ぶいろく党伝

第3回

 二人の村に着いたのは、すでに夜も更けてからである。
 来る途中で見たのは、すでに野盗におそわれたという、夜の明かり一つ灯らない貧しい村々。
 「……この辺りの村は、根こそぎ狙われた。俺達の村も今度はやられるだろう」
 今まで六人に口を利いていなかった小橋が、その時初めてそう言う。
 「ちきしょう、俺達が作った米を、刀で脅してとっていきやがる!」
 言い方に棘がある。その棘に気づいた剛は、ちらっと顔を上げる。小橋はそれに気づかない振りをする。
 「着いただ。……ここがわしらの村でさあ」
 やっとせんだが立ち止まる。一同はほっと足を止める。暗いので、村の様子は分からない。しかし、確かに村らしく、聞き慣れない夜の物音に、家畜達が鳴き声をたてるのが聞こえる。ばたばたいう鶏、うなる犬。健の連れている犬が立ち止まって辺りを見回す。健はその首筋をなでてやる。せんだと小橋は、まだ細い道をずんずん歩く。
 「旦那方の住む家はこれだ」
 しばらしてせんだはそう言うと、半ば朽ちかけたようなあばら屋の前で止まり、がたがたと立て付けの悪い戸を開ける。と、その戸からなにかが勢いよく飛び出してくる。
 「ふぎゃーん!!」
 それが岡田の足にぶつかり、
 「な、なんやなんや!!」
 岡田はびびって飛び跳ねるが、誰も相手にしない。皆、百姓達のあとに続いてあばら屋の中に入る。
 「なんや猫か……」
 しょうがなく、岡田、ひとりごちてから、用心深くあばら屋の中に入る。
 「これが家って代物か」
 中にはいるとすぐに坂本が言う。全員同じ気持ちで、隙間だらけのあばら屋を見回す。せんだは気にもとめずに、
 「おやすみになるには、ここにむしろがありますだ」
 そう言って、隅に積み重なっているむしろを指さす。
 「おい、むしろかよ、布団もねえのか……」
 と、井ノ原。
 「もう夜も遅いで、詳しいことは明日にしやしょう。……明日の朝飯はこの賢吉に運ばせますだ」
 せんだと小橋は去るが、何となく憮然としてその場に立っている六人。
 「まあ、いいやな。埃っぽい宿場(しゅくば)で金の工面ばかり考えてるのも大概飽きたしな。悪くねえ仕事だぜ」
 坂本はそう言うと、こんな貧乏暮らしもまんざら知らないでもないらしく、すぐにむしろをひっかぶって寝てしまう。
 「確かにな。金さえちゃんと払えばあとのことは我慢とするか」
 井ノ原もご同様である。
 健はぼうっと土間に立っている。
 「おまえもこちらに来い」
 健の様子に気がついた長野が声をかけるが、健は首を横に振る。長野はしょうがなくむしろを健に渡してやる。健はそれを土間に敷くと、早速犬と一緒に丸まる。
 そんな様子を見ていた剛に、長野がやさしく言う。
 「後は明日だ。さあ、我々も寝よう」
 そう声をかけられ、剛も寝支度を始める。そこへ話しかけてきたのは岡田だ。
 「なあ。あんさん、いくつや。……強いけど、年は俺より下なんとちゃうか」
 「十八だ」
 「へえ。そんなら、やっぱり俺より上だ。俺は十七になったところや」
 「……」
 剛が横になると、岡田は剛の隣を寝場所に決めて自分も横になって、眠るまでの暇つぶしのように話し続ける。
 「ここなんか、ええねぐらや。俺なんか子供の頃、他人(ひと)の家の軒下に寝てたんやもん。それもただやない、頼んで仕事をもろうて、それで一椀の粥と寝場所を恩着せがましくもらうんや。……おかんが死んで一人になってからは、どこででも寝た」
 「……」
 「……あんなあ、自分のうちもない乞食や、言うて人に馬鹿にされるのは、なにより嫌なもんやで。……まあ、今思えば、おかんの方がつらかったんやろうけど……」
 「……」
 「あんさん達みたいに強けりゃなあ。馬鹿になんてされないんやろなあ」
 「……」
 「それにしても、今日はほんまに命拾いしたわ。礼を言うで」
 岡田の言葉に、ずっと黙っていた剛がぽつりと言う。
 「……礼なぞいらん」
 「へえ? ……なんで?」
 岡田がこちらを見る気配がする。
 「……おまえを助けようと思ってしたわけじゃないからだ」
 「?」
 岡田には剛の言う意味がよくわからないらしい。
 「大勢が一人をなぶり殺しにするのを見ていられなかっただけだ」
 剛はそう面倒そうに言って寝返りを打つ。
 「……ふうん?」
 岡田はまだよくわからないらしいが、彼らしくまとめる。
 「でも、助けてくれたことに変わりないやろ?」
 「……」
 「なあ、俺は、岡田の在の出で、准、言うんや。……あんさんは?」
 「……森田剛」
 「……そら、ええ名やなあ……」
 そう言うと、岡田はしばらくして眠りに入ったようである。 
 剛はまだ、すぐには寝付けない。再び寝返りを打つ。
 いつもと違う人間が村に入ったのを感じるのだろう。まだ家畜達の騒ぐ声がする。剛はいつまでもそのまま目を開けている。土間で犬を抱くようにしていた健も、眠ったらしい。

 朝。鳥の声がする。あばら屋の隙間から光が射し込んで、剛は目を覚ます。いつの間にかぐっすり眠り込んでいた。
 坂本、井ノ原、岡田はまだ眠り込んでいる。健と長野はもういない。犬もいない。
 剛はむっくりと起きあがって、小屋を出る。
 外はいい天気だ。夕べは気がつかなかったが、実に緑が美しい。
 剛は辺りを見回しながら小道を歩く。
 水の音がする。せせらぎの音。木の枝を手で払いながら行くと、急に目の前が開け、小さな流れが見える。
 剛はその流れに近寄り、手を浸す。気持ちがいい。すくって飲む。
 「うまい」
 調子づいて、しまいにその流れに顔を浸すと。
 「……やだ、あの人……!」
 「……お久美ちゃんたら、聞こえちゃうよ!」
 若い娘の声が聞こえる。あわてて顔を上げ、水を払う剛。木立の陰からこちらを見ているのは、手桶を抱えた村娘(遠藤久美子、松本恵)。
 剛に気づかれたと知った二人は、顔を見合わせてくすっと笑うと、あわてて駈け去る。去ったあとも風に乗って、二人の笑い声が聞こえる。
 「……」
 あわてて立ち上がる剛。その時、後ろから声が。
 「こんなとこでなにしてる」
 百姓・小橋賢児だ。
 「もう朝飯はおいてきた」
 「……わかった」
 二人は連れだって小屋の方に歩く。小橋がぶっきらぼうに口を切る。
 「……言っておきてえことがある」
 剛は振り返る。
 「用もねえのに村の中あちこちを歩きまわってほしくねえ」
 なにを言い出すのかと、剛は小橋の顔を見る。
 「……あんた達は野盗どもと戦うのが仕事なんだ。村のもんとは気安く口をきかねえで欲しい」
 剛がなにか言い返そうと口を開いたところで、そこはもうあばら屋の前だった。向こうから、長野も歩いてくる。長野に気づくと、小橋は無言でそのまま去る。
 小橋を見送る剛に長野が尋ねる。
 「どうした」
 「……村の者とは口を利くなと言われました」
 「なるほど」
 長野が言う。
 「気にするな。野盗におびえて気が立っているのだろう」
 「……」
 しかし、自分たちが我々を連れてきたのじゃないかと言いたかったが、剛はやめておく。どうでもいいことだ。
 長野はそのままあばら屋の中に入る。剛も続く。
 中では、岡田が、もう飯をよそっている。犬は、すでに土間の隅でうまそうにぺちゃぺちゃと椀の中の物を食っている。長野は、なにげなくそんな犬の頭を撫でて行く。いつ戻ったのか、健も、しゃがんで犬がものを食う様子を嬉しそうに見ている。剛もしばらくその様子を見る。
 だが剛は犬を見ているのではなかった。犬と健を見ている。……この一人と一匹は、人と犬の枠を越えてつながっているように見える。おそらく、人並みの暮らしもできないからこそ、その絆は余計強いのだろう。
 そこまで考えて、剛ははっとする。気づくと、心の奥で、そんな絆が羨ましいと思っていたのだ。
 「森田はん、なにしてるんや。はよ、飯、食おうで。……腹減ったわ」
 「……うむ」
 飯のにおいに、坂本と井ノ原も起き出してくる。
 「なんだ、もう飯か」
 「うまそうなにおいがすると思ったぜ」
 とくに挨拶もせず、六人はてんでに飯を食い始める。五人は膳を囲んでいるが、健だけは膳がない。健は不満そうでもなく、飯に汁をぶっかけた物を隅ですすっている。長野と剛はそんな健に目をやる。岡田もつられたように健を見る。
 中途まで食ったところで、岡田は健に声をかける。
 「……なあ、おまえ、名前、なんて言うんや」
 健は顔を上げるが、すぐにまた飯を食い始める。
 「唖(おし)じゃねえのか、そいつ」
 たくあんを噛みながら、井ノ原が言う。
 「聞こえちゃいるみたいだがな」
 と、坂本。
 「耳の聞こえる唖(おし)もいるようだぜ。……それにしても、何の役にも立ちそうにねえな、こいつ」 
 と、井ノ原は健を見る。
 「……まあ、犬の方は何かの役に立つかもな」
 井ノ原がそう言った時、
 「そや!!」
 岡田が急に大声を上げる。
 「“けん”がええ!!」
 「な、なんだよ、急に」
 「あいつの名や。名無しじゃ不便やろ。いつも犬を連れてるから、“けん”や。ええ名やろ」
 「犬を連れてるから、けん、だって。おまえ、案外学があるんだな」
 井ノ原にほめられて、岡田は得意気。
 「それでは、犬の方は、“青”はどうだろう」
 突然言ったのは、剛である。剛がしゃべるのは珍しいので、皆が剛を見る。剛は自分でもはっとして、声を小さくして続ける。
 「……その犬は、青みがかった珍しい目の色をしている……」
 「ええな! “けん”と、“青”か!」
 なにも気にせず、岡田が元気にそう言って、
 「聞こえたか!? おまえは“けん”で、犬は“青”やで!!」
 そう、健に言う。わかったのかわからないのか健は振り向いて、そしてすぐまた犬の方を向く。
 「いい名だな」
 長野が健と犬を見てほほえましそうに言う。そして、それで思いついたというように、剛達四人の方に顔を向ける。
 「……そう言えば……」
 長野は箸を置き、改まった声を出す。
 「拙者達も名を名乗りあったらどうだろう。考えてみれば、まだ貴公達の名を聞いていなかった」
 一同は黙る。突然の長野の提案に、どこかお互いを探るような雰囲気である。
 「そりゃ結構な意見だな。……じゃあ、まずおまえさんのから聞かせてもらおうか」
 皮肉っぽくそう言ったのは、坂本。長野、素直に頷く。
 「拙者は、長野博と申す」
 長野は座を正して軽く頭を下げる。
 「……長野か」
 坂本は顎をひねって、
 「まじめそうななりじゃねえか。こんな仕事をするような男にはみえねえな。どうした、仕官の口でも探してるのかい。……なにか見つかったか」
 「……」
 長野が答えないと、坂本は続けて、
 「なるほど、世間の風は冷てえってわけだ」
 「あんたはなんていうんだよ」
 井ノ原に尋ねられ、坂本、ぶっきらぼうに、
 「俺は坂本だ。坂本、昌行。……次、おめえだろ」
 井ノ原を促す。
 「俺は、井ノ原快彦。……ちったあ腕に覚えがあるぜ。よろしくな。次は誰だ」
 「……俺は、森田剛」
 坂本はそう言った森田をちらりと見て、
 「おめえ、ほんとに刀を振れんのかい。まだガキじゃねえか」
 「いや、結構やるぜ、こいつも」
 井ノ原が代わりに答える。
 「こいつの立ち会いは見せてもらったからな。道場じゃ天才と呼ばれるくちだ」
 「……へえ」
 坂本はまた、おもしろくなさそうな顔をする。
 「わいは准っちゅうんや!!」
 岡田は、嬉しそうに大声をあげる。
 「准、准、准や!! みんな覚えてや!!」
 「そんなに何回も言わなくても聞こえたよ。……で、いってえおめえはなにが出来るんだ。刀取って戦えんのかよ?」
 坂本の意地悪な物言いも、岡田には通じない。岡田は平気な顔で答える。
 「まあ、これからぼちぼち練習するわ」
 全くこれだよ、と言いたげな坂本の顔。そこへ、誰か来た気配。小屋の戸が、がたがたと開く。
 「……朝飯はお済みかね」
 百姓・せんだである。
 一同は頷く。
 「これから庄屋様の屋敷に来て欲しいだ。……庄屋様に一度会っておいてもらわねえとな」

 庄屋の屋敷の、板敷きの暗い座敷。そこに通される五人。健は来ていない。
 五人がすわっていると、羽織姿の庄屋(岸辺一徳?)とせんだがやってくる。庄屋、おもむろにすわり、
 「この村の庄屋でございます」
 と頭を下げる。
 「このたびは、まことに厄介な仕事をお引き受けくださり、ありがとうございます」
 「……全くだ」
 と、坂本。庄屋、表情を崩さず、
 「ここにおりますせん吉(せんだ光雄のことね、)からもお聞きでしょうが、この辺りの村々は、すでに根こそぎ野盗どもに狙われました。幸い、この村は今まで狙われませんでしたが、そろそろ奴らの食料もつきる頃。ここが襲われるのも時間の問題だと、村人は日夜おびえてきっております……」
 そう言う庄屋の顔は、真剣である。憔悴のあとも深い。
 「その、野盗というのは。何人くらいいるのですか」
 と尋ねるのは、長野。庄屋、せんだと顔を見合わせて、
 「そうですね、三、四十人ほどでしょうか。だんだん増えているようで、はっきりした人数はわかりませんが」
 「なるほど。それが、一斉に武器を取って襲ってくるわけですね」
 「そうです」
 庄屋、ため息混じりに頷く。
 「奴らは馬も持っています。ほかの村から略奪したのです。そいつらに襲われた村では、恐怖のあまり、なにひとつ抵抗できなかったと聞いています。酒、食べ物から金目のものは余さず持っていかれ、しかも女には乱暴狼藉。まるで、鬼です」
 庄屋は黙り込み、重苦しい沈黙が流れる。そのとき、
 「おとっつぁん、お茶が入りました」
 板戸を開けて顔をのぞかせたのは、剛が朝出会った娘の一人、松本恵。
 「恵」
 庄屋は、ちらっと五人の方に目をやってから、松本に不機嫌そうな声を出す。
 「……今はこのお侍様方と大事な話をしている最中だ。おまえは顔を出さなくていい」
 「……だって」
 松本はしかられて、少し不満そう。しかし座の中に剛がいるのを見つけ、あらっと言う顔をする。庄屋はそれを見逃さない。
 「いいから。おまえは奥に行っていなさい」
 「……はい」
 戸を閉めかける恵に、庄屋はなおも、
 「今、どんなに物騒なのかはおまえも知っているだろう。迂闊に外に出てはいけないよ」
 「……」
 松本は不満そうだが、頷く。
 松本が去ると、庄屋はこちらを向き、いいわけがましく言う。
 「失礼いたしました。……一人娘であまやかしたのでどうもいけません。まだ怖さというものが解っていないらしくて……」
 長野が、続けて尋ねる。
 「で、この村では、なにか対策をしているのですか?」
 「……対策?」
 庄屋が、驚いて聞き返す。
 「対策とは?」
 「野盗が来る場合の対処と言うことです」
 「それは……」
 庄屋とせんだは顔を見合わせて、
 「女子供には、なるべく家を出ないように言ってありますし、米は、各家でなるべく見つからぬように隠しているはずです。また、いざというとき男達はそれぞれ、鎌や鋤などを武器にして戦う覚悟をしておりますが」
 長野はその答にいちいち頷きながら、最後に、
 「それだけですか」
 と言う。
 「……はい」
 「庄屋殿、戦いには戦いの準備というものがあるのです」
 「戦いの、準備」
 長野、頷く。
 「そうです。見たところ、この村は、周りが無防備にすぎます。まず、馬が入りやすい場所だけでも竹矢来を組み、堀を掘る」
 「……ほう」
 「さすれば、馬は容易に入れません。馬上の敵は思いがけず大きく、恐怖心をあおるもの。馬から下ろすだけでも、我々にはかなり有利になります」
 「……なるほど」    
 「それから、常時見張りを要所におかねばなりません。少しでも早い知らせが大事の明暗を分けることも多いものです。また、米は各戸でなく、分散して別の場所に隠す。そうすれば、敵は家の中を荒らすことも少なくなる。あと、男達が戦う場合の心得も伝えたい」
 庄屋は腕組みをして、うーんとうなる。井ノ原、剛、岡田はよどみなく話す長野を感心したように見つめる。
 「もちろん、すべて、我々が中心になってやります」
 かったるそうに話をきいていた坂本、その言葉を聞き、長野においおいと言いかけてやめておく。
 「早速始めなければ、敵はいつ攻めてくるかわかりません。すぐ村人に伝えてください」
 庄屋は頷く。
 「わかりました」
 「また、村の細かい地形も知りたい。地理に詳しい者を貸していただきたい」
 「……はい。せん吉がいいでしょう。」
 庄屋に言われ、せんだ、頷く。
 「では、すぐ取りかかろう」
 長野が立ち上がり、他の四人も続く。部屋を出ていきがてら、坂本が庄屋に言う。
 「これだけやってやるんだ。夜は酒もふんだんにつけろよ」

(つづく)


 今週はひるねくらぶカウント5000突破記念感謝 週間でした! 突然のお願いにもかかわらず快くリンクしてくだすった各HPのみなさま、いつも遊びに来てくださるみなさん、どうもありがとうございます。おかげで、細々ながら、今のところ元気にHP作りを楽しんでいます。これからもよろしくお願いしますね!(hirune 98.3.7)


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