第16回
「……見つかりました?」
ドアの外に立っていた良枝が、門を入ってきた敬三に尋ねる。見ればすぐわかるが、尋ねずにはいられない。
「いや……」
敬三が答える。
「あなた」
良枝が涙ぐむ。
「どうしましょう、あの子、上着も着てないのに」
「子供じゃないんだ。まさかずっと外にいるわけでもないだろう。……どこからか電話でもなかったのか」
「……ありません」
答えて、良枝はたまらなくなって、すがるように敬三を見た。
「電話してみましょうか」
「どこに」
「井ノ原さんとか、今日来てくれたお友達とか」
「……そうだな」
敬三は、腕時計を見る。もう、時刻は深夜の1時を過ぎている。
「……快彦くんのところに行ったのなら、こちらにすぐ連絡してくれると思うが。もし違ったら、こんな時刻に騒ぎ立てるのもあとで気まずいかもしれん……」
「でも」
「もう少し待ってみよう……」
敬三の言葉に、良枝はがっかりしたようにうなだれたが、すぐにはっとして顔をあげる。
「……あの人!」
小さく叫んだ良枝は、敬三を残して家の中に駆け込むと、電話の受話器を取り上げる。驚いた敬三もそのあとを追う。
良枝は、すでに夢中で電話のダイヤルボタンを押している。
「おい、どこにかけてるんだ」
敬三の言葉にも良枝は答えない。電話がつながったらしい。
「もしもし、夜分遅くすみません。あの……、森田ともうします。剛の母親ですけれども」
良枝が気ぜわしくしゃべる。
「他でもないことなんです。……剛くん……、息子が、そちらに伺ってないでしょうか」
寝入ったばかりで、はじめまだ眠そうだった長野は、その言葉に時計を見上げる。時刻を見て、こんな時間にこんなことを尋ねられる重要さが、長野にはすぐにわかった。
「……なにかあったんですか?」
「……あの」
長野の驚いた様子で、良枝にも、長野がなにも知らないことが分かる。良枝は泣きそうになった。
「いろいろ。あの子にはつらいことを……、知らせてしまって……。……では、そちらにはいないんですね……?」
ちょっとの間があった。泣き出しそうな良枝の耳に、長野の声が聞こえた。
「僕がすぐ捜しますから」
それから、良枝がなにか言う前に、電話が切れた。
「……良枝。どこにかけたんだ」
敬三が再び尋ねる。良枝が、うるんだ瞳をあげた。
「……剛くんの、幼なじみの方」
「……」
「あたし、今まで失礼なことばかり言ったのに……。捜して下さるって、そう言って……」
長野は自転車を道路に引き出すと、すぐにそれをぐんぐんとこぎ出した。
スピードを出すと、黒い冬の夜はキンと音がするような冷気だった。しかし気持ちが焦っているので、特に寒いとも思わない。
長野はまず、いつもの公園に自転車を止めた。
「剛?」
外灯の光だけが寒々と闇に浮かんでいる。長野は辺りを見回しながら、公園の中に入る。だが、一通り捜しても、人の姿はない。小さく落胆のため息をつくと、長野はまた自転車に飛び乗った。
子供の頃はよくあちこちで一緒に遊んでやったので、この近くなら剛の行きそうな所は分かるつもりだった。
小学校の校庭、裏の林、建築の材料置き場、釣りをした土手まで行くと、今でもかなり遠かった。
誰もいない暗い川岸で、やっと長野は、剛がもう、子供ではないことを思い出す。こんなところ以外にも、きっと行く場所はたくさんあるのだろう。すぐに見つけられると思ったのが、自分の勝手な思いこみだったのだ。
多少行きより自転車のスピードが落ちた。最後に再び、長野は公園で止まった。剛のスクーターは、やはりどこにも置いてないようだ。しかし、まだ帰る気にはなれない。長野は自転車を置いて再び公園の中に入った。L字形の公園の外の角は小さくこんもり盛ってあって、ちょっとした山のように木で覆われている。そんな山が子供の頃は結構大きく感じられたものなのだ。
長野はその小山についたおもちゃみたいな小さな道を登った。今は何歩も歩かないうちにてっぺんが見えて、そして、木の根方で膝を抱えた小さな影も見えた。
長野の来た気配はわかっているはずなのに、剛は振り向かなかった。
「ずっとここにいたの?」
長野は尋ねた。一番はじめに捜したはずだったからだ。
「……さっきだよ」
剛が乱暴に言った。でも、その声がいつもと違う。
「お母さんが心配してるぞ」
「……」
「凍えるぞ。帰らないと」
「……」
剛が強情を張り出したら、どうしようもない。長野は言った。
「剛が帰らないのは剛の勝手だけど、僕がご両親に電話するのも僕の勝手だよ」
剛がやっと振り向いた。暗い中にも、それがふくれっ面なのがわかった。長野は急に安堵する。
公園の入り口脇の電話ボックスから森田家に電話したあと、長野は自販機で缶コーヒーを買った。
急に暖かいものを持ったので、手が痛かった。長野はポケットに入れた缶コーヒーで手を暖めながら公園を突っ切り、小さな山のてっぺんに再び登った。
「ほら」
缶コーヒーを手渡そうとすると、剛は、
「いらねえ」
と言う。
「ふうん」
長野は強いて勧めようともせず、剛の隣に座ると、自分だけコーヒーを飲む。
「うは、うまい」
「……」
「キャンプしてるみたいだね」
すっかり楽しそうな長野に、しばらくして剛が言った。
「長野くん、帰れよ」
「なんでー」
「……」
「楽しいじゃない、こんな夜中に外でコーヒー飲むなんて」
長野はそう言って、もう一度コーヒーを剛に差し出した。剛は、今度は仕方なさそうにそれを受け取って、すぐに缶を開け、一口飲むと、言った。
「……なんで来たんだよ」
「さあねえ」
「寒いだろ。帰れよ」
「剛だって、寒いだろ」
「……」
剛は、また黙る。そんな剛を長野は見て、自分も黙ってコーヒーを飲んだ。
しばらくして、剛は缶コーヒーをそっと傍らに置くと、黙ったまま膝を抱えた。そのまま膝小僧に額をつけるように顔を伏せ、静かに、剛の肩がふるえ始める。
長野は、まだ幼かった剛にはじめて会ったときのことを思い出していた。
全く同じこの場所で、小さな剛は、母を呼ぶ声をかみ殺しながら泣いていたのだった。
夜が深まりきったあとは、まだ真っ暗な中にも、朝が近づく気配がどこかにある。
剛がのろのろと立ち上がったので、長野も立ち上がる。
「スクーターは?」
と聞くと、剛は、なんだか寝起きみたいな不機嫌さで、
「あっち」
とだけ言う。よそにおいてきたらしい。
剛がスクーターを取りに行かないので、長野も自転車を置いたまま、剛のあとをついて歩き出す。
ふたりは黙ったまま並んで歩き、長野の家へ向かう道の前でも、長野は剛と別れなかった。剛は、不機嫌そうな顔のまま長野を見たが、そのまま自分の家へ歩き続けた。
自分の家の前で、剛は立ち止まった。玄関からは灯りが漏れている。
剛は急にためらうように長野を見た。さっきまでの不機嫌とは違う、子供の表情だ。長野は、うなずいた。剛は、まだ、立ち止まったまま玄関の灯りを見ている。
ドアが少し開いて、隙間から、外をのぞく良枝らしい姿が見えた。
人影が見えたのだろうか、急に大きくドアが開いて、良枝が飛び出してくるのが見えた。剛は立ちすくんだままだ。長野は、静かに道を引き返した。
「じゃあ、行って来るよ」
敬三の声が玄関から聞こえる。
「行ってらっしゃい、気をつけて」
良枝の声が聞こえて、敬三が出かけていく気配がわかった。
いつもなら、そんな気配がわかれば自分も良枝と一緒に敬三を送るのに、剛は、玄関が閉まる音が聞こえてから、階段を降りだした。
玄関に立ったままだった良枝が、無言で剛を見上げた。
剛は、なにも言わずに良枝の隣を通り抜けると靴を取りだした。
「剛くん」
うしろから、良枝が声をかけた。剛は靴を履きだした。
「お父さんと話したの。明日はお休みでしょ。剛くんは……、お墓参りに行くといいわ」
怪訝な顔で剛が振り向く。
「あなたを生んだお母様のお墓。……ね」
剛はまた、靴の方に視線を戻す。
「お父さんは、毎年、必ずご命日には会社を休んでお参りに行ってたのよ。誰よりも剛くんを生んで下さったお母様を悼んできたのは、お父さんなの。……ごめんなさい、剛くん。……わたしはともかく……お父さんを嫌いになってしまわないで」
剛は、かぶっていたニットキャップの端をつかんで、目だけがやっと出るくらいにひっぱった。
頷いたかどうかわからないくらい軽く頷いて、剛はそのまま玄関を出ようとした。
そのとき、良枝がふと、言う。
「あとね。ひとつだけ不思議なことがあるの」
真実、不思議そうな声である。
「剛くんは自分にお兄さんがいたって思ってるみたいだけど、剛くんに兄弟はいなかったはずよ……?」
剛は驚いて振り返り、良枝の顔を見る。
翌日。
黒いネクタイの剛は、列車の座席に座って、ぼんやりと窓の外を眺めている。膝の上には、大きな白い百合の花束が置かれている。
列車は、小さな明るい駅に到着する。列車を降りると、空気で、そこが海に近いのがわかる。列車を降り、辺りを見回しながら、駅の改札を出る剛。
駅前を抜け、人家の合間の坂道をしばらく上ると、青い空の下に、フェンスに囲まれた松林が見えてきた。松林の向こうは広々とした芝地らしい。松林の手前の駐車場にはまばらに車が止まって、家族連れらしい姿がちらほら見うけられた。剛は、立ち止まった。すぐに、松林の一角に、門があるのが目に入る。そこには、「潮風の丘墓地公園」と彫ってある。剛は、考えるようにその名前を見て、そちらに歩いていく。
片手に花束を抱え、片手に水桶を持って、剛が、丘陵になっている芝の上を歩いていく。
ここは、ゆったりとした敷地に、洋風の四角い墓碑やベンチが点在する、名前の通り、公園を兼ねた墓地である。休日なので、親子連れも何組かいて、広い芝の上では、笑いながら遊んでいる子供の姿もある。
丘を登りきると、急に目の前には海が広がる。風が髪を揺する。海の上に広がる空には、冬らしくない、ぽっかりとした雲がかかっている。
その、海が見渡せる崖に近く、常緑樹に囲まれて、ひっそりと白い墓碑がある。剛はその墓標に近づく。その墓碑の前に立つと、ゆっくりと水桶を置き、あとは墓碑銘を見たまま、じっと動かなくなる剛。
しばらくして、墓前に白百合を捧げた剛が立ち上がる姿が見える。立ち上がった剛は、ふと、振り返る。人の気配がしたのだ。
振り向いて、剛の視線は、すぐに険しくなる。
片手に花束を抱え、片手をトレンチコートのポケットに突っ込んだまま、そこで無表情に自分を見つめていたのは、あの写真の男だったからだ。
剛が自分を見ても、男の表情は変わらなかった。だが、剛が自分を見たのをきっかけのように男は歩き出した。
剛の視線などまるでそこにないかのように、男は無表情なまま歩いてきた。白い墓標の前で立ち止まると、片腕を伸ばして花束を墓前に置く。男が持ってきたのは、3ダースはありそうな、淡いピンクの、華やかなバラの花束だった。
花を置くと、男はそのまま動かない。剛は、その男から視線をはずせなかった。空の雲だけが風に乗って少しずつ動く。剛が、ついに声をかけた。
「……兄ちゃん……?」
男がやっと振り向いた。だが、男はすぐに再び剛に背を向け、歩き出す。
剛は、しばらく黙ってそれを見送ってから、怒鳴った。
「待てよ! ……兄ちゃんなんだろ!?」
男が足を止める。
「答えろよ。俺の兄ちゃんだろ? 俺、あの夜あんたを見たとき、不意ですごく驚いてたのに、すごく懐かしい気がしたんだ。あんただって、俺を見たとき、名前を聞いただろ。俺のことがわかったんじゃない?
「……」
「……だいたい、兄ちゃんじゃないならこんなところに来るわけない!」
最後に強く剛が怒鳴ると、男は振り向いて剛を見たが、すぐに下を向いた。
「……俺には弟なんていねえよ」
「……でも……」
剛はちょっとあやふやになる。「あなたに兄弟はいないはずよ」と言った良枝の言葉が頭に浮かぶ。男が続ける。
「おまえにも俺にも、兄弟なんていねえ」
剛は一度黙り、そして言った。
「……なんで知ってるんだよ。俺に兄弟がいないなんてこと。じゃあ、あんた、誰なんだよ……」
「ふん」
男が鼻で笑った。
「まあな、確かに」
そう言うと男の声が急にくぐもった。
「……俺は、おまえと……、おまえの母親と一緒に暮らしてたことがあった」
「……」
「おまえは小さかったしな。なにもわかってるはずなんか、ねえよな……」
芝生で遊んでいた子供たちのボールが転がってきて、男がそれを拾った。男が軽く投げ返すと、それを受け止め損ねた子供たちは、礼を言うでもなくはしゃぎながらまたボールを追っていった。言葉もなく立ちつくす剛の前で、男は二種類の花を捧げられた墓標に向き直った。そして、少しやさしい声で言う。
「あのなあ。葬式みたいな花を買ってくるなよ」
「……」
「女にはバラさ、若けりゃピンクだ……」
「オヤジとお袋が別れたあと」
男はそう言うと、立ったままタバコに火をつけた。
「俺はずっと酒飲みのオヤジと暮らしてたんだけどな」
男が煙を吐く。剛は、それを見ている。
「オヤジに女が出来て、俺はお袋に預けられた。小学校の5年だか6年だかのころだ」
「……」
「オヤジもしょうのない酒飲みだが、お袋も同様さ。どっちにしろ、俺は厄介者だった。オヤジは酔うと俺を殴ったが、お袋の方は、俺をほっぽって何日も家を空けた。どっちがよかったかなあ」
「……」
「そんなとき、部屋にひとりっきり残されて、食いもんもない俺をかわいそうがってくれたのが、おまえの母親だよ」
「……」
「お袋と同じ安キャバレーに勤めていて、店の寮になっていたアパートの、隣の部屋に住んでいた。はじめは食べ物を持ってきてくれたりしてたが、そのうちには俺も、夕方には、託児所にチビを送りに行く手伝いをしたりした」
男がちらりと剛を見る。
「狭い部屋で24時間やってる託児所で、ホステスの中には一晩中とか何日も預けてる女もいたけど、深夜になっても、やっぱりうちがいいと泣くというので、おまえは寝ぼけまなこで母親に連れられて帰ってきてた。小さくても手は掛からなかったから、ときどき託児所に行きたくないとごねたときは、俺とアパートで留守番してるときもあった。テレビ見たり、本を見たり、ひとりで人形と遊んだり。……今考えると、よく俺も面倒見てたよな。一度、気に入った人形が破れたって大泣きしたことがあって、しょうがないから俺が繕ったんだぜ」
男が自分でもあきれたように言う。剛は、黙ったままでいた。
「まあ、そんなんで暮らして1年くらいした頃かな。俺のお袋が、俺を残したまま突然消えちまった。店とかサラ金とかから金を借りたままだったってことだった。男とどこかに逃げちまったんだ。……そのとき、住むところもなくなって呆然としていた俺に、うちにおいでと言ってくれたのは、おまえの母親だけだった」
そこまで話して、男はしゃべるのをやめた。男はベンチを見つけて、そちらに歩き出した。ベンチの脇の吸い殻入れにタバコを投げ入れて、男はベンチに座った。
「……寒いな、おい」
そう言って、寒そうに身震いしたあと、男が言った。
「座ったらどうだ」
剛は、男の隣に座った。
「まあそうやってそれからはいつも一緒に暮らしていたから、おまえは俺を兄ちゃんだと思ってたかもしれねえよな。実際そう呼んでたし」
「……」
「お人好しの女とチビと3人で、それまでよりたぶん、俺にはよかったかもしれねえ。けどな、不思議なもんで、一緒に住むようになってからは、おまえが母親にやさしくされてたりするのを見ると、自分がすごくさびしい気がするようになってな。おまえの母親は俺にだってやさしかったのに、俺はどうしてもひねくれちまって、歳も悪かったんだろう、中学に入って悪い仲間も出来て、急にぐれた」
男が自嘲するように言った。
「親には捨てられたも同然だったし、まだ若い、水商売の女の世話になってるのも恥ずかしかった。その頃には、俺の方がおまえの母親より背も高くなってたしな。ガキのお守りなんて頼まれるのもしゃくにさわるようになった。夜中そこらをふらついたあと、朝帰るといつも叱られるのもおもしろくなかった。とにかくむしゃくしゃして、叱られると言い返した。……一度、自分だって父親のない子供を生んだくせに説教するなって言い返したことがある。すぐに言い過ぎだと自分でも思った。でももう遅かった。はっとして俺を見て、さびしい顔をした。……今でもあれは、ひどいことを言ったと思うぜ。……世の中にたったひとり、俺にやさしくしてくれた女だったのに」
「……」
「仲間といるのが楽しかったわけじゃない。それより、ほんとうは真面目にバイトでもして、少しでも楽にしてやりたい気がしてたんだ。もともと体が弱い女だったし、夏前あたりは、気分が悪そうにしていることが多かったからな。だけど、俺もガキで、そんなことを言い出すのは気まずくて、一日延ばしにしていた。まだ時間はいくらでもあるような気がしてたんだ。……まさか、死ぬような病気だとは全然知らなかった……」
話がとぎれた。ベンチからは、海がよく見えた。陽を隠した雲が光り、海は静かだった。 「こんなこと話したのは、おまえが初めてだぜ」
そう言って、男が剛を見る。
「……俺にとっては大事な話でした」
剛が答えると、男は、ケッと言いたそうな顔をする。
「お坊ちゃまに育ったんだなあ」
「……」
「東光興産の専務の家に引き取られたんだって? 俺なんかとは育ちが違うよなあ」
剛がにらんだので、男は、不機嫌に目をそらせた。
「で、次は井ノ原家の一人息子とご結婚か。……うまくやったじゃねえか」
剛が、厳しい視線のまま男を見つめる。だが、男はうそぶいた。
「お袋さんもきっと喜んでるぜ」
「……」
「そんな顔するなよ。喜んでやってるんじゃねえか。おまえがめでたく結婚したら、こっちにもおいしいところを分けてもらうとするよ。……するんだろ、結婚」
確かめるように男が訊く。剛は、ほんの少し、頷いて見せた。
「ふうん。じゃあ、よかった」
「……よかったって」
剛は、やはり男をにらみながら言った。
「あんな……、俺をだまして妙な写真を撮る片棒担いだの、自分だろう。俺の結婚を破談にさせるためにやったくせに」
「へん」
男が鼻で笑う。
「仕事だよ。もちろん、あの場になるまで、相手がおまえだなんて気がつかなかった。ぼけた写真一枚見せられただけじゃ、わからなかったぜ」
「……」
「だが、あれで話が壊れなかったんなら、まあ、大金持ちのドラ息子ってバカにしたもんでもないな。相手の気持ちが試せてかえってよかっただろう」
「……」
剛は、まだ男をにらみつけている。
「……。誰なんだよ」
「……ん?」
「あんな写真撮らせたのは。仕事って、あんた、誰かに頼まれたんだろ」
「さあな。俺が直接頼まれたんじゃねえしな」
どうでもいいように、男が答える。だが、それ以上のことを男が言うわけはないのが、剛にもよくわかっていた。
「ああー、寒い」
わざとらしく、男は身をすくめて見せた。
「こんなところにいつまでもいられねえよ」
そう言って男は立ち上がり、もう一度墓前に立った。剛も、ゆっくりそのあとについていく。
墓碑を見ている男の後ろに立って、剛がつぶやいた。
「俺の母親って、かわいそうな人だったんだね……」
(続く)
やっとヒロシが出てきた〜。まーくんもようやくいっぱい出た〜。なかなかバランスがむずかしい……。
(1999.3.120)
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