ぼくたちの怪談
ー第2回ー

閉まった幕の手前

 気がつくと、舞台に、呆然とした表情の井ノ原が立っている。井ノ原、自分の体をあちこち見回しているが、やがておそるおそる手を上げたり脚を上げたりしている。
 突然、井ノ原の手前をクラシカルな自転車で通過する黒いスーツの男がある。自転車の荷台には黒い傘、黒いカバンが結わえ付けられている。通過したと思うと、男(長野博)は今度は逆側から自転車に乗ってくる。見ていると、客席に向かって笑顔で手を振ったり、花を投げたり、人を食ったことをしている。
 井ノ原はぼーっと長野を見ている。
 しばらくして長野、そんな井ノ原に気がつく。

長野「(笑顔で)やあ!」
井ノ原「……はあ」

 長野、自転車を下りて井ノ原に近づく。長野はまじまじと井ノ原を眺めると、懐から出した手帳になにか書き付け、そのまままた自転車に乗って去ろうとする。井ノ原、あわてて長野を呼び止める。

井ノ原「あの!」
長野「え? わたしですか?」
井ノ原「……はい」
長野「わたしになにか、ご用ですか?」
井ノ原「ご用って……、わけじゃないんですが」
長野「用はない、と」

 長野、手帳に再びなにか書き付ける。

長野「用がないなら、わたしはこれで」

 長野、再び去ろうとする。

井ノ原「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」
長野「はいはい。なにか、ご用ですか」
井ノ原「だから。用じゃないんですけど。あの」
長野「はい」
井ノ原「……よく見るとあなた、ずいぶん、濡れてますね……」
長野「あー。(笑顔) ずいぶんすごい夕立でしたからね、外は(と言いつつ髪をぷるぷると振る)」
井ノ原「夕立……(考える)」
長野「そうですよ、ザバーーーっとね! すごいヤツですよ(楽しそう)」
井ノ原「(つぶやく)夕立とこれと、なにか関係あるのかな??」
長野「え? なんですか?」
井ノ原「い、いえ。……それより」
長野「それより?」
井ノ原「あの。……あなた、わたしのことが見えますよね」
長野「見えますとも見えますとも」
井ノ原「……どういうふうに見えますか……?」
長野「どう見えるって。身長は190センチ。体重は200キロってとこですか」
井ノ原「……KONISIKIですか、わたしは……」
長野「違いましたか」
井ノ原「違いますよっ」
長野「これは失礼。フランス人とは気がつきませんでした」
井ノ原「日本人ですっ」
長野「まあまあ。ちょっとした冗談ですよ。怒らないで下さいよ」
井ノ原「……(ぶつぶつ)」
長野「おや?(下に向け耳を澄ます) 下の方で気配がするぞ」
井ノ原「……気配……?」
長野「これでやっと見つけられそうだ(うれしそう)」
井ノ原「見つける……?」

 長野はさっさと自転車をこぎだして、去る。井ノ原、はっとして叫ぶ。

井ノ原「ちょっと待って下さい。あなた、誰なんですか! いったいどこから自転車なんかで……! ちょっと!」

 井ノ原、長野の後を追う。そのままふたり、退場。






 第二幕・玄関前

 大階段が舞台中央にある。

 准一が、辺りを見回しながら上手より登場する。寒そうに自分の腕をさすっている。カバンを手にしていて、どうやらやっと雨も止んだので帰るところらしい。

准一「雨が止んだら急に冷えてきやがった。さっきの物音といい、なんだか気味が悪いな……?」

 そこへ、下手よりバタバタと人の足音。准一、ぎょっとして立ち止まる。
 走り込んで来たのは、剛と健である。ふたりは心底楽しそうな表情である。

剛「うひゃひゃひゃ……」
健「あははは……」
剛「すごかったな、雨」
健「うん。でも、おもしろかったね!」
剛「シャワーでも浴びたみたいだ」
健「ほんとだ、剛の髪、まだ水がしたたってるよ〜」

 ふたりはびしょぬれながら楽しそうにじゃれあっていて、隅にいる准一に気がつかない。准一はおもしろくなさそうにそれを見ているが、やがて声をかける。

准一「なにしてんだ、おまえら」
剛「あれ? 准一、そこにいたのか」
健「ね、絶対准一は雨が止むまで学校にいるって言っただろう」
准一「なにしてんだって聞いてんだよ。ふたりとも頭の先から足の先までびしょぬれじゃないか」
健「うん。さっき、すごい夕立に遭っちゃってさ」
剛「もう、すげえの、バケツの水ををざばーっと撒いたみたいで」
健「一瞬で服を着たままプールに飛び込んだみたいになっちゃった」

 ふたりは顔を見合わせて、また笑う。 

准一「夕立は知ってる。それで、なんでまた学校に戻ってきたんだよ」
健「いいじゃん。あんまり濡れたんでかえっておもしろくなっちゃってさ。俺らずっと雨の中で遊んでたんだよ」
剛「もう濡れたついで!」
健「で、雨はやんだけど、すぐ電車に乗る気にもならなくって」
剛「……ていうか、ほんとは、おまえがまだ学校にいるんじゃねえかと思って」

 剛と健は顔を見合わせる。

准一「……戻ってきたのか」
剛、健「うん(うなずく)」
准一「(あきれて)バカだなあ、おまえら、ほんとに」
剛「そう言えば、濡れてるの、気持ち悪くなってきたなあ」

 剛、ネクタイを外したり、靴下を脱いだり、靴を逆さにして水を出したりしだす。健はそれを横目で見てふざけてマネをする。

剛「マネすんなよっ」
健「いいじゃん」

 またふたりは動きを続ける。途中から准一もふざけてマネをしはじめる。

剛「……」

 音楽が鳴り出す。ここで、3人のダンス。(よく考えてないんだけど……)
 メロディはなくリズムのみ。3人それぞれお互いのフリをマネしあいながらふざけて踊り、最後はきれいに揃って踊る、といったかわいい感じがいいんじゃないでしょうか……(^^;;
 踊り終わると3人はすっかり仲良くなる。准一にも笑顔が戻る。

健「准一、少し元気が出たみたいだね」
准一「……まあな……」
剛「じゃあ聞かせてもらおうか。ユウ子ちゃんとなにがあったのか」

 准一、その言葉にまた表情が曇る。

准一「(ためらいがちに)……うん……」

 剛と健は、准一の話を聞くべく、それぞれ階段に座り込む。

健「(尋問口調)で? いったい准一はなんでユウ子ちゃんにあんなことを言ったの?」
准一「……」

 准一は考える表情。そのとき下手に帰り支度の坂本が登場し、3人がまだいるのに気がつくが、3人が真剣に話しているのを聞き、坂本は、こっそり階段の脇で話を聞く。准一がなかなか話し出さないので、剛が話し出す。

剛「1年の秋だったよな。准一とユウ子ちゃんがクジで一緒に文化祭の委員にさせられちゃったのは」
健「そうそう。ふたりとも人がいいから断れなくてね。でも、いっしょに仕事をしだしたら、准一はすぐユウ子ちゃんを好きになっちゃったんだよね」
剛「それまで口も利いたことなかったくせにさ」
健「でも、もともとユウ子ちゃんはおとなしくって、男の子となんか口も利けないタイプだから、どんな子かなかなかわからなかったよね。俺たちだって話したことなかったじゃん」
剛「まあなあ。もしかして准一は、その前からユウ子ちゃんを好きだったの?」
准一「……わからん。一緒に委員になって仕事をしてみたら、すごく素直ないい子だってわかったんだ」
剛「で、いい子だってわかったら、すぐ好きになっちゃったわけだ」
准一「……」
健「で、好きになったら、すぐに告白したくなっちゃったわけだ」
剛、健「きゃははは……」
准一「それは……、なんだかほっといたら、誰かに取られてしまう気がしたから!」
健「まあねえ。気持ちはわかるけど、まだ全然親しくなってないのに、おまえ、突然告白しちゃうんだもん。あのときは俺らも驚いたよ。ねえ、剛」
剛「……おまえ、こうだもん」

 剛と健、剛が准一、健がユウ子ちゃんになったつもりで演技する。
 健はうつむいておとなしい女の子のように歩いている。
 剛、突然健の目の前に駆け寄って、息せき切ったまま立ち止まる。驚いて剛を見る健。

剛「俺、おまえのこと好きなんだ!」
健「(驚いて剛を見つめる)」
剛「聞こえたか?」
健「は、はい……」
剛「おまえは?」
健「……え?」
剛「(怒ったようにつめよる)俺のこと、どう思ってるんだ?」
健「(あとずさりしながらとまどう)……あ、あの」
剛「(ますます怒ったようにつめよる)俺のこと嫌いか? 嫌いじゃないだろ?」
健「(後がなくなってうろたえる)あの、あの……、はい、あの……」
剛「きらいじゃないならつきあってくれ! いいよな? な? な?」

 剛と健は見つめ合ってから、再びおかしくてたまらなくなり、腹を抱えて吹き出す。

健「あはは……。こんなの今どき珍しいよね」
剛「うひゃひゃひゃ……。相手がユウ子ちゃんじゃなかったら、あんとき張っ倒されてたよ、おまえ、絶対!」
健「でも、それでふたりはつきあうことになったんだもん。押せばどうにかなるもんだね」
剛「怖いよな、こういう男」
健「やっぱ熱意だよ。准一が一生懸命なのは、俺らにもわかったもん。そうでしょ? 剛」
剛「……まあね。(おもしろくなさそう)」
健「そうやってつきあい始まったのにさ。おかしいだろ、……おまえがユウ子ちゃんを泣かしたんじゃ……」
准一「……大丈夫だよ」
健「え? なにが?」
准一「ユウ子はたとえ泣いてもさ、大丈夫なんだ、もう」
剛、健「?」
准一「だから、しょうがないだろ」
剛「? わかんねーよ」
健「ちゃんと言ってよ、准一!」
准一「ユウ子はやさしいから、俺に好きだって何度も言われて、自分も俺のことが好きなんだと思いこんだんだと思う」
剛、健「……?」
准一「最初に、ユウ子はほっとくと誰かに取られてしまうと思った俺の勘はまちがっていなかったんだ」
剛、健「……?」
准一「ひと月前、俺の大阪の友達が来たのは言ったよな」
健「うん」
准一「俺、ヤツにユウ子のこと見せたくて、一度遊びに来るようにせっついてたんだ。で、やっと時間が出来たって、あの日、ヤツが来た」
剛「うん」
准一「そいつな、ええヤツなんや。俺、中学の途中で親が離婚してこっちに来ただろ。だんだんにおまえらとも仲良くなったけど、はじめは、向こうとこっちじゃなにもかも違うのがどうしてもなじめなくてな。ずいぶんそいつに電話したり手紙書いたりしては力づけてもらった。俺と違って人の気持ちがわかってな。俺の言って欲しいことを先回りして言ってくれる、そういうヤツなんだ」
健「うん」
准一「でな。俺な、ヤツが来るっていうちょうどその日、ラグビーの試合が入ってしまって、駅までそいつを迎えに行くの、ユウ子に頼んだんや」

 剛と健、だんだん准一の話がわかってきて、顔を見合わせる。

剛「はああ?」
健「……ええ? そうなのお?」
准一「……。ユウ子は、知らない人にひとりで会うなんて嫌だって言ってたんだ」
剛「男に頼めばよかっただろう!」
健「たとえば、俺らとか」
准一「俺、ユウ子のこと、自慢したかったん。そいつがユウ子みたいな子を気に入るだろうってことはわかってたんだ。前から好きな子のタイプとかはお互いよくしゃべってたし。だから、俺、やっぱり、見せびらかしたかったんだと、思う」
剛、健「……」
准一「待ち合わせた公園に行ったらさ、もう、ユウ子は、いつもと違ったんや。俺、本なんか読まんし、詩なんかそれこそほとんど知らん。そいつはちょうどユウ子の好きな本を持っていたんだ。いつもユウ子は俺となにを話していいかわからないような顔をしていたのに、そのときふたりは、会ったばかりだっていうのに、もう、楽しそうに話していた」
剛「やってらんねーな。それで?」
准一「それだけや。俺はそんなことにまるで気がつかない顔をして、ふたりの所に走っていった。振り向いたユウ子は、俺に見せたことがないような、ピンク色のほっぺたをしてた」
剛、健「……」
准一「3人で買い物をして、喫茶店に行って、夕方、ヤツが帰るとき、ユウ子は淋しそうな顔をしてた。でも俺は、ヤツが帰ってよかったと思ってほっとしたんや。そんな自分がものすごくみじめだった。でもな、それで終わりじゃなかった」
剛、健「……」
准一「一週間前、ヤツから電話があった。あれからもユウ子と電話して、好きな本とか映画とか、そういう話をしてるって言った。俺は驚いた。ユウ子が、そんなことを俺に黙ってたことに驚いたんだ。俺が声を荒げたら、ヤツは、ユウ子はなにも深い気持ちじゃない、自分はちょっとした話し相手だと思われてるんだろうって言った。でも、自分は初めて見たときからユウ子をかわいいって思ったって。嘘はつけないから、俺に言うって。ユウ子にもはっきり好きだって言っていいかって言った。……俺は、だめだって言った。絶対電話もするなって言った。もうおまえなんか友達でもなんでもないって言った」
剛、健「……」
准一「ユウ子な、それからおかしいんや。元気もないし、なにを言っても上の空やし。……俺なあ、わかってたん。俺とユウ子って、無理があるって。俺はユウ子を好きやけど、ユウ子はたぶん、俺に好かれてるから好きになろうって思ってるんや。ユウ子はどっか俺にいつも気を使ってるもん。なに話していいのかわからないような顔してるもん。でもな、あいつとは、電話するのが楽しかったんや。俺には黙っていた方がいいとまで思っても。人を好きになったら、どんなにおとなしい女の子でも、ひとりでにそういう気持ちが湧いてくるもんなんだって、俺、思い知らされた」
健「でもさあ。ユウ子ちゃん、泣いてたじゃない」
准一「そうだな。ユウ子はあんな子だし、まだ、自分の気持ちがよくわかってないんだろうな。もしかしたらわかりたくないのかも。……だから、しょうがないだろ。俺の方から別れるって言うしか」
剛「いいのかよお……。そんな無理しちゃって……」
健「そうだよ……」
准一「……」
剛「もう。人がよすぎるよ。そんな弱腰でこれからの人生、どうすんの」
健「そうそう。なにも好きなら自分からふらなくたってさあ。そんなの准一の一人相撲かも知れないじゃん。バカみたい」
准一「……」
坂本「(突然陰から出てきて、剛と健に怒鳴る)……森田! 三宅!」
剛、健「わわっ(驚く)」
坂本「岡田のけなげな決心がおまえらにはわかんないのか!(と言いながら准一の肩を抱く)」
剛、健「(口々に)な、なんだよ担任か」
   「先生驚かさないで下さいよ」
准一「せ、先生……、聞いてたんですか」
坂本「ああ、聞かせてもらった。岡田、さぞつらかったろう……」
剛、健、准一「……」
坂本「だが、それでいいんだ。先生には伝わったぞ、おまえの純愛が。おまえはほんとうにユウ子ちゃんを好きだったんだなあ……。おまえはいい男だよ」

 そのとき、舞台の袖から「その通りですよ」と言う声が聞こえる。ぎょっとして、坂本、剛、健、准一は辺りを見回す。
 鼻をすすりながら出てきたのは、自転車を引いた長野である。

坂本「……あなたは?」
長野「(坂本の問いには答えず)この学校の先生ですか。いい生徒さんをお持ちですねえ」
坂本「はあ」
長野「いいですねえ、若者は。青春ってヤツですかねえ。……ねえ、あなたもそう思うでしょう」

 長野の言葉に、坂本、剛、健、准一は逆側を振り向く。今度出てきたのは、井ノ原である。

(つづく)


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