ぼくたちの怪談
ー第6回ー

第3幕・屋上(前回の続き)

 鈴木、顔をあげると、生徒たちに尋ねる。

鈴木「みんな、学校の幽霊の話聞いたこと、ある?」
剛「あ、それなら」
准一「今日、エミとメグミが言ってたな」
健「夏休み前の終業式の日に死んだ生徒の幽霊が出るってヤツでしょ」
鈴木「そう、それ」
健「それがどうかしたんですか」
鈴木「……その、亡くなった生徒って、わたしの同級生だったの……」
剛、健、准一「……え……」
鈴木「わたしね、この学校の出身なのよ」
准一「(つぶやく)あれ? 誰か他にも、この学校の生徒だったって人がいた気がするな」
鈴木「……その子は、明るくって、やさしくて、友達も大勢いたわ。歌もうまかったし、将来は役者になりたいなんて言ってた……」
健「それなのに、死んじゃったの……? 高校生で……?」
鈴木「……」
剛「(健に)しーっ、黙ってろ」
鈴木「……同じクラスにいても、わたしとその子は全く接点がなかったわ。わたしは、真面目に勉強するしか取り柄がなかったの。友達もいないし、他にやりたいこともなかった。勉強は真面目にやっていればいい成績が取れたから、わたしにとっては、勉強をしているのがいちばん楽だったのよ。だからね、わたしはその子がとても嫌いだった」
健「なんで?」
鈴木「だって、いつもふざけたことを言って、真面目になにかを努力したりしないくせに、人を感動させることができたんですもの。彼が即興で作ったっていう歌を聴いたとき、わたし、涙が出た。だってそれは、とても淋しい歌だった……」
剛、健、准一「……」
鈴木「だから、きらいだった。いつも、自分もあんなふうだったらいい、なんて思ってしまっているのが嫌だった。誰にでも気軽にしゃべりかけられて、笑ったり笑われたりして、時には一緒に泣く友達がいたら……。勉強よりやりたいことがあって、いつかそれをかなえたいって夢があったら、そんなだったらどんなに毎日がキラキラするんだろうなんて……、そんなことを思わせられるのは、みじめだったんだもの」
坂本、剛、健、准一「……」
健「でも、そう思うって事は」
剛「ほんとは先生、そういうふうになりたかったんだな……」
鈴木「でもね、変なことが起こったのよ」
坂本、剛、健、准一「?」
鈴木「その男の子が、夏休み前のある日、わたしのことを突然好きだって言ってきたの」
坂本、剛、健、准一「!」
鈴木「……もうじき夏休みだっていう日の放課後、わたしはなにかの用事でひとりで教室に残ってた。そしたら帰ったはずのその子が教室に戻って来て……、なにしにきたのかな、と思っていたら、突然わたしに尋ねてきたの。「なんでいつもそんな怒ったような顔してるの?」って。わたしはむっとして、「あなたに関係ないでしょ」って言い返した。そしたら相手は、「関係あるよ」って言うの。わたしは余計腹が立って「なんで」って聞き返した。そしたら、「俺は君のことが好きだからだよ」って……」
坂本「……」
鈴木「わたしは本気で腹が立った。人をからかうのも程があるでしょ。だから、思いっきりつっけんどんに「なんで急にそんなこと言うの」って聞き返したの。そしたらその子は「夏休みになったら会えなくなっちゃうから……」と答えたわ。すごくまじめな顔で……」
坂本、剛、健、准一「……」
鈴木「それで、それは嘘じゃないのかも知れないと思った。ちらっとだけど。でも、そんなはずはなかった。いつもひとりでいるわたしと違って、その子には女の子の友達だってたくさんいた。その子が好きになるのがわたしじゃなければならない理由なんて、なにもあるはずはなかった。わたしは黙って帰り支度をした。そのまま教室を出ようとすると、その子が後ろから声をかけてきた。「明日、終業式の後、待ってるから」って。「どこがいい?」って聞かれて、わたしは「学校じゃなければどこでも……」と答えた。その子は考えて、あんまり人の来ない県庁裏の公園にしたわ」

 鈴木、黙る。

健「それで?」
剛「どうなったんですか?」
鈴木「……」
坂本「鈴木先生、もういいですよ」
准一「(辺りを見回し)妙だな、すごく寒くなってきた……」
鈴木「わたしはもちろん、どこだろうと約束の場所に行く気はなかった。次の日、終業式も終わり誰もが帰った後、わたしは校舎の屋上……、つまり、ここに来たわ。わたしはここで、ただ時間が経つのを待った。あたしは誰からも好きだなんて言われたくなかった。特にあの子からは言われたくなかった。あたしは誰からも放っておいてもらいたかった……」 
坂本「……」
鈴木「そのうち、空が急に曇ってきて、突然すごい夕立になってきた。わたしは濡れながら立っていた。自分でもわからない。なんでそんなふうにはじめから破るつもりの約束をしたのか。嫌いなら嫌いと、はじめから言っていればよかったのよ。それじゃなければ、ちゃんと約束の場所に行って、つきあえないとはっきり言えばよかった。それなのに、なんで守るつもりもない約束をしたのか。なんで自分で約束を破っておいて、ひとりで屋上で泣かなきゃならなかったのか。……今でも自分がわからない。ただ、わたしは取り返しのつかないことをした」
坂本「……」
鈴木「その子は、その夕立の中で、交通事故に遭って、死んだ。学校から少し離れた交差点で。すごい雨で視界が悪くなっていて、トラックに巻き込まれたのよ。その子はわたしと約束した場所から学校に戻る途中だった。目の前も見えない雨が降っていたのに……」

 トラックが急ブレーキをかける音、なにかにぶつかった破壊音が劇場内に響く。鈴木、耳をおさえる。一瞬、坂本、剛、健も体を固くする。

坂本「……」
准一「そんなことがあったのか……」
健「……ねえ、剛。今、ほんとに車のぶつかる音が聞こえなかった……?」
剛「……(あたりを見回す)」
准一「どうしたんだ、みんな顔色が悪いみたいだ。……坂本先生?」
坂本「あ、いや、なんでもない」

 坂本は、鈴木に歩み寄る。

坂本「それからずっと、つらい気持ちだったんですね……」
鈴木「……」
坂本「わたしには、鈴木先生が何故約束の場所に行かなかったのか、わかる気がしますよ」
鈴木「え……?」
坂本「先生は、その生徒を知らずに試していたんじゃないでしょうか。ほんとはその生徒に自分を捜してもらいたかったんですよ。そうじゃありませんか?」
鈴木「……自分を、捜してもらいたかった……?」
坂本「わたしはそうだと思いますよ。そして彼は、たぶんそのとおり、あなたを探しに学校に来ようとしていたんでしょう。……事故のことは不可抗力です。先生のせいじゃありません」
鈴木「だってわたし、その子のこと、嫌いだったんですよ。それなのになんで……」
坂本「でも、その生徒の良さを一番わかっていたのは先生ですよ。お話を伺った限り、たぶん誰よりも、先生がその生徒の良さをわかっていた。そのことに、きっと相手は気がついていたんですよ。だから先生のことを好きになったんですよ」
鈴木「だって……、そんなこと……」
坂本「……もちろん、これは単なるわたしの考えですが……」
鈴木「……」
坂本「どうでしょう?」
鈴木「……あたしは……」
坂本「……」

 鈴木、勇気を出して言葉にする。

鈴木「……待っていた。彼がわたしのいる場所をさがしてくれるのを」
坂本「……」
鈴木「そして、彼がわたしを捜して見つけてくれたとき、始めてわたしは素直になれるはずだった……の……ね……?」

 鈴木が顔を覆う。

坂本「さあ、じゃあ、とりあえずここを下りませんか……? どこかで座って、ゆっくりして……」
鈴木「……」

 しばらくして鈴木が頷き、ふたりは階段室の方へ歩み寄る。それと同時に階段室のそばにいた井ノ原と長野にも再び照明が当たり、ふたりがずっとそこに立っていたのがわかる。
 鈴木は、井ノ原に気がつくと歩みを止める。

坂本「鈴木先生? ……どうかしましたか?」
鈴木「(呆然として)井ノ原くん……」
井ノ原「……」

 照明が青く変わり、足下から徐々にスモークがたちはじめる。そんな中、鈴木と井ノ原は見つめ合う。

准一「(辺りを見回す)なんか変だ……!」

 そのうち、井ノ原を中心に、得体の知れない風が吹きはじめる。剛、健、准一、突然はっとする。

剛「そう言えば、今の鈴木先生の話」
健「さっき、井ノ原さんがした話と、すごく似てるんだよ……(そう言いながら気分が悪そう)」
准一「……!」
井ノ原「(鈴木に)……坂本先生の言うとおりだよ。俺、君に会わなくちゃならなかったんだ。君が俺を待ってたから……」
鈴木「……だって、井ノ原くんは高校生の時死んだのよ。確かにそっくりだけど、あなたはもう大人だわ!」
井ノ原「俺は君と同じ歳だよ。たとえ死んだって……。会いたかった」
鈴木「……たとえ死んでも……。……会いたかった……?」

 井ノ原、ゆっくりと鈴木に手をさしのべる。鈴木はそれに誘われるように自分も手を伸ばそうとする。

准一「(叫ぶ)やめろよ、悪ふざけは!」

 井ノ原が准一を振り返る。

井ノ原「ふざけてるって? ……俺はふざけてなんかいないよ……」
准一「ふざけてるよ……。鈴木先生が好きだった人は死んでるんだ」
井ノ原「……だから俺は……」
准一「あんたまた、自分は死んでるって言うのか? そんなことがあるわけないだろう!」
 
 怒鳴りながら准一は、井ノ原の腕を掴もうとする。だが、井ノ原に触れると、はっとして手を引っ込める。

准一「……冷たくて固い……、氷に触ったみたいや……」
井ノ原「……」

 全員がその場に立ちすくむ。
 突然、がくっと井ノ原が膝から崩れ落ちる。

鈴木「どうしたの……?(駆け寄ろうとする)」
准一「先生! そんな悪い冗談を真に受けちゃだめですよ!」
井ノ原「(微笑んで鈴木を見る)君に会えてよかった。君が俺を忘れないでいてくれてうれしかった」
鈴木「……」
井ノ原「君、いつも怒った顔してたよね。俺、それ、嫌いじゃなかった。君、さびしい顔をするのが嫌だったんだよね。俺、君の考えてること、結構わかってたんだよ」
鈴木「……」
井ノ原「……」

 井ノ原は自分でもどうしようもないように、徐々に床に倒れる。

鈴木「井ノ原くん!?」
准一「下手な芝居はやめろっ。先生、だまされないで下さい!」
鈴木「でも……」

 井ノ原の体の輪郭が青く光り出す。

井ノ原「俺、もう、こうしてはいられないみたい」
鈴木「……」
井ノ原「俺、他の誰より君に似てたんだ。俺もほんとはさびしがりで自信がなくて……」
鈴木「井ノ原くんっ」

 鈴木、耐えられず駆け寄って、倒れた井ノ原を抱きしめる。

鈴木「井ノ原くん、……井ノ原くん!!(泣く。その涙が井ノ原の頬に落ちる)」
井ノ原「(ちょっと笑う)泣かないでいいよ。俺、もうとっくに死んでるんだから」
鈴木「あたし、ほんとはずっと井ノ原くんのこと好きだった……!」
井ノ原「……」
鈴木「好きだったの。でも、素直になれなくて……」
井ノ原「うん……、君らしいね(微笑む)」
鈴木「……(泣きながら自分も井ノ原に微笑んで見せる)」
井ノ原「……君に会えて、俺……。君は、幸せに……」
鈴木「……」

 突然舞台を一陣の風が通り過ぎる。はっと気がつくと鈴木の腕の中はからっぽである。

鈴木「(呆然と)井ノ原くん……」

 鈴木はふらふらと立ち上がってあたりを見回すが、井ノ原がほんとうに消えたと悟ると気を失う。坂本が鈴木を支える。生徒たちは、その様子をしばらく呆然と見ていたが、

准一「まさか……」
剛「信じられねえ……、おい、健!?(健のようすがおかしいことに気がつく)」
健「……(顔が真っ青)
剛「おい!(腕を掴む)」
健「ごめん、俺、さっきからすごく気分が悪くて……」
剛「健! しっかりしろよ!」

 剛は健の肩を抱き、准一と顔を見合わせる。

准一「……剛……おまえもずいぶん顔色が悪いよ……」
剛「俺は大丈夫……(そう言いながら、剛もどこか具合の悪いようす)」

 准一は、あたりを見回す。井ノ原は消え、坂本は気を失った鈴木を横にしようとしている。剛は健を座らせている。准一は、ひとりだけ何ごともないように立っている長野に気がつく。

准一「あんた……」

 長野、振り向く。

准一「……あんたがなにもかも仕組んだのか……」
長野「……え?」
准一「とぼけるな! なんなんだよ、この騒ぎは!!(長野に詰め寄る)」
坂本「(鈴木を寝かせながら低い声で)岡田、落ち着け」
准一「先生、これ、はじめから計画してあったんですよ。俺たちを学校から出られなくしておいて、その上で幽霊にしたてあげた井ノ原さんを鈴木先生に会わせておどろかそうって」
長野「どうしてわたしがそんなことを……?」
准一「おまえの理由なんか知るか!」
長野「だって、井ノ原さんがひとりでに消えたのは、あなただって今見たでしょう?」
准一「人間が消えるわけないだろう。あれもあんたがなんか仕組んだんだ! そうに決まってる! とにかく俺たちを学校から出せ!」
長野「はああ。(意地悪く)……あなた今、わたしがなにか犯罪でも計画してるみたいにおっしゃいましたよね。わたしがほんとうにそんなことを考えているとして、出せと言われてあなたたちを学校から出すでしょうかね?」
准一「……」
長野「(笑顔)まあまあ、そんなこわい顔をしないで。からかっただけですよ。冷静に考えて下さい。健くんが具合が悪いのなら、電話で救急車を呼ぶという手もありますよ。ドアだって外からなら開くかもしれないし」
坂本「(思い出したようにつぶやく)……電話……」
准一「(言われてやっと思いつく)電話か……」

 准一、長野を睨みながら立ち上がると、坂本に怒鳴る。

准一「俺、下で電話してきます! 先生、そいつが変なことをしないように見張ってて下さい! 剛と健も、待っててな!」

 みんなが見守る中、准一はドアに消える。と同時に舞台は暗闇になる。闇の中、准一の声だけが響く。

准一の声「なんだか俺まで具合が悪くなりそうだ。……そうだ……さっきから学校の空気が変なんだ……。あいつ、なにかクスリでも撒いたのか?? 井ノ原さんが消えたのは俺たちの幻覚なんじゃないか??」

 准一が階段を駆け下りる足音。

准一「そうだ、幻覚……。そう考えるのが一番現実的だ……」

 准一が廊下を走る音。

准一の声「電話するんだ、電話だ」

 准一がドアを開ける音。

准一の声「早く……、早く!」

 気がつくと、暗い舞台の片隅に机がひとつある。その上に、1台の電話。そのあたりがぼうっと明るくなり、走ってきた准一は今にもその電話に手を触れようとする。
 だがそのとき、突然電話が鳴り出す。ビクッと動きを止める准一。鳴り続ける電話。准一はおそるおそる受話器を取る。

(つづく)


 いよいよ来週から「新俺たちの旅」ですね! わくわくです!

(1999.6.27 hirune)


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