夕方。
 昌行が店を閉めようとしているところに准が歩み寄る。
准「こちらのお店で貸本はいかがですか」
昌行「何かおもしろいのがあるかい」
准「とりあえず目録だけ置かしてもらいますわ」
と言いながら、紙を渡す。昌行、受け取ってちょっと開いて中を見ると、
「ま、考えとくよ」
と言って頷いてみせる。

 夜。
 食事を終えた昌行、お和歌に、
「ちょっと仕事のことで出かけてくる」
お和歌「これから?」
昌行「新しいお得意さんがみつかりそうなんだ」
お和歌「あんた、まさかあの手軽屋のところじゃないだろうね」
昌行「その話はもう勘弁してくれよ、関係ないって」

 博の長屋。昌行が博の部屋に入り、すぐに二人で出てきて歩き出す。
 近所のおかみさんたち、それを見て頷き合う。

 芝居小屋の楽屋。衣装やかつら、小道具などが転がっている中に六人で座っている。
健「実は、助け出して貰いたいのはここの座長なんだ」
昌行「座長? この程度の小屋の座長じゃ、大して大物じゃないじゃないか」
健「いや、大物なんだ。俺が今いるところを紹介してくれたのがここの座長で、いろいろ世話になっったんだ」
准「ここでは使ってもらえんかったんか」
健「ここはちょっと俺じゃ無理なんだ。それでその座長なんだが、あるところから帰ってこない。そこでおかみさんがいろいろ聞き回っているうちに俺のところにも来た、というわけなんだ」
快彦「こっちの素性はばらしちゃいねえだろうな」
健「それは大丈夫だ」
剛「段取りの話に入ろう」
健「そうしよう。場所は太田中藩の屋敷だ」
快彦「大名か」
健「そうだ。ここの座長がちょっと資金繰りに困ってたところに、十両の金になる話があると言われて訪ねていった」
博「十両……」
准「何の仕事や」
健「それはわからない。金は後から藩の人間が届けてきたそうだ」
昌行「金になるのは嘘じゃなかったわけだ」
健「ところが座長はそれきり帰ってこない」
剛「生きてることは確かなのか」
健「多分。ただ殺すなら十両の金を払うのは変だ」
昌行「何のために十両払ったんだろう」
健「それは全く分からない」
准「でも十両は貰えたんやろ」
健「それは貰えた」
准「十両やろ十両」
剛「そうだよ十両だよ!」
准「何で俺のとこにその話がこんかったんかなあ」
剛「金だって相手を選ぶのさ」
昌行「で、どうする」
健「まず、太田中藩の屋敷を探って無事かどうか確かめる。次に、無事だったら何とかして助け出す」
昌行「無事かどうか確かめるには忍び込まなくちゃならないよな」
健「それが難しいんだ。結構警備は厳重だ。外の様子は時々准が見てくれている」
准「何やら最近荷物を運び出すことが多いで」
快彦「どんな荷物だ」
准「ただの古道具や。毎日古道具屋が来とる」
博「古道具屋……」
昌行「何か心当たりがあるのか」
博「あるようなないような」
快彦「どっちなんだよ」

 古道具屋。
 裏口で話をしている博と主人。主人の隣に女房もいる。
博「例の大名屋敷からの古道具の件で、荷物を運ぶ仕事がないかと思いまして」
主人「そうだなあ。わし一人では毎日大変だし、頼んでみようか。でもあまり人に知られたくない。あんた一人で来てくれ」
 すると女房、横から、
「一人はだめだよ。あの女の子とおいで、ね、ね」
 主人、驚いて、
「何でだ」
女房「何でもいいから。あたしの言う通りにしたほうがいいよ」
主人「いや、人を増やすわけにはいかん。一人で来て貰う」
博「ありがとうございます。では明日から参ります」
主人「ああ、よろしく頼む」
 博が去ると、
女房「あんた、あの手軽屋と二人っきりになっちゃだめだよ。危ないよ」

 武威六流柔術道場。
 出口のところで、快彦が門弟を呼び止め、
「この間の、体のでかいのを探してるっている大名、なんて言うんだ」
門弟「確か、太田とか田中とかいったな」
快彦「太田中、じゃないか」
門弟「あ、そうそう、それだ。でもお前じゃ無理だろう」
快彦「分かってるさ。で、原はそこに行ったようなのかい」
門弟「そうなんだ。ところがな、金は送られてきたが、本人は行ったきり帰って来ないそうだ。親が訪ねていってもそんな者はおらんと言われるだけで、心配のあまり母親は寝込んでしまったそうだ」
快彦「そうなのか……」

 翌日。博が大八車を引いて太田中藩の屋敷の門をくぐる。古道具屋の主人も一緒。その門は茂が放り出されたところ。
 侍が古道具屋をわきに呼び寄せ。
「今日は二人で来たのか」
主人「はい。わたくし一人ではなかなか片がつきませんので」
侍「身元は確かなんだろうか」
主人「それはもう。昔からよく知っております。口の堅いので評判です」
侍「そうか、道具はいつものところだ」
主人「はい。(博に向かって)おい、裏に回ってくれ」

 大八車を引いて裏へ行くと、裏庭に面した座敷にさまざまな道具が山のように積まれている。
博「こんなにあるんですか」
主人「そうなんだ。これを一々値踏みして運ぶんだから、何日かかることか」
博「どれから運びましょうか」
主人「今日は人手があるから、そこの大きいのにしよう」
と機織りを指さす。
博「へい」
と答えて手をかけるがなかなか動かない。それを見ていた侍、わきの方を見て、
「おい、智也、手伝ってやれ」
 智也、おとなしく出てきて手を貸す。機織りは軽々と動く。
博「智也さんとおっしゃるんですか」
 智也が返事をしようとすると、侍が近づき、
「余計な口をきくな」
博「申し訳ございません」

 貸本を担いだ准が、きょろきょろしながら門の前を通る。

 夕方。
 太田中藩の屋敷の前。
 博が茂を連れてくる。
博「もしかしてここじゃありませんか」
茂「あ、ここ、ここです。この中に智也が」
 博、茂が今にも門の中に飛び込みそうになるのをおしとどめ、
「今は無理です。それに、智也さんは無事です。危険はないようです」
 その時、後ろから博の肩をぽんとたたく手。博が振り向く前に、相手は博の肩に手を回し、
「よう、どうしたんだ、こんな所で」
 ぎょっとした博がそちらへ顔を向けると、柄本が立っている。博、さりげなく体を離し、
「これは、親分さん。親分さんこそ、何かあったんですか」
柄本「いや、ちょっと、大きな山がありそうでな。様子を探っているところだ。お前はどうした、仕事か」
博「はい」
柄本「そうかい、しっかりやりな。お、ゴミがついてるぜ」
と言いながら、右手を伸ばし、髪を軽くなでるようにしてついでに博の耳に小指を入れる。
 すくみ上がる博。見ていた茂も驚く。
 離れたところからこちらを見ている豆腐屋の姿が見える。

 再び芝居小屋の楽屋。六人が話している。
昌行「時尾村の男に、道場の若いもんも一緒か」
博「共通点は」
快彦「六尺以上あるってことだろう」
昌行「ここの座長もでかいのかい」
健「うん、六尺以上ある」
准「俺も六尺あれば十両貰えたのに」
剛「お前な……」
昌行「段取りの方だが」
博「たぶん、みんな土蔵の中にいるんだろう。人を入れるために土蔵を空にしたんだ。土蔵なら簡単に破れないしな」
剛「だけど、智也っていうのは外にいたんだろ」
博「そうなんだ。そこはよく分からない」
快彦「おれは原に面が割れてる。中には入れねえ」
博「化け物みたいな用心棒がいるらしい。そいつをやってくれ」
快彦「化け物? ほう、楽しみだな」
博「俺も面が割れてる。陰からねらうだけにさせてくれ」
剛「健も座長に会うわけにはいかないよな」
健「うん」
昌行「となると、助け出すのは俺と」
剛「俺と准だ」
准「金はどっから出るんや」
健「座長のおかみさんが例の十両から出してくれる」
准「けど、六人おるから一人一両で六両になるで」
健「おれはただ働きでいい」
剛「それは駄目だ。仕事として受ける以上、必ず金は受け取れ」
博「そうだ、智也の兄貴に三両ださせよう。もともとなかったような金だ。七両残れば充分だろう」

 太田中藩の屋敷。
 裏の座敷で古道具を動かしている博。古道具屋は外で道具の種類を書き付けている。
 博は荷物を運びながら回りの様子を見ている。

 カミソリを研いでいる昌行。

 道場で稽古している快彦。

 楽屋でかんざしを選んでいる健。

 串を布で拭いている剛。

 懐から銭を出して数えている准。

 博、古道具を積んだ大八車を引いて出口へ向かっているが、きょろきょろ回りを見回していて、人にぶつかってしまう。
「申し訳ございません」
と頭を下げ、前を見るが、自分の顔の前には相手の胸がある。上を見ると、ムッとした表情で顔に傷のある侍(プロレスラー高山善廣。195cm)が見下ろしている。
 博、もう一度頭を下げ、
「申し訳ございませんでした。失礼いたします」
と言って相手を避けるようにして歩き出す。侍、憮然とした表情でそれを見送る。

 夜。博の長屋。出かける用意をしている博。茂に向かって。
「明日の朝一番に出発できるように用意していてください。もし、連れて帰ることができなかったら、お金は返すそうです」
茂「金はどうでも、いや、どうでもよくはないが、智也を、弟を連れ戻してください」
博「わたしが手を出すわけではありません。わたしはただの手軽屋ですから。ただ、裏の仕事をしている人を知っているだけです。では、ちょっと行ってきます」
 出ていく博。
 茂はしばらく荷物をまとめていたが、戸締まりをすると、自分も外に出る。

 太田中藩の屋敷。門のわきのくぐり戸の所で、娘の姿をした健が声をかける。
「もし、お願いでございます。お願いでございます」
 門番が一人顔を出すと、健は少し離れ、
「こちらへ」
と手招きをする。門番が出ると陰に隠れていた快彦がうしろから組み付き、絞め落とす。
 門番がもう一人、
「どうした」
と言って出てきて快彦に気づくが、その時フッと音がして後から来た門番は首の後ろをおさえ、後ろを振り向くと崩れ落ちる。そこへ博がゆっくり歩み寄る。
 昌行と剛、准が先にくぐり戸を通り抜け、気絶した二人の門番をかついだ博と快彦が続く。一番後から入った健は、娘の衣装を脱いで門の所に置く。

 身を低くして土蔵の方へ歩いていく昌行、剛、准。その後ろから博。
 土蔵の前には侍が二人立っていて、そばに提灯がかけてある。
 准が懐を探って銭を出し、振りかぶって投げる。ヒュッと音がして提灯の中のロウソクが倒れ、火が消える。続いて博が筒を口に当て、フッと吹く。火が消えたので提灯のところに歩み寄った侍がウッとうめいて崩れ落ちる。もう一人が駆け寄るとまたフッと音がする。もう一人の侍も崩れ落ちる。
 准がさっと駆け寄り、二人の懐を探って鍵を見つける。それを受け取った昌行が鍵をはずし、土蔵の扉を開けて中に入る。剛、准もそれに続く。

 少し離れた植え込みの陰から、三人が土蔵に入るのを見ている博。

 門をはさんで土蔵とは反対の方で屋敷の様子を見ている快彦と健の後ろ姿。
快彦「うまく行くといいな」
健「うん」
 健が答えた時、後ろから手が伸びて健の首を片手でつかみ、そのまま健の体を軽々と持ち上げる。苦痛に歪む健の顔。

(続く)


 へっへっへ。今回はスペシャルなんで三回なんですよ。
 次回、いよいよ「大物」が誰か明らかになります。

hongming(1998.9.12)