ぼくたちの怪談
ー第1回ー

 幕は開いているが、舞台は暗い。
 徐々に客電が落ちていく。闇。しばらく無音。そこに微かに聞こえてくる怪しい(幽霊のでそうな)音楽。
 気がつくと、舞台に揺らめく人魂(ひとだま)。
 だが、どこからかにぎやかな生徒たちの声が聞こえてきて、舞台は明るくなってくる。いずこへか消える人魂。


第1幕・教室


 舞台が明るくなり、舞台に教室がしつらえてあるのが見えてくる。それと同時に、生徒たちのざわめきの声が大きくなってくる。夏服姿の高校生たちがてんでにおしゃべりしながら現れる。生徒たちは今夏休み前の終業式が終わり、教室に戻る途中である。全員どこかうきうきしている。
 剛、健、准一もそのなかに混じっている。剛と健は女の子ふたり(メグミ、エミ)と楽しそうにしゃべりながら歩いてくる。健が准一の方を振り向いて話しかけようとするが、准一はなにか考えていて気がつかない。剛と健は顔を見合わせる。
 生徒の半数は舞台上の教室の自分の席に向かう。残りは、隣の教室に向かっている気持ちで、おしゃべりをしながら舞台の前を通過していく。
 教室に入ろうとする准一を、最後にやってきた髪の長いおとなしそうな女子生徒(ユウ子)が思い切ったように呼び止める。

ユウ子「岡田くん、待って……!」
准一「……」

 准一、身を固くして立ち止まる。そんな准一とユウ子のようすに気がつく剛と健。メグミとエミは気がつかず教室に入って行くが、剛と健は、教室のドアの影からふたりの様子を伺う。

ユウ子「岡田くん。お願い、話を聞かせて」
准一「話なんかねえよ」
ユウ子「だって……。ねえ、昨日の電話、どういう意味?」
准一「どうもこうもないだろ。話したとおりだよ」
ユウ子「だって……、もうつきあえないなんて急に、そんな……」

 剛と健は、話に驚いて目と目を見交わす。

ユウ子「あたしのこと、きらいになったの……?」
准一「……」
ユウ子「そうなのね……? このごろずっと不機嫌でつまらなそうだったもの。でもわたしは岡田くんのこと……」
准一「うるせえな!」

 ユウ子、准一の怒鳴り声にはっとする。

准一「そういう、おまえのいちいちくだくだしてるところが嫌になったんだよ!」
ユウ子「……」
准一「……それだけだよ。わかったら、もう俺にあれこれ言って来るな」
ユウ子「……」

 准一は顔を背ける。ユウ子はしばらく呆然と立っているが、やがて両手で顔を覆うと泣きながら隣の教室に駆け去る。准一はその後ろ姿を見ている。
 それを見て不審そうに顔を見合わせる剛と健。准一は教室に入ろうとしてふたりに見られていたことに気がつくが、なにも言わず席に着く。剛が怒った顔で准一に話しかけようとするが、健が、「今はやめとこう」と言った感じで剛を止める。剛と健も席に着く。
 舞台下手より、メガネをかけた若い女教師、鈴木(鈴木蘭々)が現れる。通知票を抱え、なにか考えながらぼんやり歩いているが、やがて立ち止まってしまう。後ろから、坂本も登場する。坂本は後ろを歩きながら、そんな鈴木に気がつく。

坂本「鈴木先生?」
鈴木「……」
坂本「鈴木先生、どうかしましたか?」

 坂本、なにかあったのかと辺りを見回すが、なにもない。坂本は思いきって鈴木の肩を軽く叩く。

鈴木「きゃあっ(ものすごく驚く)」
坂本「わわっ(鈴木があまりに驚いたので驚く)」

 ふたりとも驚いた拍子に通知票の束を落とす。

鈴木「あ……」
坂本「あーあーあー」

 坂本はあわてて通知票を拾い集める。鈴木も我に返って通知票を拾う。

坂本「(拾いながら)驚かしちゃったみたいですね、すみません」
鈴木「……」
坂本「鈴木先生、今日は朝からぼんやりなさってませんか? なにか心配事でも?」
鈴木「……別に……、そんなことありません!(つっけんどん)」

 鈴木は通知票を拾い終わると隣の教室に向かう。坂本は鈴木を見送って自分も教室に入るが、坂本が来たのにも気づかず、生徒たちはてんでに騒いでいる。(准一だけはひとりで考え込んでいる) 坂本は持っていた通知票を音を立てて教壇に置き、怒鳴る。

坂本「静かにしろ!」
 
 ざわめいていた生徒たちがやっと静かになる。坂本、そんな生徒たちを見回して、

坂本「明日からいよいよ夏休みだが、もうおまえたちも来年は受験だ。この夏休みが勝負なんだぞ、わかってるな」

 生徒たち、退屈そうにざわめく。

坂本「「夏」だとか「休み」なんて言葉は頭から消すんだ。差をつけるなら今だ。今しかない。人が遊んでいるときにこそ努力するんだ。今年の夏くらい重要な時期はないぞ」

 生徒たち、だれながら坂本の話を聞いている。

剛「全くだよ。今年の夏くらい大事な時期はないよ……」
健「そうなのお? 剛がそんなに受験に燃えてるなんて知らなかったよ」
剛「バカ、受験じゃないよ」
健「受験じゃないって?」
剛「夏だよ?」
健「……うん」
剛「青春だよ?」
健「……うん」
坂本「そこ、うるさいぞ」

 坂本に注意されたのをきっかけに、剛はイスに立ち上がって、

剛「二度と来ない、今年の夏だよ? なにもしなかったら一生後悔するよ? そう思わない?」

 健を中心に、生徒たち、うなずく。

坂本「こら森田、ちゃんと座れ」
剛「(坂本の声が耳に入らず)海だろ、花火だろ、女の子だろ……。ね、ね、ね? 夏は俺らと遊ぼうよ」

 剛、近くに座っているメグミやエミに声をかける。女の子たち、顔を見合わせて笑う。

○ここらへんで軽快な音楽が流れ出す。ダンスナンバーである。

 「大切 大切 大切 なにが大切 未来が大切 君の未来が大切
  努力 忍耐 地道に勉強 未来のために 僕らはがんばる

  大切 大切 大切 なにが大切 未来が大切 僕の未来が大切
  素敵なあの子と キスしたい あれしたい これしたい
  努力 忍耐 地道に口説く 未来のために 僕らはがんばる

 (陳腐……(^^;; いかれた歌で、ダンサブルな他に特に歌詞に意味はない。初めは剛から、次第にみんな大騒ぎで踊る)

  大切 大切 大切 今が大切 だって大切 僕の気持ちが大切
  素敵なあの子と素敵な未来を 過ごすため イカスため
  毎日 毎日 僕らは努力 努力もいいけど 魅力も大切」

 剛と健は准一も踊りの輪に入れようとするが、准一はそんなクラスメートをよそに、ひとり、輪に加わらない。女の子たちが両脇から坂本のまわりに集まり、あ然としている坂本を踊りに誘う。坂本ははじめとまどうが、音楽がいよいよ興に乗ってくると、たまらない様子で踊り出す。うまい。生徒たちはそんな坂本のまわりに集まり、坂本を中心にして全員のダンス。それも最高潮になったとき。

准一「(怒鳴る)いい加減もうやめろよ!」

 音楽が止まり、踊っていた全員、動きを止める。
 と、そこへノックの音がして、後ろのドアが開く。教室に顔をのぞかせたのは、さっきの、女教師、鈴木である。生徒たち、急いで席に着く。

鈴木「先生、これ、先生のクラスの生徒のぶんが混ざってました(通知票を一通差し出す)」
坂本「あ、すみません(受け取る)」
鈴木「……じゃあ……(無表情に去る)」
剛「(こっそり健に)鈴木先生って、なんかかわいくないな」
健「うん。いつもむすっとしてるよね」

 生徒たちがまたざわめき出す。それに気づくと坂本は教壇に戻り、声を張り上げる。

坂本「とにかく! 夏休みだからと言って歌ったり踊ったりばかりして浮かれてちゃいかんのだ! さあ、通知票を返すぞ! 男子の一番から取りに来い!」

 生徒たち、落胆の声をあげる。
 舞台、暗くなる。




 しばらくのち。
 生徒たちはそれぞれカバンに荷物をつめて、帰りはじめている。「じゃあなあ」「また新学期ね」「バイバイ」などなど。そんな中で、剛は、懸命にメグミとエミを海に誘っている様子。剛の隣には健。

剛「じゃあ、海行くの、約束したよ」

 メグミとエミ、顔を見合わせてくすくすと笑い、うなずく。

剛「水着はビキニだよ。あんまりピラピラしたものはついてないほうがいいなあ。布地のなるべく少ないのね」
メグミ「やだもう森田くんは」
エミ「変なこと言うと、いっしょに行かないから。ねえ、メグミ」
メグミ「そうよ」
剛「(あわてて)うそうそ、水着なんてなんでもいいって。……なあ」
健「僕は清楚なワンピースがいいな」
エミ「ふうーん、そうなんだ」
メグミ「三宅くんはエッチじゃないもんね」
剛「なんだよ。それじゃ俺がエッチみたいじゃん」
健「だって剛、エッチじゃん」
剛「自分ばっかいい子ぶってこいつは……」

 4人がそんなやりとりをしている間に、生徒たちの姿はほとんどいなくなっている。准一だけがぼんやりとなにか考えている。剛と健は振り向いて、そんな准一を盗み見る。ちょうど女の子たちが立ち上がる。

メグミ「エミ、そろそろ帰ろうよ。なんだか暗くなってきたよ」
エミ「ほんとだ」

 教室のまわりが急に薄暗くなる。窓がガタガタと揺れ、教室の中を一陣の風がふきすぎる。

メグミ、エミ「きゃっ」

 女の子たち、抱き合う。剛、健、准一は辺りを見回す。

メグミ「今、誰かがここを通った気がした……。ねえ、エミ、そんな感じしなかった?」
エミ「やだメグミ、やめてよ」
メグミ「だけど考えたら今日……、あの日じゃない」
エミ「ほんとだ……。でもあれって、ただの作り話でしょ?」
メグミ「作り話じゃないよ! ほんとに見たって言う先輩の話を聞いたことがあるんだもん!」
剛「なに? ……なんの話?」
健「わかった。あれでしょ。幽霊」
メグミ、エミ「……うん……」
剛「……幽霊?」
健「剛、知らないの?」
剛「うん」
健「何年か前、うちの学校の生徒で夏休み前の終業式の日に亡くなった生徒がいるんだよ。それから夏休み前の日には学校にその生徒の幽霊が出るとかいう話なんだ」
剛「マジかよー(疑う)」
健「話だよ、ハナシ」
メグミ「話だけじゃないって。部活の先輩はおととし、ほんとに見たんだって。こう、廊下にぼーっと人が立ってて、誰だろうと思って見てるうちに、今度はぼうっと消えたんだって……」
准一「(カバンを持って立ち上がりながら)バカバカしいな、幽霊なんて」

 そのとき、急に教室のドアが開いて、

坂本「おまえたち!」
メグミ、エミ「きゃああ!」
坂本「いつまでもなにしてるんだ。今日は部活もないはずだろう」
メグミ「なんだ、坂本先生か……」
坂本「なんだじゃない。早く帰れ」
生徒たち(不服そうに)「はーい」「ちぇえ」
坂本「寄り道するんじゃないぞ」

 坂本、ドアを締め、去る。

剛「担任はいつもうるさいよなあ」
健「まあね」
メグミ「ねえエミ、もう帰ろう」
エミ「森田くんたちもいっしょに帰る?」

 エミの言葉に剛と健は准一を見る。

剛「……俺たち、まだちょっと用があるんだ」
健「海のことは、あとで電話するね」
エミ「わかった」
メグミ、エミ「じゃあ、またね」

 メグミ、エミ、教室を出ていく。

健「(窓の外を見て)なんだか夕立でも降りそうだね。夕立の前って、変な風が吹くもんね」
剛「……(答えずに准一の方を見る)」

 准一、黙ったまま教室を出ていこうとする。

剛「待てよ、准一。俺たち、おまえと話そうと思って残ったんだから」
 
 准一、立ち止まる。

剛「(心配そうに)なんかあったのか、おまえ」
准一「なんだよ、急に」
健「おまえ、このごろ変だよ、なんか」
准一「そんなことないよ」
剛「あるよ。最近いつも、怖い顔して黙ってたじゃねえか」
准一「……」
健「……俺たち、さっきおまえとユウ子ちゃんがしゃべってるの、聞いちゃったんだ。……准一、ユウ子ちゃんとなにかあったんだろう?」
准一「……」
健「俺たち、友達だろ。なんかあったんなら、教えてよ」
准一「……友達なんて気楽に言うな……」
健「なんだよ、それえ……」
准一「だいたい、子どもの頃からお友達なのは、おまえらふたりだけだろう。俺は中学の途中にこっちに引っ越して来たんだ」
剛「だからなんなんだよ」
准一「……。おまえらにはわかんねえこともあるんだよ!」
健「そう言えば准一、このまえ、友達が遊びに来るとか言ってたよね。……それってこっちに転校してくる前の友達だろう? 前からよく、昔の友達のことなつかしそうに話してたもんね。ずっと仲がいいんだね」
准一「……」
健「……もしかして、そっちがほんとの友達で、俺らは友達じゃないって言いたいわけ?」
准一「(面倒そうに)……違うよ」
健「俺たちは准一の友達じゃないの?」
准一「だから。そうは言ってない」
剛「(いらついて)……だったらちゃんと話せよ! なんなんだよ、いったい」
健「剛。怒鳴んないでよ」
剛「だってこいつがさ。わけわかんねーんだもん」
准一「友達の押し売りはいらねえって言ってるだけだ」
剛「そうか……。わかったよ」

 剛、立ち上がってカバンを手に取る。

剛「健! 帰るぞ!」
健「剛……」
剛「せっかくメグミちゃんたちと帰れるチャンスだったのに、こんなヤツのせいでフイにしちゃったなんて、自分が許せねえ。……健!」
健「剛。待ってよ……!」

 剛、先にどんどん教室を出ていく。健は准一の方を心配そうに見ながらも、剛の後を追って教室を出ていく。
 
准一「……ふん」

 ふたりが去ってしまっても准一は動かず、うつむいてなにか考えているようである。
 と、急に稲妻が光り、雷鳴がとどろく。すぐにどっと夕立も降り出した気配がする。准一は驚いて窓辺に依り、外を見る。

准一「すごい夕立だ。……あいつら、びしょぬれになったんじゃないか……?」

 さっきは剛や健に強がっていたものの、ひとりきりになった准一はなぜか淋しそうである。

准一「(つぶやく)しょうがねえな、しばらく雨宿りしていくか……」

 准一、カバンを置き、イスに座ると、じっとなにか考え込む。そのまま、教室は暗くなっていく……。 

 どれくらいの時間が経ったのか、しばらくして、突然の大音響。なにかの壊れる音、つんざくような人々の悲鳴、子どもの泣き声、そんな不安をかき立てる物音が入り交じって暗くなった場内に響きわたる。
 はっとして目を覚ましたらしい准一のまわりが明るくなる。

准一「!!」

 准一、あせって辺りを見回して、なにもないとわかると額の冷や汗を拭く。

准一「俺、寝てたのか……? 今の音は、夢……?」

 まだ動悸が収まらず、准一は立ち上がって落ち着かなく周囲を見回している。

 幕が閉まる。

(つづく)


 1回目を載せるときってすごくドキドキします〜。
 あああー、わたしはこれをちゃんと最後まで書けるのだろうか……。むずかしい、ほんとにむずかしいよお……(^^;;
                                  (hirune 1999.5.23)


メインのぺージへ

第2回へ