第6回
その日の午後。裏山に栗拾いに出かけているいつもの3クラス。子供たちと楽しそうに栗を拾っている剛。そんな剛を離れたところから見て、健はいじけたように准一につぶやく。
「ちぇ、剛のヤツ、もう元気になっちゃって。結婚のことなんてまるで気にしてないみてー」
健を呼ぶ子供の声がする。
「みやけせんせい、栗がみつからない。イガはどれもからっぽなの」
「せんせい、ぼくはこんなに拾ったよ!」
「へえ、すごいなー。見つからない子は、もっとあっち捜そうか」
子供たちの楽しそうな様子に、健も文句をやめて一緒に栗を探し出す。
子供たちはみんな楽しそうだが、ひとり離れたところでつまらなそうなマモル。
誰も自分を見ていないうちに、ひとりで林の中に入っていってしまう。
「見て見て、せんせいー」
「ぼく、こんだけー」
「あたしはこんなにー」
そろそろ秋の日が陰り始める。子供たちはもう拾うのをやめて、栗を見せあって騒いでいる。
「みんな集まれー!」
准一が叫ぶ。
「さあ、園に帰るよー。組ごとに並んで並んで」
子供たちはざわざわと集まる。
「みんな、来たときと同じに並んで。お隣さんはいるかな?」
はーい、いるよー、と子供たちが叫ぶ。だが、なかに、
「いないー」と言う声が。
剛、健、准一は、一斉にその声の方を振り向く。
「いない!?」
「うん。マモルくんがいないー」
「マモルが……」
青ざめる剛。
「マモルいないって、どうしたんだろ」
「剛くん、知ってる?」
健と准一に尋ねられ、剛は首を横に振る。
「いや、わかんない」
「ちょっと待ってみようか。少し遠くに行ったのかも」
子供たちを健とそこに待たせ、剛と准一はマモルを探しに行くが、マモルの姿は見つからない。二人はとりあえず、健たちが待っている場所に戻る。
「そろそろ帰らないと、早い子は迎えの時間になっちゃうよ」
心配そうな健。
「そやな……」
准一もうなずく。
「ごめん……」
剛はうつむいてつぶやく。
「ごめんて。剛くんがあやまることないで」
「そうだよ」
「違う。俺、マモルのことは特に気をつけなきゃいけなかったのに、今、それ、忘れてた」
「……」
「俺、だめだ。こんなときに子供のこと考えてないなんて、保父の資格ないよ」
「そんな……」
「とりあえず、健と岡田で子供たちつれて保育園帰ってて。俺、マモル捜すよ」
「剛!」
健の呼び声を後にして、剛は駆け出す。だがすぐ振り返って、
「一度帰ってから、どっちかここに戻ってきて。ここで落ち合おう!」
そう言うと、剛は、木立の向こうに駆けていく。
「剛……」
心配そうに、見送る健。
「やっぱり剛くん、悩んでんのやな……」
つぶやく准一。
「マモル! マモル!」
剛は走りながらマモルの名を呼ぶ。
「……どこ行ったんだろう、あいつ……」
秋の山が茶色に翳っていく。気持ちがあせる。
「マモル!」
自分の声だけが誰もいない山にむなしく響く。
30分ほどして待ち合わせの場所に戻ると、そこには、健と准一と、ふたりとも来ていた。ちょうど今来たらしい。
「……見つかったか……?」
二人に聞かれ、首を横に振る剛。
「いねえよ。どうしよう、俺……。マモルになんかあったら……」
めずらしく剛が弱音を吐く。准一が言う。
「とりあえず、3人で探せるだけ捜すって、園長に言ってきたから。それでみつからなかったら、早めにまた園に連絡せなあかんし。俺、携帯持ってきた」
「みつからなかったら……」
いつになく、剛が気弱な言葉を吐く。そんな剛を横目で見て、健が怒ったように言う。
「みつかるって!!」
健の言葉に、剛が顔をあげる。
「みつかるよ! 3人で手分けしよう。……俺、こっち行くから!」
健が駆け出す。准一と剛も別々の方角に駆け出す。
「マモル!」
健の声が後ろから聞こえてくる。
それでなくても傾斜があるのに、山は落ち葉がふかふかして走りにくい。
「わっ」
窪みに足を取られ、剛は前のめりに転ぶ。
栗のいががたくさん転がっているうえにもろに転んだ剛は、顔をしかめて起きあがる。
木立の上に日が落ちていく。これ以上3人だけで捜すわけにはいかない。しかたなく、剛はまた山の中を引き返す。
木々の間から、3人で集まると決めた場所が見えてくると、そこで准一と健が、座り込んで頭を寄せ合っているのがわかった。
「?」
剛が立ち止まると、振り向いた健が剛の姿に気がついて、手を振る。笑顔だ。その笑顔を見ると、剛も、顔いっぱいの笑顔になる。
「マモル、いたのか!」
剛が駆け寄ると、健と准一はその場に座り込んだまま、もう一度振り返って笑った。
「こいつ、寝てたんだ」
マモルは健の腕に抱かれていた。准一はそれを見守るように座り込んでいる。
「木立の中のちょっと窪みになったとこで。そこ、落ち葉が布団みたいに暖まってたんだ。……よっぽど眠かったんだろうね。俺が抱き上げてもまだ寝てんの」
健が小さな声で言う。
「こいつ、いつも憎まれ口きいたり黙りこくってたりするくせに、やっぱまだ四つの子供だよな」
「えらいかわいい顔して寝てるわ」
マモルは、口を半開きにして、赤ちゃんみたいな顔をしている。
剛は泣きそうに安堵して、マモルの寝顔をみつめる。そんな剛の様子に、健と准一もほっとして、穏やかな笑顔になる。
「帰ろうか」
准一が言う。
「俺が抱いてくよ」
剛が健からマモルを抱き取ろうとすると、不意にマモルは目を開いた。
取り囲んだ3人の保父が、あまりに真剣に自分を見ていたせいか、マモルははじめびっくりしていた表情を、すぐにゆがませた。
「うわあん」
マモルが泣き出した。3人は、顔を見合わせて笑った。
代わる代わるマモルをおんぶしながら保育園への帰路に就く3人。マモルは泣きやんで赤い目をしている。3人は楽しそうに童謡を歌っている。
保育園。そろそろみんな迎えの時間なので、母親たちが各クラスの前で子供を引き取っている。
そんななか、門の前で心配そうに3人を待っている園長(赤木春恵)。その後ろにマモルの母。そこにマモルをおぶった3人が見えてくる。マモルはみつかったと連絡は受けていても、まだ心配は抜けなかったらしい。園長も母親も安堵した表情。
門につくと、マモルは背中からおろされる。
「園長、ご心配かけて申し訳ありませんでした」
頭を下げる剛。
「まあまあ。無事ならよかった。マモルくんのお母さんもさっきから心配して待ってたのよ」
言われて剛は、園長の後ろの母親に気がつく。
「マモル!」
母親は気持ちがゆるんだ表情でマモルに呼びかける。しかし、マモルは素直に母親にとびついて行かない。不審げにそんなマモルを見る剛。後ろで顔を見合わせる健と准一。
「ほら、どうしたの、マモルくん。もうお母さんに甘えていいのよ」
園長に言われて、マモルはおずおずと母親に抱きつく。抱きついてしまえば、しっかりとしがみついている。「マモルは照れてたのかな」。3人はそんなふうに思う。
「ありがとうございました」
マモルと手をつないだ母親が頭を下げる。
「いえいえ。今日はご心配をおかけしました」
園長が頭を下げ、剛たちも頭を下げる。
母親は、なにも答えずにマモルを見下ろす。なんとなく迷っているような表情。健がマモルの隣にしゃがんでマモルの頭をなでて言う。
「これ以上、先生やお母さんを驚かせんなよ」
母親の手をしっかり握ったマモルが、ちょっとつまりながらうなずく。
「……うん」
「よーーし、じゃあまたな」
手を振って帰っていくマモルと母親。
マモルと母親が見えなくなると、園長が剛の方を振り向く。
「ごくろうさま、と言いたいけど、森田先生、今日はひとつ間違えばたいへんなことになってましたよ」
マモルの前での笑顔が消えて、剛は下を向いて返事をする。
「……はい」
「保育者の基本は、子供の安全をまもること。そのためには、自分の精神を安定させて、絶えず子供たちに気を配っていなければなりません」
「……はい」
「森田先生がそうでなかったとは言わないけど、こんなことになる前に気をつけていなけれならなかったわね」
「……はい」
剛の顔を見て、厳しかった表情をゆるめる園長。
「わかってくれればいいのよ。これから気をつけてちょうだいね」
ちょうど向こうから「園長先生」と呼ぶ声がして、園長はそのまま建物に入っていく。
「剛」
やっと健が剛に声をかける。
「気にすんなよ。別になにごともなかったんだから、いいじゃん」
准一も口を添える。
「健くんの言う通りや。あしたから気をつければいいこと」
「……うん」
剛は二人の方を振り向く。
「……そうだな」
そういう剛の表情は、自分なりになにかをふっきろうとしているようである。すぐに剛は健に言う。
「健がマモルを見つけてくれてほんとうに助かったよ。暗くなってたらたいへんだった」 「別に俺……」
あらためて剛にそう言われ、ちょっと照れる健。
「ありがとうな」
そう言って、自分も建物のなかに入っていく剛。うしろで健は准一に、小さくガッツポーズをして見せる。
長野の家の前。
長野がいつものように自転車で帰ってくる。長野は、暗がりの中に誰かいるのに気がつく。
「剛?」
スクーターを止めた塀の脇に立っていたのは剛だった。驚いた長野は急いで自転車を立てかける。
「……どうしたの? もしかして待ってた?」
「ちょっとね」
剛は全くいつもと同じようにくしゃっと笑った。
「もしかして、長野くんそろそろ帰るかと思って」
「うん? 電話してくれればよかったのに。……まあいいや、あがって」
「いいんだ、そうもしてられねえから」
「?」
「これから当分会えそうにないから、ちょっと顔見とくか、と思っただけ」
剛はそう言うと、もうヘルメットをかぶった。
長野には、わけがわからない。
「なに? 仕事忙しいの?」
「まあ、そんな感じ。おじいちゃんによろしく言っといて」
剛はスクーターのエンジンをかけ、振り向きもしないですぐに走り出した。長野はそんな剛がなんだか不思議である。剛の去った方をいつまでも見送っている。
「ただいま帰りましたあ」
剛が玄関を入ると、いつものように良枝がいそいそと迎えに出る。
「お帰りなさい」
「わあ、うまそうな匂いがする」
「そうなの、今日はお母さん特製のビーフシチューよ」
良枝は笑顔。昨日剛が、迷いながらも、良枝と加藤夫人の前で、とりあえず井ノ原とつきあうことを承諾してくれてから、良枝はそれまでの不安も消えて、なんだかうきうきしている。剛も、あの場ではまだ煮え切らない様子があったものの、こうして帰ってきた顔を見れば、いつもより元気なくらいである。良枝はほっと胸をなでおろす。
二人が食堂に入ろうとすると、電話のベルが鳴る。電話に近かった剛が受話器を取る。
「はい、森田です。……あ」
シチューを温めるためにコンロに火をつけながらも、良枝は電話の方が気になる。
「……はい、……はい。いえ……」
剛は言葉少なに返事をする。
「わかりました。はい、はい」
しばらくうなずいていた剛は、最後に、はい、伝えます、と言って電話を切った。
そのまま食事が用意された食卓につきながら、剛はさりげなく良枝に言う。
「今、井ノ原さんから電話だったんですけど」
「あら」
「井ノ原さんが、ご両親によろしくって言ってました」
「そうなの……」
良枝はあれこれ聞きたくてたまらないが、でしゃばるのもいやで我慢する。だが、剛の方から、
「それから、今度の土曜、いっしょに出かけることになりました」
「まあ。……どこへ?」
「……さあ?」
言われなかったのか、聞いていなかったのか、剛はほんとうにわからない様子。
「別にいいのよ、どこでも。……お天気いいといいわね」
「……はい」
夜。自分の部屋で、ベットに仰向けにねっころがって、天井を見つめている剛。本棚には、マンガや、「幼児の心理」など。本の隣に、古ぼけたクマのぬいぐるみが忘れられたように置いてある。そのぬいぐるみには、一度破れたものが、あまり上手でなくつくろったあとがある。剛は立ち上がり、そのクマを手に取る。良枝の前では元気を装っていたものの、ひとりきりになると、悩んでいるのが表情にそのまま出ている。
しばらくクマの顔をみつめると、ため息をつく剛。
保育園。マモルはやはりちょっと元気がないようだが、他はおおかたいつも通りの楽しい日常。子供たちと遊んだり、世話を焼いたりしている剛、健、准一。
剛と井ノ原とのデート。
水族館。大きな円筒形の水槽の中を、幻想的に泳ぐ回遊魚の群。それをじっと見ている剛。そこに、小さな子供がやってくる。子供は大きな水槽に驚いて、口をぽかんと開けて水槽を見る。剛は、それを見て微笑む。そして、そんな剛を見る井ノ原も、やさしい顔。
剛の家庭でのようす。敬三とテレビを見ている剛。なにがおかしいのか二人が大笑いしている。あんまり楽しそうなので、食器を拭いていた良枝も食器を手にしたままテレビをのぞきに来る。
秋がどんどん深まっている。この間まで色づいた葉をつけていた木々も、半ば以上葉を落としてしまった。
朝、落ち葉を集めてたき火している保父3人。子供たちが歓声を上げて寄ってくる。
長野の家。
布団に入った老人が咳き込んでいる。枕元で心配そうな長野。長野がふと窓の方を見ると、窓の外はどんより曇った冷たそうな空。長野がつぶやく。
「もう、冬か……」
(続く)
1周年記念特別企画、hiruneのプロフィール!(笑)
職業 ;ただの奥さん
好きなもの;V6、HPに遊びに来て下さった方の応援メール(ありがとうございます)
近況 ;3歳になったおばかな息子が来年の春から幼稚園に行くのをすごく楽しみにしています。
(1998.12.12)
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