ぼくたちの怪談
ー第3回ー

第二幕・玄関前(前回のつづき)

井ノ原「……俺のこと、気がついてたんですか」
長野「気がついてましたよ。あなたもそこの陰で話を聞いていたんでしょう。しかし思いがけずこんなところでこんないい話が聞けるとは……。(鼻スンスン)(准一に)話していたのは君ですか? そのやさしい気持ちをこれからも大切にね」
准一「は、はあ……」
坂本「? あなた方はいったい……」
長野「まあまあまあ。そんなこと、今はどうでもいいじゃありませんか。それよりこの少年ですよ」
坂本、剛、健、准一「……」
長野「我々で彼をなぐさめましょうよ」
井ノ原「なぐさめる?」
長野「そうです。(ニヤリ)(と、言いつつ指をパチンとならす)」
坂本「ちょ、ちょっと、いったいなにを……」

 坂本があわてて口をはさむが、音楽が始まる。
 長野と准一以外は顔を見合わせたり、どこから音楽が鳴っているのかと辺りを見回しているが、そのうちに准一以外の5人は、徐々に位置に着き、踊り始める。
 曲は「ダンス・ダンス・ダンス」。(ビデオ「ライブフォーザピーポー」参照……)
 はじめ、准一はひとり、踊る元気もないように、舞台中央で物思いにふけっている。残り5人は、准一を誘うようにまわりで踊る。しばらくして准一は、しょうがない、という感じで立ち上がり踊り始める。幻想的なライトの中、6人のダンスになる。

井ノ原「(踊り終わって息を切らせながら)久しぶりです、こんなに気持ちよく動いたのは」
長野「でしょう? 少年よ街に出ろ、新しい恋が君を待ってる!ってなことでしょうか」
井ノ原「なかなかいいこと言いますね」
長野「(照れて)そりゃあまあ、伊達に自転車を乗り回してないですよ」

 井ノ原と長野、なごんでいる。
 踊った興奮が冷めると、坂本は疑い深そうな表情でふたりに近づく。

坂本「ちょっとお聞きしますが」
長野「あ、はいはい」
坂本「あなた方はいったい……?」
井ノ原「え?」
長野「わたしたちですか?」
坂本「そうですよ」

 剛、健、准一も不思議そうにふたりを見る。

長野「ほら。あなたが誰だかみんな知りたがってますよ(自分のことは棚あげ)」
井ノ原「俺? 俺は、その……」
坂本「こっちの人だけじゃありませんよ。あなたのこともですよ」
長野「え? わたしのこともですか?」
坂本「あたりまえじゃないですか。学校に無断で入っちゃいけません。なんですか、その古くさい自転車は」
長野「これですか? まあ、商売道具とでも言いますか」
坂本「傘とカバンはいいとして。普通、自転車で校舎に上がってきますか」
井ノ原「そう言えば、その人さっき、2階の廊下を自転車で走り回ってましたよ」
長野「(井ノ原を指さして)あーー、先生に言いつけるなんて汚いぞーー!(まるで子どもみたい)」
剛、健、准一「……(長野にあきれる)」
坂本「……。あの、わたしは別にあなたの先生じゃないんだから」
長野「あ、そうですね(笑顔)」
坂本「(つぶやく)いかれてるのかな……。関わり合いにならないほうがいいか……」
長野「え? え? なになに? わたしのことですか?(うれしそう)」
坂本「なんでもありませんよ。じゃあ、こちらの方に聞きますが。お名前は?」
井ノ原「井ノ原……です」
坂本「井ノ原さん。あなたはなんのご用があって学校に入りこんだんですか」
井ノ原「それは」
長野「それは……?(首を突っ込む)」
坂本「ああ、あなたは関係ありませんよ。(長野をおしのける) わたしは井ノ原さんに聞いてるんです」
長野「(さびしそう)わたしは関係ないなんて……、先生がえこひいきしちゃいけませんよ……」
坂本「もう! わたしはあなたの先生じゃないって言ってるでしょ!」
健「でも、ふたりとも悪い人じゃなさそうだよ」
准一「なにかするつもりなら、わざわざ自分から出てくるわけないしな」
健「そうだよ。准一の話で感動しちゃうくらいなんだから、悪い人じゃないよ。それより、俺、喉乾いちゃった」
剛「そうだな。なんか買ってこようか。自販機は動いてるよな」
坂本「おまえらなあ。もう帰るぞ」
健「いいでしょ、あと少しくらいここにいたって。……あれ? どこかで電話が鳴ってるよ」
坂本「……ん? ほんとだ。職員室か」
剛「先生出てくれば」
坂本「……なんだろうな、今頃」

 坂本、首を傾げながら階段を上っていく。

健「なにか買ってくるよ。なんにする」
剛「カルピスウォーター!」
准一「俺も」
健「なんか買ってきますか?(長野と井ノ原に尋ねる)」
井ノ原「え、俺は……」
長野「わたしは飲みたいけど……、持ち合わせがないから我慢しよう……(すごく残念そう)」
健「細かいのないんですか? いいですよ、ジュース代くらい俺が出しますよ。じゃあみんな同じっと。すっきりスィートカルピスウォータア〜」

 歌いながら健は袖に去る。

長野「いい子だねえ(感動して健を見送る)」
剛「ねえ、あなた(と、井ノ原に) なにかわけがあって学校に来たんでしょう。なに? なんですか」
井ノ原「え? ……な、なんで??」
剛「だってさっきから態度がなんかおかしいですよ。……こっちの人は頭がおかしいのかもしれないけど(と、長野を見る) なあ、准一」
准一「うん。なにかありそう」
長野「(ひとりでわくわく)カルピスウォーターってもの、飲んだことないんだよ。どんな味かなあ? ねえ君たち、どんな味?」
剛、准一「……」
剛「(気を取り直して)井ノ原さん、でしたっけ? ね、なんで学校に来たの」
井ノ原「……」
健「買ってきたよ!」

 健が戻ってくる。健は全員にカルピスウォーターを配ってから自分も剛のとなりに座る。

健「どうしたの?」
剛「この人の話を聞いてたの」
健「なに? なんの話(と言いつつカルピスウォーターを飲む)」
井ノ原「(缶を開けごくりと飲んで)こんなの飲むの、久しぶりだよ……」
長野「うわ! これおいしいなあ!(後ろで騒いでいるが誰も気にとめない)」
井ノ原「……俺、昔、この学校の生徒だったんだ……」
健「へえ! ほんと」
井ノ原「ほんとさ」
剛「それで遊びに来たわけ? ひとりで?」
井ノ原「……」
准一「どんなでした、井ノ原さんが高校の頃って」
井ノ原「今の高校生と同じだと思うよ。俺なんかまだなにも考えてなくてさ。なにも考えてないんだけど、でもいつも、俺ならなにかやれるって、バカみたいに信じてた」
剛、健、准一「……」
井ノ原「世界中が俺のものになるような、そんな気分でいたんだ。そのくせなにもかも中途半端で、よく屋上で授業をさぼった」
剛「あ、その気持ちはわかる。俺もよく屋上で寝てるから」
健「気持ちいいよねー、空の下で寝るの」
剛「勉強も大切なんだろうけどさ、なんだかちっとも俺らの知りたいことと関係ねえんだもん。俺だってさあ、知りたいことあるのに」
健「へえ。なになに」
剛「つまりさ。(笑いながら)俺たちはなんのために生まれてきたのか、とかさあ」
健「嘘つけ!」
剛「嘘じゃねえって(笑)」
准一「俺もわかるな。剛の気持ち」
健「……俺だってわかってるよ」

 坂本がなにか考えながら階段を降りてくる。

准一「どうして恋なんてするんだろう、とか」
健「なんでひとりきりだとすごくさびしいんだろう、とか」
剛「俺って結局なにがやりたいんだろう、とか」
健「そんなことが知りたいのにね、俺たち」

 坂本は階段の途中で立ち止まり、そんな生徒たちの言葉をじっと聞いている。

井ノ原「そうか。そうだね」
剛「あ、わかった。あなた、なにかあって、ここに来たんでしょ」
健「なにかって?」
剛「失恋したとかさあ。違う?」
井ノ原「……ああ。……そうだな、俺。もしかしたら失恋したのかも知れない……」
准一「……かも知れない……?」
井ノ原「したのかも知れないし、そうじゃなかったのかも知れない」
剛、健、准一「?」
井ノ原「失恋だったのかどうかなんて、どっちでもいいんだ」
剛、健、准一「?」
井ノ原「ただ、俺は、あの子が俺が行くのをまだ待ってるような気がして。あの子に会わなくちゃって、それだけをずっと考えて」
健「……なんか話がよく見えない……」
剛「ちょ、井ノ原さん? わかるように話してよ」
井ノ原「(笑って)あ、ごめん」
健「やっぱり女の子関係?」
井ノ原「(頷く)……うん。俺、好きな子がいたんだ。変わった子で。すごく不器用な子なんだ。いつも怒ったような顔をして。でも、ときどきすごく淋しそうな顔をしてた」
剛、健、准一「……」
井ノ原「その子は真面目な優等生だし、俺なんかとはどこも似てないのに、なぜだか、俺、その子と俺は同じだってわかったんだよね。俺がなにがしたいのか、なにを言いたいのか、一番わかってるのはその子なんじゃないかって思ったんだ。逆も同じ。その子がなにを不安でなにを寂しがってるのか、俺、わかる気がしたんだよね」
健「なんか……」
准一「わかるよな、そういう気持ち……」
剛「いいねえ。それで?」
井ノ原「それでって……。(笑う) その子がまだ俺を待ってるんじゃないかと思う気持ちが俺、どうしても消えないんだ。たぶん、学校のどこかでその子は俺を待ってるんだ。だから、その子と約束した夏休み前の日になると、俺は、学校に出てくるんだ」
剛、健、准一「……は……?」
井ノ原「俺ね、学校に来たんじゃない。学校に出たんだ。俺、死んでるんだ。幽霊なんだよ。わかんない? ね、わかんないかなあ?」
剛、健、准一「……」

 一瞬、全員が固まったようだが、すぐ剛が井ノ原の額に手を当て、健が井ノ原の脈を取る。

剛「熱は平熱」
健「脈も平脈!」
准一「……変な冗談言わないで下さいよ。悪趣味ですよ」
健「そうだよ。冗談でもさ、死んでるなんて、嫌だよ、やめてよ」

 そこへ、坂本が声をかける。

坂本「さあ、話は終わったか」
健「あ、先生」
剛「なんだったの? 電話」
坂本「……ああ、ただのいたずら電話だったよ」
准一「それにしちゃ時間がかかってたみたいだけど」
坂本「そうか……?」
准一「……?」
剛「今、井ノ原さんの話聞いてたらさ。途中まではいいんだけど、この人、すごい冗談言うんだもん」
健「そうそう。自分が幽霊だとか言い出すんだよ。ちゃんと、今日が学校に幽霊の出る日だってわかってるんだから」
剛「もしかしてその冗談を言うために学校に来たんじゃないの。ふざけてるよ。こっちはまじめに聞いちゃったじゃんかよー」
井ノ原「……」 

 長野はちびちびカルピスを飲みながら、そんな様子をおもしろそうに見ている。

健「先生……?」
坂本「(はっとして)なんだ?」
健「戻ってきてからなんか変だね……」
坂本「変じゃないぞ、さあ、もう、ほんとうに帰るぞ」
剛、健「ええーー」
健「ねえ、せっかくの機会だからさあ、今度は坂本先生がなにか話してよ」
坂本「はあ? なんだって?」
剛「あ、それいいね。なんかもうこうなったら、今夜は語り明かそうって感じ?」
准一「おもしろそうだな」
坂本「調子に乗るなよ」
健「でも俺たち先生の話聞きたいもん」
剛「いいじゃん、先生いつもそういう話しないしさあ」
坂本「そういうってなんだ」
剛「コイバナとか(笑)」
坂本「ばかばかしい」
剛「ばかばかしくないよ」
坂本「俺は生徒にむやみにそういう話はしないんだ」
健「むやみじゃないよ。たまに、ね」
准一「じゃあ、先生はどうして先生になろうと思ったんですか。それならいいですか」
剛「えー、そんな話なの?(がっかり)」
健「そうだね、それでいいや」
剛「ちぇえ」
 
 坂本、そんなことを話している生徒たちの顔を見回す。

坂本「別に話すようなことはなにもないよ」
剛「そう言えば先生、ダンスとか上手なんだね。今日はじめて知った」
健「うん。もしかしてなんかやってたの」
坂本「……学生の時な」
剛「マジマジ?」
坂本「これでも演劇部に入って、歌ったり踊ったりしてたんだぞ」
剛「へえ!」
健「意外!」
剛「結構担任って謎だな」
准一「その話聞かせて下さいよ」
坂本「(苦笑)しょうがないな。……でも、聞いておもしろいような話なんかほんとにないぞ(話す気になったようである)」
准一「いいですよ、別に。な」

 健、うなずく。剛もしぶしぶ頷く。
 坂本、腰を下ろす。

(つづく)


 6月4日にカウント50000を突破しました。みなさまありがとうございます。
 ひるねくらぶを始めてまだ1年半、と言うか、もう1年半と言うか。時の経つのが早いようにも、また、処女作品(?)「君とメリークリスマス」を書いた頃が遠い昔のようにも思えます……。(しみじみ)
 考えると「メリークリスマス」もこの話も、カミセンは高校2年生の役なんですが、今回は「舞台だからかなり若い役でもいいはず」と思いながら書いてます(^^;; そこが違うところ(^^;;
 

(1999.6.6 hirune)


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