第2回
さて一方、こちらは町外れの広場である。
「てめえら、なにしやがるんや!! 放せ! 放さんかい!!」
やくざ者達に捕まった岡田が逃げだそうと暴れている。町の者達が取り巻いて見ている中、岡田はそのまま数人がかりでぐるぐる巻きにされてしまう。井ノ原は、少し離れた柳の木にもたれ、一枚ちぎった木の葉を噛みながら、おもしろくもなさそうな顔でその様子を眺めている。
「安岡組にたてついた者はこうなるんだ。……見せしめだ、やれ!」
安岡が怒鳴る。岡田は必死で抵抗するが、広場の真ん中の太いけやきの下に引っ張っていかれる。岡田が怒鳴る。
「……ちきしょう!!」
だが、岡田の首には縄が掛けられてしまう。
そこへ、人だかりの中から、剛が顔をのぞかせる。
岡田の顔を見て、
「あ、あいつ……」
自分の銭入れをすったスリだとすぐ気がつくが、それより、岡田が今にも吊されそうなのに気付き、険しい表情になる剛。
「吊せ!!」
安岡の野太い声が響く。井ノ原、ぺっと木の葉を吐き捨てる。
岡田、必死で首に巻かれた縄を両手でつかむ。しかし、足許の台が乱暴に取り払われる。岡田の足が、じたばたしながら宙に浮く。その時。
光るものが二つほど空を飛んだかと思うと、岡田を吊していた縄が切れる。
しりもちをつくように地面に落ちる岡田。
「あいてて」
「……誰だ!!」
岡田の周りにいたやくざ者達、いきり立って辺りを見回す。
「よってたかって一人を殺す気か」
見物人どもが退いた後もその場に踏みとどまって、そう言ったのは、剛。
さらに、剛の反対側からは、井ノ原が歩いてくる。
「自分の強欲はさておいて、けちなスリは許せねえってか」
「な、なに……!!」
目をむく安岡。
「面倒くせえ!! 野郎ども、あいつらもまとめてやっちまえ!!」
おおっと声を上げて、やくざ者達は二手に分かれ、剛と井ノ原に斬りかかる。ふたりはそれを斬り避けながら、中央のけやきの木に向かい、岡田をかばうように背中合わせになる。
「まだガキのくせに結構やるな」
と、井ノ原。
「ガキではないっ」
叫びながら、剛は目の前に斬りかかってきた相手をかわす。
「やめておけ、けがをするぞ!」
剛にそう言われた相手は、かえってむきになってかかってくる。
「生意気をぬかす小僧だ!」
剛、かかってきた男が勢い余ったところを剣の峰で払い落とす。
井ノ原、それを見て、「やさしいな。峰打ちかい」
剛、「……」
「く、くそう」
後ろで見ている安岡は、手下がまるで相手にされないのを見て、歯噛みするばかり。そこへ、別の手下が駆け込んでくる。
「親分、て、てえへんだ!」
「どうした」
手下、辺りを見て、ここも大変なことになっていることを悟るが、とにかく続ける。
「め、めしやでさむれえが二人、暴れてるんで!! ……三次あにい達が根こそぎやられました!!」
「なんだとう……」
安岡、信じられないといった顔で目を上げる。だが、今ここでも次々と彼の手下が倒れている。
「ちいい」
安岡、舌打ちをしてから、やっと叫ぶ。
「やめろ! ……やめるんだ!!」
その声に、やくざ達は安岡の方を見て動きを止める。
安岡、けやきの木に近づいて、井ノ原、剛、岡田に向かい、
「……てめえら、命拾いしたな」
と、最後の負け惜しみを言う。
そのまま安岡はくるっと背を向ける。剛と井ノ原は辺りに目を配りながらも刀をおろす。岡田は、縛られた姿のまま、安岡の背中になにかを毒づいている。手下どもは、ちっと舌打ちしながらこちらを伺い、しかしもう戦う気力はなくして、けがをした仲間を連れて去っていく。
「……かっこええなあ、あんさん達!!」
三人だけになり、井ノ原に縄を切ってもらいながら、岡田がうきうきしたように言う。
「見てるだけで、胸の辺がこう、すうっとしたわ!!」
「なに言ってんだ。人に手間かけさせといて」
岡田の現金な様子に井ノ原はあきれ顔。
「なあなあ、俺にも刀の使い方、教えてや!! ええやろ!?」
岡田と井ノ原がそんなやりとりをしている間、剛は、先程岡田の縄を切るために放った小柄(こづか・刀に添えてある小刀)がけやきの木に刺さっていたのを抜いている。
けやきには、剛と井ノ原の放った小柄が二本刺さっている。が、その二本を抜いたあとも、剛は不審気に、縄の切れたあとを手に取って見ている。
「おい、どうした」
声をかけてきた井ノ原に、剛は、
「いや……」
と煮え切らぬ返事をしながら辺りを見回す。
見物していた町人たちは関わり合いをおそれてすでに逃げている。まだ三人を眺めているのは、二人だけ。百姓・せんだ光雄と、そして、犬を連れた健だ。健は、三人を見ているというふうでもない。たまたまここに来てしまったがどうしていいかわからないといった感じに、ぼんやりと立っている。
剛の視線に誘われるように辺りを見た岡田は健に気がつき、
「あいつ、まだこんなとこにおったんか……」
しょうがないなというようにつぶやく。
小柄を差し終えた井ノ原が、剛と岡田に促すように言う。
「おまえたちも、早いとこここをずらかったほうがいいぜ。なんせ油断の出来ねえ連中だ」
「……うむ」
井ノ原と剛、同じ方角に向かって歩き出す。
「……あんさん達、ちょっと待ってや!!」
突然岡田は大声でそう言うと、ぼんやり立ったままの健に走り寄る。
「なあおまえ、さっき言ったやろ。……この町は、のんきに物乞いなんぞ出来るとこやないんや。そのうちひどい目に遭わされるで」
「……」
せっかく忠告しても健がただじっと自分の顔を見ているだけなので、じれた岡田はとうとう健の腕をつかんで歩き出す。
「わからんやっちゃな! とにかくおまえもここを出た方がええんや!」
岡田に引っ張られ、健はそのまま歩いてくる。犬もついてくる。
「このあほも一緒に連れてってええやろ!?」
井ノ原と剛のところまで来て、岡田はそう尋ねる。
「おまえなあ」
井ノ原はあきれ顔。
「誰も、おまえを連れてくとも言ってねえんだよ。……俺にもなんのあてもねえしな」
岡田は今度は剛に尋ねる。
「……そっちの兄さんは? どこへ行くん?」
井ノ原も剛を見るが、剛は視線を合わさずに答える。
「……決まっておらん……」
「そんなら、ええやん!! な、みんな一緒に行こうや!! ……そや、そっちの兄さんに返さなあかん物があったな」
岡田、懐から剛の銭入れを取り出して渡す。
「ずいぶん軽い財布やったなあ、それ」
剛、無言のまま受け取った銭入れをしまう。
「なんだあ。おまえ、自分がすった相手に助けてもらったのかよ」
井ノ原のあきれ声。
「ま、そういうこっちゃな」
「調子いい奴だな、ほんとに」
ぼつぼつ歩くうちに、一行は宿(しゅく)を出て、街道に入る。
その時、別の方から街道に入ってきた侍が二人いる。長野と坂本である。
二人は口をきくわけでもなく、何事もなかったかのように、それぞれに歩いている。長野は、ただ歩くのもやさしい雰囲気で。坂本は、こうして歩くことさえくそおもしろくもないと言う顔で。
「おまえ、金あんのかよ。そんな、頭おかしそうな奴まで連れてきて、どうする気だ。……俺は知らねえからな」
井ノ原が岡田に言う。
「なに冷たいこと言うてるん。あのとき、あんさんに随分金を渡したやろ!? あれで当分は食えるやないか」
と岡田。
「ありゃすぐ、なじみの女にって届けちまったよ」
「なんやて! ……あの金? ……全部?」
「全部だよ」
と面倒そうに井ノ原。
「小さい弟が病気だって言うんだからしかたねえだろ」
「小さい弟って……。そんなん嘘に決まってるやろ!」
「どうして決まってるよ! だいたいおまえが……」
井ノ原と岡田だけがけちくさい言い争いをしている。他には、しゃべっている者はいない。残りの4人は、黙って街道を歩く。
あたりまえだ。今はすぐ隣を歩いてはいても、それぞれ全く違う場所から、違う目的で旅に出た六人なのだから……。しかし。
「お侍さん方、お待ちになってくだせえ!」
後ろから、大声が一行を呼び止める。
その声に全員が足を止める。
振り返ると、そこにいるのは、宿場町にいた百姓二人。せんだ光雄が前、小橋賢児が後ろになって、六人を見ている。せんだが腰をかがめて言う。
「ぜひお頼み申したいことがあるんでごぜえます。聞いてくだせえ!!」
すぐには誰も答えない。しかし、他の五人の顔を見回してから、代表するように長野が尋ねる。
「……ここにはこれだけ人がいるぞ。おぬしいったい、誰に申しておるのだ」
「へえ」
せんだが答える。
「お侍様方、全員に申しております」
「ほう」
長野が振り返る。
坂本は、例によっておもしろくなさそうな顔。剛は不審気に百姓を見る。井ノ原は、何だこいつらといった顔。岡田もぽかんとこちらを見ているが、健だけはぼんやりあらぬ方を見ている。
「わっしらは最前、喜多川の宿で、お侍さん方の立ち回りを見せていただきやした。わっしは広場で、首をくくられそうになっているそこの人を」
と、せんだは岡田を見てから、視線を井ノ原と剛の方に向ける。
「その二人のお侍様が助けるのを見たし、わっしの息子の賢吉は、一膳めしやのじいさんがやくざ者に斬られそうになっているのを、こちらの二人のお侍様に助けてもらったのを見たんでごぜえます」
そう言って、せんだは後ろの小橋を振り返る。
「おい、賢吉。そうだな。」
念を押された小橋、無表情に頷く。
「喜多川の宿の安岡組と言えば、道理をわきまえねえ乱暴者の代名詞。誰もたてつくものはおりません。それを、あんなやくざ者とお侍とでは比べものにならねえとはいえ、旦那方はいともあっさりと片付けなすった。……なみの腕前ではねえ筈です」
「……」
誰も答えない。
せんだはいきなりがばっと地に伏して頭を下げる。
「おねげえしやす!! その腕で、わっしらの村を守っておくんなせえ!! この通りでごぜえやす!! ……賢吉、なにしてるだ、おめえも頭を下げろ!」
言われて、小橋もしょうがなさそうに土下座する。
「おい……」
長野は困り顔。
「突然そう言われても、事情も解らぬし……」
「事情なんぞ、聞くまでもねえよ」
そう、投げやりに口を挟んだのは坂本である。
「何年か前から、ここらの在は藩の取りつぶしが続いてるんだ。それで浪人者ややくざ者がやたらと増えたとこに、この不景気だ。己を養うために野盗にまで落ちぶれて村を襲う奴が絶えねえのさ」
「あんたもそうなりそうな口じゃねえのかい」
そう茶々を入れたのは、井ノ原。坂本、ぎろっと井ノ原をにらむが、ぺっと唾を吐いて。 「どっちにしろ、お断りだ。……てめえの物を他人に守ってもらおうなんざ、虫が良すぎるぜ。その了見が気にくわねえや」
坂本に茶々は入れたが、井ノ原もそこは同意見らしく、頷く。
「まあな。百姓にはわかんねえだろうが、斬り合いは、命がけのもんだ。こっちの命を軽く見てもらっちゃ困るぜ」
坂本と井ノ原は歩き出しかける。長野と剛は思案顔。岡田は坂本達二人と長野達二人を見比べる。
その時、せんだが言う。
「もちろん、ただとは言わねえだ!」
歩き出していた坂本と井ノ原、その言葉に、ぱたっと歩くのをやめる。
「お侍さんに物を頼むんだ、こっちもそれなりの覚悟をしておりやす。日当として、一日に銭五十枚」
「……」
「野盗を倒してくだすった時には、野盗一人につき一分。……これだけ支払うと言うことでいかがでしょう」
「しかし……」
長野がなにか言いかけるが、それを遮るように井ノ原。
「先にそれを言えって言うんだよ。……結構わかってんじゃねえか」
そしてにやっと笑うと、一言。
「やろうじゃない」
あまりの現金ぶりに、長野と剛は井ノ原の顔を見る。だが、坂本も、
「俺もやるぜ」
とすぐ返事する。
「悪い話じゃねえやな」
せんだ、二人に頭を下げる。長野はあわてて、
「しかしそんなことは、自分らの金を使わなくても代官所に訴えれば済むことではないか。そんなことをすれば、野盗が減ったとしても、村は貧しくなってしまう」
「……代官所」
せんだは馬鹿にしたようにそう口にして、
「何度も訴えましただ。その度にどうにかすると言われて、結局この有様だ。……もう、代官所なぞ頼っていられねえ!!」
せんだ、きっと顔を上げて言う。
「おっしゃるとおり、自分の物は自分で守る。ただ、わっしら百姓には、戦う技術がねえだ。……だからそれを、血と汗で作った金で買う。……どうです?」
「……」
やると言った井ノ原、坂本も、まだ返事をしていない長野、剛も一瞬黙り込む。
「……よし、やろう」
長野が言う。
剛はなお考えているようである。
「考えるまでもねえだろう。おまえの財布、ほとんど空だったじゃねえか。今晩寝るとこはどうすんだ。え? 明日からどうやって食ってくんだい」
井ノ原が剛に言う。
「おねげえしやす」
そう言って剛を見るせんだ。
剛はまだためらう表情だが、やがて決心したように答える。
「……やってみよう」
せんだ、長野と剛にも深々と頭を下げる。小橋もしょうがなさそうに頭を下げる。
するとそこへ。
「みんなやると言うたからには、俺だけやらんと言うわけにはいかへんなあ!」
能天気な岡田の声がする。四人は思わず岡田の顔を見る。岡田がせんだに尋ねる。
「なあ、飯は? 俺らが泊まるとこはどうなんや。ちゃんと用意してくれるんやろうな」
「……おい」
井ノ原があきれた声を出す。
「聞いてなかったのかよ。こいつらはお侍さんって言ったんだぜ。……おまえは侍じゃねえだろ」
「なに言ってるん!! 俺ら、仲間やんか!!」
岡田、井ノ原から思ってもみなかったことを言われ、憤慨したように言う。
「俺らみんなに言うたに決まってるやん!! ……なあ!!」
岡田に急に言われ、せんだのほうも思ってもいなかったことなので、返答に窮する。
「……ですから、わっしらは、お侍さんにと申し上げたんで……」
「固いこと言わんと! 侍でなくたって強かったらええのやろ?」
「おまえ、強くねえじゃねえか」と、また井ノ原。
「これから強くなりゃええやんか」
そう言うと岡田は元気よく健に近づいて嬉しそうに言う。
「いい当てが出来たな。これで当分おまえも食えるで」
「おいおい……」
井ノ原のあきれ声。せんだはしょうがなさそうにため息を付く。小橋は馬鹿にしたように顔をゆがめる。
(つづく)
いかがでしたでしょうか、第2回。関係ないけど、はや長野五輪も終わってしまいましたね……。(hirune 98.2.28)
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