ぶいろく党伝

第4回

 長野と剛は、せんだに案内されながら、村の地形を調べている。長野はそれを克明に紙に書き留める。隣の剛がのぞき込む。
 「……ずいぶん細かいのですね」
 「ああ。地図というのは細部が重要なんだ」
 そう答えながら、長野はせん吉にあれこれ尋ねては真剣に筆を走らせる。それを飽きもせず見ている剛に気づき、長野が笑う。
 「……珍しいか?」
 尋ねられて、剛は正直に答える。
 「はい。……驚きました。俺はただ、来る敵と斬り合うことしか考えていなかったのに……」
 長野は図面を見ながら笑う。
 「拙者の性分だ」
 「性分」
 「長い間、痩せた土地によい田畑を作るためにずいぶん苦労してきた。河を測量し、水の流れを知り、それを利用して、水害や日照りと戦うのだ。苦労も多いが、成功したときの百姓達の嬉しそうな顔がなによりの喜びだった。……その中で、災害には準備をしておけば、なにもしないのとは雲泥の差があるということを知った……」
 長野は遠いものを懐かしむように言う。
 「……だから、野盗相手でも準備をせずにはいられない……」
 「……」
 長野の言葉に、剛は視線を、眼前に広がる薄緑の稲穂の群の方に向ける。城下町に住み、いつも剣の稽古に明け暮れていた剛には、長野の語る、田畑を作る労苦と喜びが新鮮なものに聞こえる。
 「……それで、よい田畑は出来たのですか」
 剛の問いに、長野はふと表情を固くする。剛は気づかずに、風のそよぐ稲田を目を細めて見ながら言う。
 「出来たに決まっていますね、長野さんなら」
 長野が答えないので、剛は不審そうに振り返る。
 「どうかしましたか」
 「いや。……急ごうか」

 夜。薄暗い明かりの下で膳を囲む五人。やはり健は土間で犬と飯をすすり込んでいる。
 「聞いたときは面倒そうだと思ったけど、やっておけば確かに楽になるよな」
 飯椀を置いて、そう言ったのは井ノ原である。
 「一人でも二人でも、奴らが自分で敵を倒せば、俺らは助かるわけだから」
 「……だが、野盗を倒せば、一人一分だぜ。それが減っちまう」
 酒を飲みながらそう言うのは坂本。
 「みすみす金が減っちまうのを見てるのか」
 「しかし、敵は何人いるのかわからないんだぜ。四十人より多いかもしれない。……俺達は五人だ。いや、四人か」
 そう言って井ノ原、まだがつがつ飯を食っている岡田を見る。岡田、その視線に気づき、
 「どないしたん。……なあ、その芋の煮たの、井ノ原はんが食わないなら俺が食べたるで」
 「おまえなあ! ……ひとが真剣に……」
 「へっ。弱気なこった」
 坂本が馬鹿にしたように言う。井ノ原はむっとして坂本を見る。
 「あんたこそなんだよ。昼間俺らが働いているときにぐうたら寝ていやがって!! ……唖(おし)のけんでさえ、ちゃんと薪を拾ってきたんだぜ」
 坂本、相手にせず酒を飲み続ける。岡田、やっと飯から顔を上げて、
 「そや、明日からは俺も剣の稽古したいんやけど。誰か教えてくれへんか」
 誰に言うともなくのんきに言う。長野、井ノ原、剛は顔を見合わせる。
 「それはいい心がけだが、拙者は時間がないのだ……」
 残念そうに長野が言う。
 「あれこれ考え出すと、しておきたいことが多くてな……」
 だが、岡田のがっかりした顔に、長野はあわてて言う。
 「そうだ、早朝なら出来るかも知れない」
 だが、井ノ原が口を挟む。
 「いいよ、長野さんは忙しすぎるよ。夜もまた百姓達と打ち合わせがあるんだし……」
 「そんなら、井ノ原はん!」
 岡田が期待の目を井ノ原に向ける。
 「俺かあ……?」
 と、今度は井ノ原が困惑顔。
 「俺達だって百姓どもにあれこれ教えなきゃなんないし。そんな暇ねえなあ……」
 と、剛を見ながら井ノ原。だが、井ノ原はすぐに、いいことを思いついたというようににやっと笑う。
 「そうだ、坂本さん、あんた教えてやんなよ」
 井ノ原に言われ、ぶっと酒を吹く坂本。
 「なんだと!」
 「いいだろ、坂本さんはなにもしてねえんだから。こいつもちっとは出来ねえとかっこつかねえよ」
 「坂本はん、頼むわ」
 と、岡田本人。
 「……知るか!」
 と坂本は怒鳴って後ろを向き、寝転がる。

 翌日。
 すでに日は高く上がっている。長野は図面を片手に、百姓達と、竹矢来を組む場所や堀を掘る場所について打ち合わせをしている。井ノ原と剛は、庄屋の家の前に鎌や竹槍などを手に集まった男達に、戦う場合の方法を説明している。
 「いいな。一人ずつを相手にするんだ。絶対に二人以上を相手にするんじゃねえ」
 井ノ原が大声で言う。
 「向こう一人にこっちは五六人でかかるんだ。無理するんじゃねえぞ。こっちにだってちゃんといろいろ考えがあるからな。それはな……」
 健は、青と名づけられた犬を連れて、山で焚き付けにする小枝を拾っている。 
 その頃、あばら屋では。
 まだ寝ている坂本を懸命に起こす岡田。
 「坂本はん、起きてや。ヤットウの稽古しようぜ」
 「うるせえな。今更できっかよ、そんなこと」
 「ゆうべ頼んだやろ」
 あんまり岡田がうるさいので、坂本は布団代わりのむしろから顔を出し、
 「そんなこと言っても、おまえは刀もってねえだろう。……百姓と竹槍でも持って戦やいいじゃねえか」
 「そんなん、かっこ悪いわ!!」
 「……うるせえ!!」
 坂本は再び寝てしまう。岡田、しばらくしてあきらめたように立ち上がる。
 「……しゃあないなあ。長野はんとこでも行ってなんか手伝うかあ……」
 手持ちぶさたにあばら屋を出る岡田。 
 村はしんとしている。ほとんどの男が別の場所に集まっているし、女子供は出歩くなと言われているからだ。
 「長野はん、どこやろ」
 岡田はきょろきょろと辺りを見回す。と、木陰の道から人の気配。
 姿を現したのは、肩に掛けた天秤棒に桶を二つ吊した、遠藤久美子の百姓娘。
 「よいしょ、……あっ」
 桶に汲んであるのは水。道ばたの石につまずいて、遠藤は水をかなりこぼしてしまう。ぼんやりとそれを見ている岡田。
 「あーあ」
 遠藤は残念そうにこぼれた水を見て、それから岡田に気がつく。
 岡田はまだぼんやりだが、遠藤のほうはにかっと笑って声をかけてくる。
 「こんちわあ」
 岡田もつられて笑う。
 「こないだも知らない人を見かけたけど、あんたじゃなかったよね」
 「ああ……」
 「あんたたち、なに? なにしにここに来たの?」
 「俺らか? 俺らはなあ……」
 岡田、急に調子よくなって、威張って言う。
 「村を襲う野盗どもを倒しに来たのよ!!」
 「え、ほんとう!?」
 遠藤の顔がぱあっと明るくなる。
 「ほんと、ほんとに野盗を倒せるの!?」
 「ほんまやで。俺らにかかったら、野盗なんぞへでもない。なんせ、俺も含めて、俺の仲間は剣の達人揃いやからなあ」
 「すごい! おっかさんに言ったらきっと喜ぶよ!」
 「おっかさん?」
 「うん。うち、おっかさんとあたいと二人しかいないからさ。おっかさんは、一番にうちがやられるっていつも心配してんだ。……庄屋さんは、女はあまり外に出るななんて言うけど、そんなことしてたら干上がっちゃうしね」
 「そうか……」
 「水も汲みためておこうと思ったんだけど、もうさっきから三回目でしょ、足が棒になっちゃうよ」
 「……」
 岡田は、元気いっぱいだが貧乏な様子の遠藤を眺め、おもむろに遠藤の天秤棒を持つ。
 「俺が運んでやるよ」
 「え……」
 「おまえんち、どっちや」

 枯れた小川にかかった小橋を渡り、しばらく行くと、粗末なわらぶき屋根の小さな家。そこが遠藤の家である。
 土間におかれた大きな水瓶に、岡田が水を入れる。
 「ありがとう、助かったよ!」
 嬉しそうな遠藤。
 「今年は雨が足りないんで、遠くまで水汲みに行かなきゃならないんだ。……やっぱり、強いお侍は頼りになるねえ!」
 家の奥から、咳と共に、疲れた女の声が聞こえる。
 「……お久美? ……誰かいるのかい?」
 「おっかさん!」
 遠藤が汚い障子を開ける。
 「あのねおっかさん、安心して! 野盗を倒しに、強い人達が来てくれたんだ! ほら、この人もそうなんだって!」
 薄く汚い布団に入った病人らしい遠藤の母親(泉ピン子)、遠藤にそう言われて岡田を見る。どこか疑うような表情。
 「へえ」
 「ね、よかったね。これでおっかさんも安心して養生できるでしょ」
 「……そうだね。でも、もう出てってもらいな」
 「……うん……」
 母親が案外嬉しそうでないので、遠藤は少しがっかりした様子。 
 「じゃあな、俺は行くわ」
 岡田は自分から外に出る。遠藤は見送ってすまなそうに言う。
 「ごめんね、おっかさん、体の調子が悪くなってから、いつもあんななんだよ」
 「別に気にしてへん。おっかさんのこと、大事にしてやり」
 「うん」
 遠藤の家を出ると、岡田、なにを思いついたのか、一人で大きく頷く。そして瞳を輝かせると、山の方に走り去る。
 気がつくと、手前には、その姿を見ている小橋賢児の百姓がいる。小橋は籠を背負って家を出てきた遠藤に声をかける。
 「おい、お久美」
 遠藤、振り返り、笑顔で、
 「あ、賢吉」
 小橋はおもしろくなさそうな顔。
 「あいつ、おまえんちになんの用だ」
 「え? ああ、あのお侍?」
 「……あいつは侍でもなんでもねえよ。刀差してねえじゃねえか。ただのちんぴらだよ、見りゃわかんだろ。ほんとに馬鹿だな、おまえは」
 遠藤、むっとして歩き出す。
 「どうせあたいは馬鹿ですよ」
 「ああ、おい、待てよ、どこいくんだ」
 「畑行って菜っぱ取ってくるんだよ。そろそろ摘まなきゃなんない頃だもん」
 「おい、しばらくは我慢しろよ。今は物騒だ」
 「そんなこと言ってたら、うちは飢え死にだよ」
 遠藤がずんずん歩くので、小橋もしょうがなくついていく。
 「でもさ、さっきの人が言ってたよ。野盗はあの人達がやっつけてくれるんだろ?」
 遠藤が尋ねる。小橋は馬鹿にした顔。
 「何十人もいる野盗にたった四五人で太刀打ちできるもんか」
 「え」
 「だいたいあいつらは、俺がおっとうと喜多川の宿で見つけてきた無頼者だよ」
 「ええ?」
 「確かに強え奴もいるけど、みんな金目当てだ。別に村のことを考えてるわけじゃねえ」
 「……」
 「庄屋様やおっとうが言うんでしかたなく俺も手伝ったけど、俺ははじめからあんな奴らなんかなにも頼りにしてねえ。あんな無頼者達を村に入れて、かえって物騒だと思ってるくらいだ。今回ばかりは庄屋様の考えてることがわからねえ」
 「……」
 「それに、竹矢来や堀は役に立つかもしんねえけど、あんなまどろっこしい戦い方はやってらんねえや。たとえ百姓でも、その気になりゃあ、野盗なんぞ、一人でしとめられる! 俺達の仲間はちゃんと前から準備してたんだ」
 小橋が怒ったように話しているので、遠藤は黙る。気がつくと二人は、遠藤のうちの小さな畑のすぐ側まで来ていた。
 「じゃ、あたい、ここで摘んでくから……」
 「……ああ……」
 小橋は周りを見回して、
 「とにかく、あんまり出歩くんじゃねえぞ」
 といい残すと、早足に歩き去る。
 それを見送って、遠藤つぶやく。
 「あの人、いい人だと思うけどなあ……」

 雑木林。物音にふと薪を拾っていた健が振り向くと、岡田が手頃な枝を懐の小刀で切り落としている。

 あばら屋で、やっと起きたらしい坂本が飯を食っている。そこへ駆け込んでくる岡田。
 「なあ、坂本はん、こんなもんでどうやろ!」
 岡田、切り取ってきた枝を坂本に見せる。
 「? なんだあ?」
 「ちょうど刀ぐらいだと思わへん?」
 「まあなあ」
 「じゃ、これでええ」
 岡田、庭先に座り込んでその枝を小刀で削り出す。
 「なにしてんだ、おめえ」
 飯を食いながら坂本が尋ねる。
 「木刀や」
 「はあ?」
 「坂本はん、はよ飯食って。そいで、ヤットウや。チャンチャンバラバラ教えてや!!」

 日暮れ。
「腹減ったあ」
 井ノ原が大声でいいながらあばら屋に帰ってきて、すぐに驚いた声を上げる。
 「なんだ、その顔」
 むっつりと飯をよそっている岡田は、顔中痣だらけ。
 「なんでもあらへん」
 そう言うだけでも大儀そうである。どうやら、体の方にも傷はたくさんあるらしい。
 健が古い桶に水を汲んできて井ノ原の前に置く。
 「……お? 気が利くな」
 井ノ原が足を拭いてあがると、そこへ剛も帰ってくる。かなり汚れている。健はまた桶に水を汲んできて、上がりがまちに置く。
 「なんだ、これは」
 剛はそう健に聞き、それから気づいて言う。
 「これで足をすすげというのか」
 健、頷く。剛はあばら屋の中を見回す。使えなくなっていた竈に火が入り、汁が煮えている。水瓶には水が汲んできてあるらしい、柄杓が添えてある。どこか暖かい家庭の感じ。剛は一瞬黙って、それから健に言う。
 「……全部おまえがやったのか。……けんは役に立つな」
 聞こえなかったのか健はこちらを見もせず、青に飯をやりはじめる。
 「やあ、もう飯か」
 長野も帰ってきて、六人が揃う。
 坂本はとっくに酒を飲み始めているし、井ノ原と岡田ももう飯を食おうとしている。長野と共に飯を食おうとして、手を止め、剛は土間の健に声をかける。
 「おまえもこっちで食えばいい」
 長野は顔を上げて剛を見る。
 「なんだよ、急に」
 井ノ原が言う。
 「あいつはただの居候。あいつの分の膳はないだろ」
 「俺のを分けます。せっかく一緒にここに来たんだから、何でも一緒がいい」
 「そうだな」
 長野が頷く。
 「拙者もそれがいいと思う」
 剛は健の方を振りかえって声をかける。
 「おい、けん」
 健はちらっとこちらを見るが、何の反応もしない。そのまま椀をすする。
 「……な、毎日飯がちゃんと食えるだけで、あいつみたいのには御の字なんだよ」
 井ノ原が言う。
 「それに、あいつはあそこで青と一緒にいるのが気に入ってるみたいだぜ」
 「……」
 みんなの視線が健と青に注がれる。健は、餌を食べ終わった青が顔をなめてくるので、くすぐったそうに笑っている。その光景がみなをほっとさせる。
 「……なあ?」
 井ノ原は剛の顔を見てそう言って、それから岡田の方を向く。
 「それより准、その顔はなんだよ。さっきから聞いてんだろ」
 岡田は答えないで飯を食らっているが、井ノ原は気がついて、今度はにやにやしながら坂本の方を見る。
 「もしかして、ほんとに坂本さんに稽古をつけてもらったのか」
 「……」
 「やめといたほうがいいんじゃないか、おまえ。野盗と戦う前に骨でも折ったらどうするよ」
 井ノ原のからかいの言葉に、岡田が顔を上げる。
 「俺はやめんで! 俺はやるんや! 強くなって俺らが守ってやらんと、村の人がたくさん野盗に殺されるかもしれないんやで!」
 岡田が怒ったように言う。昨日と違い気迫がこもっているので、驚いて、井ノ原、長野、剛は岡田の顔を見る。
 「坂本はん、俺はこんなんでくじけへんからな。……明日も教えてや!」 
 坂本は、表情も変えずに酒を飲み続けている。

(つづく)


 Be Yourself、すごかったーー。もうどきどきしちゃって大変……。(hirune 98.3.14)


第3回へ

メインのページに戻る

第5回へ