。あんな女に人の集まるとこに来られちゃ、たとえ野盗にやられなくても、こんだこっちが胸をやられちまう。……だからさ、あの女が来るのはやだけど、お久美は来てもいいよって、ちゃんとそう言っただよ」
「……なんですって……」
松本は驚いて声がかすれる。
「だって、それじゃ……、それじゃお久美ちゃんとおばさんは……」
「しょうがねえよ」
女がふてくされたように言う。
「子供らに妙な病がうつったらどうするね、お嬢さん」
「……だけど……」
松本はよろよろと立ち上がる。
「お久美ちゃん……。どうしよう……」
「お嬢さん、俺が見てくる!」
そう言ったのはいつの間にか側に来ていた賢吉。
「賢吉さん」
「けっ、なんて人情のねえ女どもだ!」
賢吉が吐き捨てるように言う。言われた女達は悔しそうに、
「おまえのおっかさんだって、それがいいと言っただよ!」
「……」
賢吉は返事をせずに、仲間達の方へ駆け去る。庄屋屋敷の門の周りを警戒していた二人ほどの仲間と賢吉がお久美の家の方に去るのが見える。心配そうにそちらに目をやる松本。
松本は自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「お久美ちゃんは大丈夫よね。だって、ちゃんと村を守ってくれてるお侍さま達がいるものね……」
森の中。
「おいっ」
「どうしたあっ」
騎馬のまま、二人の野盗があたりを不審そうに見回しながら入ってくる。狭い道なので、馬は歩きにくそうだ。
「今やっ」
木陰でそれをのぞいていた岡田が小さく叫ぶ。その声に、茂みの中の百姓達が動く。
「ひひーーんん!」
いなないて、歩いていた馬が二頭とも倒れる。百姓達は足許に仕掛けて置いた縄を引いて、馬の足を取ったのだ。
「野盗め!」
野盗が倒れたところを逃さず、別の二組の百姓達が、一斉に竹槍で襲いかかる。
それを見る坂本、剛。だが。
顔を上げた剛が目を見張る。……見られた! 後ろからすでに来ていた野盗がいたのだ。 「坂本さん!」
坂本も無言で駆け出している。だが、遅かった。
「来るな、来るなあーーっ」
男がまろぶように走りながら叫んでいるのが聞こえる。
「ちいいっ」
坂本は舌打ちしたかと思うと、長野がつないでおいた馬の方に向かって駆けていきざまに、怒鳴る。
「長野っ、俺は戻るっ」
「……わかった!」
坂本は馬を連れて森から抜けると、走りながら馬にまたがって、駈け去る。
「俺も! 俺も行くで!」
止める暇もなく岡田もあとに続いて駆け出す。
森に入る小道の下では、野盗達が、別の入り口も見つけようとして左右に少しばらけながら、まだたまっている。そこへ。
「しゅ、首領!!」
駆け戻った野盗が息を切らせて叫ぶ。
「百姓どもが、罠を張っています!!」
どよめく野盗達。
「罠だと!」
「百姓が!?」
「先に入って行った奴らはどうした?」
そんな怒鳴り声の中、高嶋は目をむいて森を見つめ、絞り出すような声を出す。
「なんだと……」
野盗の幾人かはいきり立ち、
「ど百姓があっ」
叫びながら、馬の脇腹を蹴りつけて森の中に入っていく。
「……首領……?」
そう尋ねた島田の声を聞いたのか聞かないのか、高嶋は突然すごい顔つきで笑う。
笑い終わると、高嶋は嶋田をにらむように見、すごんだ声で言う。
「このまま引き下がるわけにはいかねえだろう?」
「……そうですね」
「……よし!」
高嶋は馬の首を大きく回し、まだ残っている野盗全体に怒鳴る。
「別の入り口があるはずだ! 俺達をなめるとどうなるか教えてやれ!」
「おおう!」
今までにない怒気をはらんだ野盗達の声がこだまし、野盗達はそれぞれの馬を蹴りたて、走り出す。
「百姓どもっ」
そう叫びながら馬で森に入ってきた3人の野盗。やはり馬では進みづらいので、四方を用心しながら馬から下りる。
「出てこいっ、切り刻んでやるっ」
一人が怒鳴る。そこへ、石が投げつけられる。
「なんだっ」
「くそおっ」
石は勢いよく投げつけられ、馬達が興奮して暴れる。野盗達はその場を動けず、百姓達はいよいよいきり立って、前もって集めて置かれた石を投げる。不安げにそれを見る長野。剛も手を出せず様子を見る。
「ちいい……」
石が額にあたり、血が目に入ってしまった野盗がその血を払おうとしたとき、
「……まだだっ」
長野が小さく叫ぶが、
「いくぞ!!」
百姓達が叫び、一斉に竹槍を繰り出す。
「ぐっ」
血を払おうとした野盗は倒れるが、一人は間一髪で地に伏せ、一人は竹槍にかすられながらもそれを刀で振り払う。竹槍が体に刺さった一人だけは地面に倒れるが、それと同時にうまく避けた二人の野盗は跳ね起きて、薪(まき)のように太い腕で刀を振るう。
「ひいいっ」
逃げ遅れた百姓達がその刀に斬られ、腕を伸ばしたまま倒れる。それを見て、今までの勝利に気を強くしていた百姓達に動揺が走る。
百姓達は手負いの野盗のぎらつくような視線に飲まれる。
「……え、えい!」
気合いの入らぬ声で竹槍を突き出すが、野盗はじりじりと百姓達に近づく。その時、
「こちらだ!!」
声を出して野盗の後ろに飛び出したのは、剛。そして、長野。
二人の野盗はその声に振り向く。
対峙する4人。
「……なるほどな」
野盗の一人が吐き捨てるように言う。
「おかしいとおもったぜ。百姓どもに、こんなことを考えつく度胸があるわけがねえからな」
「……」
「おまえ達、なんで俺達のじゃまをするんだ?」
「……」
「……金か? 金で雇われたんだな」
そう言うと野盗はぺっと唾を吐く。
「侍の面汚しが!」
「……」
長野も剛も一言も発さない。
「てえええい!」
二人の野盗がそれぞれ剛と長野めがけてかかって来る。
それを迎え撃つ剛と長野。
木々の合間に、刀のぶつかり合う音がカキーン!と響く。
すれ違って静止する二組。
構えを崩さず立ったままの剛の頬に、つうっと血の線が入り、長野が片膝を突いて、斬られたらしい肩を押さえる。だが。
しばしして、どうっと倒れたのは二人の野盗の方である。
「長野さんっ」
剛が振り返ると、長野が笑って顔を上げる。
「大丈夫だ」
それを見ると剛は刀を鞘にも入れぬまま、野盗達の来た方に駆け出す。
森の出口にはもう誰もいない。馬が何頭かつながれて草をはんでいる。
「……やはりここは終わりか……! 村が危ない!」
悔しそうに言うと、剛はきびすを返して走り出す。
野盗達が竹矢来を壊している。大勢の力に竹矢来が崩れる。
すぐに入ろうとする仲間を島田が止める。
「待て」
野盗達は振り返る。島田が言う。
「……調べて見ろ」
一人の野盗が馬を下りて崩れた竹矢来の向こう側を調べる。
「……ここに落とし穴がありますが……、あちら側は通れます」
「よし」
島田、頷いて、高嶋を見る。高嶋が怒鳴る。
「行け!」
野盗達の馬が、足音も猛々しく村に入っていく。
村の東側、北側、双方の中心あたりに作られた連絡小屋。井ノ原は樽に腰掛けてあたりを見回している。その周りに、十人ほどの武装した百姓。そこへ、馬で駆け込んでくる坂本。
「坂本さん!」
坂本の姿を見て、井ノ原が立ち上がる。
「……待ち伏せに気づかれた……!」
坂本が息を切らせながら叫ぶ。
「まだ二十人以上残ってるはずだ。気づいた以上、奴ら、ただじゃ帰らねえだろう。……すぐにこっちに来るぜ、井ノ原!」
「……わかった!」
そんな連絡小屋から少し離れた場所を、お久美の家に向かう、小橋賢治の賢吉とその仲間二人。
「どうしたんだろう」
仲間の一人が、騎馬のままの坂本の姿に気づいて不安そうに言う。
「けっ。でかいこと言っておいて、つまりは逃げ出してきたんじゃねえか?」
そう言ったのは小橋。
「あんなやつら頼りになんてできねえ。……はやくお久美達を連れてきて、そして俺達が女子供を守るんだ!」
「……ん、そうだな」
言われた若者も、口を引き結んで頷く。小橋が語気を強めてもう一度言う。
「所詮、よそ者なんか頼りにできっこねえ!!」
遠藤久美子演じるお久美の家。
母親が苦しそうに咳き込んでいる。
「おっかさん。おっかさん、大丈夫!?」
懸命に母親の背中をさする遠藤。母親が手を口に当て、強く咳き込むと、指の合間から血が滴る。
「……血!」
遠藤は驚愕して、母親の顔をのぞき込む。
「おっかさん……。大丈夫……?」
母親は息も苦しそうに顔をゆがめている。
「おっかさん。……しっかりして! お願いだよ……!」
半泣きで母親にすがりつく遠藤。
「百姓どもお!!」
野盗の一団がおそろしいばかりの雄叫びをあげながら、村に続く道を駆けていく。
道が二股にわかれ、いったん止まった仲間に高嶋が怒鳴る。
「よし、半々になれ! この村は見せしめだ! 女子供と言えども抵抗するものは容赦するなあ!!」
「おおう!!」
「来ただーー!!」
百姓があわてふためいて駆けてくる。
「こっち、こっちだあ!!」
「よし!!」
坂本は馬ですぐ駆け出す。井ノ原も百姓を連れてあとに続く。
坂本から遅れ、一人、もう誰もいなくなった連絡小屋に着いた岡田。
左右を見回し、
「どっちやろ……」
そして決心したように、
「よし、こっちや……」
井ノ原達とは逆に、お久美の家の方に向かう。
(つづく)
くっそー。心穏やかな金曜日を返せーーー!(hirune 98.4.3)
![]() 第6回へ |
![]() メインのページに戻る |
![]() 第8回へ |