ぼくたちの怪談
ー第4回ー

第二幕・玄関前(前回のつづき)

坂本「なにを話せばいいんだ?」
健「そうだなあ。先生、口うるさいけど、自分が高校生の時はどんなだったの」
剛「(うしろから)どうせつっぱりだったんじゃねーの? ボンタンとか履いてさー」
坂本「……(ギク)」
健「それでよく先生になれたね」
坂本「あのなあ」
健「女の子とは? つきあったことある?」
坂本「そりゃ、あるよ」
准一「結構もててたりして」
健「もててたの?」
坂本「そうだな。つきあって下さいって言われたことは、ないでもなかったんだがな……」
剛「(うしろから)ああ。1回デートすると「もうつきあえません」って言われちゃうタイプね」
坂本「……(ズキ)」
准一「剛、あんまりずばずばと言うと……」
健「先生、傷ついてるみたい……」
剛「あー。(してやったり) 先生ごめん、ほんとごめん」
坂本「……。そりゃ、ちっとは不良にあこがれてたし、女の子としゃべるのも苦手だったが、でもな、俺はおまえらとは違うぞ」
剛、健、准一「……」
坂本「俺は、もう、おまえらの歳には、将来のことを、ずいぶん考えてた」
剛、健、准一「……」
坂本「うちは、妹がまだ赤ん坊の頃に親父が死んじまってたからな。田舎の家でおふくろに婆ちゃんに妹と暮らしながら、そのうち俺が家族を養わなきゃならないってことは、なんとなく考えてたんだ」
剛、健、准一「……」
坂本「高校を出たらすぐ働いた方がいいかと思ってたんだが、おふくろが大学まで行けってうるさくてな。老後はまあちゃんの世話になるから、今はお金の心配はするなといつも言うんで、まあ、教員になるなら返さなくていい奨学金ももらえるらしいから、そこまで言うなら教育学部にでも行って先生になるかと」
健「結構いい加減に決めたんだね、自分の将来……」
坂本「動機はそんなもんだが、大学に入ると決めたら俺は勉強したぞ。浪人する金なんかないんだから」
健「はあ……」
剛「……(さっきからの説教にうんざり)」
准一「(話を盛り上げようとして)で、演劇部は? なんで入ったんですか。もともと芝居に興味があったとか」
坂本「いや、全然興味はなかったんだが、(言いにくそう)……街の大学に入って右も左もわからない時分に先輩に勧誘されてな……」
剛「その先輩って、先生ごのみのやさしげな美人でしょ」
健「そうなの?」
坂本「……(図星)」
剛「もう、目に見えるじゃん。こないだまで田舎の高校生だったヤツが突然きれいな女子大生にお茶とか誘われて、「ね。お願い、うちの入部して。君だけが頼りなの」とかって言われるんだよ。担任なんか、ふらふらふら〜っと入っちゃうって」
坂本「……(図星)」
剛「で、入っちゃうと、美人な先輩は部にはほとんど顔を出してくれない、と。しょうがないよね、この就職難なんだから、先輩は就職活動しなくちゃね」
坂本「……(図星)」
健「うわーー(寒そう)」
准一「……(先生に気兼ね)」
坂本「……あのなあ。そう言うけど、世の中、なにがきっかけになるかわからないもんなんだ」
剛「やっぱりそうか……(ため息)」
坂本「……。きっかけなんかなんだっていいんだ! 芝居じたいは俺に合ってたんだから、俺はよかったと思ってる」
剛、健、准一「……」
坂本「舞台にあがると、別の自分が生まれる。俺じゃない、別の人格だ。芝居をしている俺は、俺であって俺じゃない。それにはまったんだな。しばらくすると俺は、勉強をほっぽりだして、朝から晩まで芝居のことばかり考えるようになった。うちはアマチュアでは有名どころになってきて、3年の時には、大きな演劇祭で、俺が主演男優賞を取ったんだぞ」
健「へえー」
准一「すごいな」
剛「信じらんね……」
健「そのとき先生、どんな役やったの」
坂本「賞をもらったときの俺の役?」
健「うん。ほんと言って俺、芝居で先生がなにかの役をやるなんて、想像も出来ないよ」
准一「俺も」
剛「……俺もだな」
坂本「そのとき俺がやった役は……、未来からやってきた時間犯罪捜査官だったな」
剛「はあ?」
健「時間犯罪」
准一「捜査官?」
坂本「(突然自分以外の5人の方を振り向いて銃をかまえるようにし、鋭く叫ぶ)『動くな! この時空間に存在してはいけない人間がここにいるはずだ!』」

 坂本の叫びにあわせて、ライトが、青く変わる。それと同時に、剛、健、准一、長野、井ノ原、その場で人形のように動かなくなる。

坂本「(全員の間を動いて銃をかまえるゼスチュアをしながら)それは……、おまえか、いや、おまえか? おまえがあやしい。 おまえだろう! おまえなのか! 誰だ、答えろ! 答えなければ撃つぞ!」 

 誰も答えず、動かない。

坂本「答えろ、なぜ答えない、なぜ動かないんだ! おまえたちの目的はなんだ……! ……俺はいったいなにを捜してるんだ……!」

 坂本が頭を抱えてうずくまると音楽が始まり(イメージ「MIX JUICE」(^^;;)、坂本はゆらりと立ち上がると、音楽に乗って踊り出す。坂本にならって、5人も踊り出す。バックの5人は表情もなく、非常にクールなダンスである。しばらく踊ったあと、坂本は、苦しげに、ダンスの場から離れようとする。5人は無表情に踊り続けているが、坂本が再び銃を手にし、自分たちを撃とうとしているのに気がつくと、5人は撃たれるより先に全員で坂本を撃つ。(といったような演技である。別に銃を持っているわけではない)
 撃たれた坂本が崩れ落ちると、5人もそれぞれひとりずつ、人形のように倒れる。
 全員が倒れると、暗闇。しばしの間の後、ライトが通常に戻る。

坂本(話の続きに戻っている)「……といったような役なんだ」

 他の全員も、もとに戻っている。

准一「なんだかかっこいいな。全然話がわからんけど」
坂本「これはなあ、簡単に説明すると、時間犯罪人を追いかけているうちに自分の居場所をなくした男が、時間の中をさまよった挙げ句、違う時代の人間と愛しあう。ところがそれこそが時間犯罪であって、結局時間犯罪人は自分自身だったって話だったんだよ」
剛、健、准一「?」
長野「なかなかおもしろそうですね……」
井ノ原「……」
准一「お芝居で歌ったり踊ったりもするの」
坂本「そういうのが流行ってるんだよ」
健「でも、なんだかかわいそうなストーリーだね。先生、最後死ぬの」
坂本「いや、そこは、観客の解釈次第だ」
准一「解釈次第って」
坂本「だから、ひとことでは言えないんだよ。見たあと客それぞれに考えさせるって言うのも計算なんだから」
健「ふーん」
坂本「だいたい、説明で簡単にわかったら、わざわざ芝居にする意味がない。ストーリーだけが大事なわけでもないんだから」
長野「ごもっともですね」
井ノ原「……」
坂本「で、まあ、調子に乗って、本気で芝居で生きようと考えたこともある。わざわざ俺宛に劇団のオーディションの案内が来たんで、これは行けば受かるんだろうと思って、上京して受けた」
健「それ受かったの……?」
剛「それは甘いだろ」
坂本「そう思うか?」
准一「どうだったんですか?」
坂本「合格したよ」
剛「嘘。……じゃ、なんで今役者にならないで先生やってるの」
坂本「……。ちょうどその頃母親が病気で倒れて、俺ははっと我に返った。俺がするべき事は違うことだった、って」
健「違うこと」
坂本「もともと俺は、安定した職業について家族を支えるつもりだったんだ。本格的に芝居の勉強なんか始めたら、自分だけでも生活できるかどうかわからない」
剛「せっかくチャンスを掴んだのにそこで夢を追いかけなかったのかよー」
坂本「嫌だよ、俺。俺が夢を追いかけた挙げ句、振り向いたら母親や婆さんや妹が泣いている、なんて。俺には地道が一番だな」
剛「(ぶつぶつ)つまんないじゃん、そんな人生……」
健「お母さん、大丈夫だったんですか?」
坂本「(笑)ああ、大丈夫。それ、ただの盲腸炎だった」
剛「じゃあ、今つきあってる人はどんな人なの?」
坂本「……いないよ、別に」
剛「マジ? いないの?」
健「剛、誰だって彼女がいないときもあるよ。……ねえ先生」
坂本「……」
剛「先生、お母さんの選んだ人とかと結婚しないでよ」
坂本「なんでだよ」
剛「だせーじゃん、そんなの」
健「でも、先生にはそういうのが向いてるのかも知れないよ」
剛「……そうだなー。……そうかもなー」
坂本「おまえらなにが言いたい! ……とにかく、これで俺の話は終わりにするぞ」
健「えーー。もっとなんかないの」
剛「つまんねえー」

 生徒たちは不満げにぶつくさ言っているが、坂本は自分の話を終わらせる。

坂本「すっかり夜じゃないか(辺りを見回す) おまえたち、親が心配してるだろう」
剛「誰も心配なんかしてねえって」
健「ガキじゃないんだから。そうだ、どうせだから、今夜、ここでみんなで語り明かさない? 俺、そういうのに憧れてたの」
坂本「バカなこと言うな」
健「いいじゃないですか。どうせうちの親なんか夜中になるまで帰って来ないし、帰っても俺が家にいるかいないかなんて全然気にしてないもん。どう? 剛」
坂本「……」
剛「そうだなあ。俺も今日暇だし、いいよ」
坂本「……(考えている)」
健「先生もOKと。じゃあどっかで食料を調達しなくちゃ。腹減った」
坂本「バカ。そんなことしたら俺がどんな責任を取らされるか考えてたんだ」
健「じゃあ、先生は考えてて。ひとりずつしゃべってきたから……、次はあなたが話す番だよ(長野を指さす)」
長野「は? ……わたし?(キョロキョロ)」
健「そう」
長野「わたしが? なにを話すんですか?」
健「……あなた、さっきからとぼけてるけど……」
剛「なんかあやしいんだなあ。わざとらしいもん(怪しむ) だいたい、その時代錯誤の黒づくめの格好」
長野「いや、なに、わたしがわざとらしいなんて(おろおろ) ……いえ、話せとおっしゃるなら話さないでもありませんがね。(笑顔) ……でもなあ。こんなこと話しちゃったらきっと頭がおかしいって思われそうだし(照れる)」
健「……この人、やっぱり変……」
剛「……うん……」
准一「それよりさあ、俺は剛と健の話が聞きたいよ」
剛、健「……へ?」
准一「おまえらは俺とユウ子の話聞いたんやから、今度は俺が聞く番だろ?」
剛「話って、なに」
健「俺たち、おまえみたいな話、別にないけど」
准一「なんだってあるやん! 昔の彼女とか」
剛「そんなの別れたらすぐ忘れちゃうよなー」
健「うん」
准一「じゃあ、今、ふたりでメグミとエミのこと追いかけてるやろ。あの子たちのことは」
剛「あー、メグミちゃん。かわいいんだよ。ボンキュッボン!(ゼスチャーつき)」
健「やだね、この男は。メグミちゃんの体しか見てないよ」
剛「体だけじゃねーよ。メグミちゃんは優しいいい子よーー。こないだ彼氏と別れたんだって(にこにこ)」
准一「メグミが剛の好みのタイプか」
剛「そうそう。好み好み。落ちそうで落ちないのがいいの」
健「剛はね、追いかけてる間は真面目にがんばるからね」
剛「なんだよ、その追いかけてる間はってのは(不満) つきあいだしたら真面目じゃないみてーだな」
健「だってそうだろ」
准一「それで、健はエミみたいのがいいんだ」
健「……俺?(きょとん)」
准一「うん」
健「そうだね。俺、どっちかっていうとスレンダーなほうがいいし」
准一「そうやな。エミはすらっとしてるしな」
健「でもさあ、一番のポイントは、エミちゃんはメグミちゃんとふたりでワンセットだってことだね」
准一「……?」
健「剛が好きなのはメグミちゃんでしょ。そうすると俺は必然的に、メグミちゃんといつもいっしょにいるエミちゃんを好きじゃなきゃね」
准一「……??」
健「メグミちゃんとエミちゃんは仲良し。俺と剛も親友なんだから」
准一「……??? ……ちょ、ちょっと待ってや」
健「なに」
准一「ちょっとそれ、おかしいやろ。それじゃ、健はエミのことが好きなんじゃなくて、エミがメグミといっしょにいるから好きなの?」
健「なに言ってんだよ。言ってるだろ、エミちゃんは俺のタイプだって。エミちゃんかわいいもん」
准一「で、で、でも。今の健の話、なんかおかしくなかったか? なあ」
剛「(人の話をよく聞いていない)え、そうだった?」
准一「そうだったって……。(思い出す)そう言えば健の彼女っていつも……」
坂本「(あきれて)なんかわからんな、このごろの高校生は。さ、もう帰るぞ」
長野「ええ!(たいへん驚く) 本気で帰るんですか」
坂本「……。あなたがそんなに驚くことないでしょう」
長野「……ああ、そういえばそうでした(笑顔) でも、ここから出られるかなあ??」
坂本「なに言ってんですか(あきれる) あなたたちも出てってくださいよ」

 生徒たち、カバンを持って帰り支度をする。しかたなく長野も自転車を起こす。坂本は監視するように全員を見ている。健がしぶしぶと帰ろうとして、ドアに手をかけ、

健「あれえ? ……ここ、開かない。先生、鍵かけたの」
坂本「いや、鍵なんかまだかけてないぞ」

 坂本、玄関口の戸を開けようとするが、戸が開かない。

剛「でもあれだよな、ここ、中からなら鍵かけてあっても開くはずだろ」
健「そう言えば」
坂本「鍵がかかってるんじゃない。……ドア自体が動かないんだ」
准一「どういうことですか?」
坂本「わからん……。これじゃあ向こうの昇降口から出るしかないな」
健「俺ちょっと向こう見てくるよ」

 健、駆けていく。残った坂本、剛、准一は顔を見合わせている。井ノ原はやや不安そう。長野はなにも気にしていない。やがて健が戻ってくる。

健「先生、向こうも開かないよ。やっぱり鍵がかかってるワケじゃないのに、開かない」
坂本、剛、准一「ええ!?」
坂本「……どういうことだ……?」
准一「俺、西側の昇降口を見てくる」
剛、健「俺らも行くよ」
坂本「俺も行く」

 4人、あわただしくさっき健が行ったのと逆側に去る。

長野「(感嘆して)……全くすばらしいですね!」
井ノ原「……?」
長野「強い精神力で、あるべき自分になりきっているんです。自己催眠みたいなもんでしょう。それにしても見事な空間だ。まさに演劇的と言える」
井ノ原「……?? いったいなんのことですか……?」
長野「(微笑んで振り向く)……今あなたがここに存在する、その原因のことですよ」
井ノ原「……ええ!?」

 そこへ、坂本たち4人、戻ってくる。

坂本「なんか、妙だな」
剛「(怒っている)あっちもこっちも開かないなんてこと、あるかよ」
健「(弱気)こうなると、なんか急にうちに帰りたくなった……」 
准一「そうだな……」
長野「どうしたんですか」
坂本「いや。どこの出口もドアが開かないんですよ」
長野「なんと!(わざとらしく驚く) じゃあ、我々はどうなるんですか」
剛「別に、窓から出ればいいだけだよ。出られるでしょ、この大きさなら」

 剛の言葉に、健が階段脇の窓を開けようとする。ガタガタと動かし、健は急に不安そうになる。

健「剛! 窓も開かないよ!」
剛「はあ?」

(つづく)


 夏の日射しですねー。もうすぐ「新・俺たちの旅」と思うとわくわくです。
 待ってる間がまた楽しいんですよ(^^)
 

(1999.6.14 hirune)


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