第12回

 「もりた先生、さようならー」
 「バイバイ!」
 冬の夜空の下、剛は、子供達が母親や父親に手を引かれて帰って行くのを見送る。
 しばらくすると、黒塗りのハイヤーが保育園の前に止まった。
 通りかかった園児の親が、不思議そうにハイヤーを見て、それから門の前に立っている剛に会釈して、保育園の中に入っていった。そのあとしばらく人通りが途絶えたのを見て、あわてて剛はハイヤーに近寄って運転手に声をかける。
 「あの……」
 運転手は、すぐに窓を開け、笑顔で剛を見た。
 「森田様ですか」
 「……はい」
 「今お開けします」
 ハイヤーのドアが、ゆったりと開いた。

 車の窓をよぎる夜景を、はじめ剛は、なんとも思わずに見ていた。だがそれが、どこに向かうのか全く見当がつかなかったので、疑うというほどのことでもなく、ふと、どこに行くのかが気になった。
 「あの」
 「……はい」
 「どこに行くんですか」
 「はい。そう遠くありません。山王の、蓮華院さんを越したところだそうです」
 言いながら、車は、混雑した道路を曲がった。大通りをはずれると、いきなり人の通りが少なくなる。車は器用に右へ曲がり左へ曲がり、しまいに長い塀の続く蓮華院の脇を通り、それからしばらく商店街の通りをまっすぐ行くと、いつか店の灯りもほとんどなくなっていた。その突き当たりを曲がったところで車を止めると、運転手が不思議そうな声を出した。
 「あれ」
 車を止めて、運転手は運転席の横から、使い込まれた地図帳を取り出した。
 「おかしいな」
 「? どうしたんですか」
 「いえ」
 運転手は、困惑したように振り向いた。
 「蓮華院の脇を出て青葉通りをずっと行って突き当たったところって言うと、ここなんですがね……」
 剛はあたりをみまわした。目の前にあるのは、暗い駐車場である。わりに広い敷地で、最近できたものらしい。駐車場の脇には少しだが木々が並んで、ネオンのちかちかがその間から見えた。ひとけのない通りである。妙にけばけばしたネオンの他は、店がないように見える。
 「おかしいな」
 「はあ……」
 「でも、ここのはずだなあ。いえ、わたしもね、あんまりこっちにこないもんで。場所だけ言われて、そこにある店なんだと思ってたんですが」
 運転手はそう言って、頭を傾げて、かえって剛に尋ねる。
 「この近くになにかご存じないですか」
 「いえ。俺も……、はじめて来たんで」
 「ちょっと降りて見て下さいませんか。どなたかお迎えが出ていませんか。わたし、無線で聞いてみます」
 ドアが開く。半信半疑ながら、剛は車を降りる。民家に似せたレストランというのがよくある。そういうものがどこかにあるかと思ってあたりを見回す。
 ネオンに向かって歩き出したとき、突然、うしろから呼び止められた。振り返ると、うすぼんやりした光の外灯を背に、痩せた男が立っていた。
 「君、森田くん?」
 どこかなげやりな声だ。
 「……」
 「そうだよね?」
 相手が念を押す。剛がなにか言う前に、男は剛の腕をつかんだ。無理矢理ひっぱられ、目の前が明るくなった。
 「な……!」
 なにするんだよっと言う前に、唇が唇でふさがれた。それから剛がはっとするまでが一瞬だったのか、何秒かあったのか、やっと剛は必死で男の腕を振り払った。
 目を見開くと、明るいネオンが男の顔を照らしていた。男の瞳が剛の目の前にある。なにかが頭をよぎって、剛はその瞳を見返した。相手は、その暗く鋭い瞳で自分を見つめている。
 なにがあったのか、なんと言えばいいのか、言葉が出ない。男をにらんだまま、剛は唇をぬぐった。男が口を開いた。かすれた声が聞こえた。
 「森田……、なんて言うんだ……」
 なにを言っているのかわからない。その意味を考えようと剛が顔をしかめたとき、パアーンと大きなクラクションが鳴り響いた。剛の乗ってきたハイヤーである。クラクションを鳴り響かせたまま、ハイヤーはスピードを出して剛の横を走り去る。
 剛は呆然とそのハイヤーを見送った。ハイヤーがキキーッという音を立てて曲がり角を曲がるのが見えた。剛はやっと気がついた。振り返ると、反対方向に走り去るもう一台の車が見えた。もちろん、男の姿はもうない。全部で5分もたたない間の出来事だった。

 剛は、ただいまとも言わず玄関を入った。そのままリビングに入ると、キッチンから顔を出した良枝が驚きの声をあげた。
 「剛くん、どうしたの、その顔」
 顔でなにかわかるのかと、剛はぎょっとして口元を押さえた。だが、良枝は飛んでくると、剛の額に手を当てた。
 「青い顔してるわ。具合悪いんじゃない……?」
 「いえ。あの」
 テレビを見ていた敬三がふりむいてこちらを見る。
 「大丈夫ですから。……それよりお母さん」
 良枝は体温計を取ってきて、剛に差し出した。
 「ほら、お熱はかってみてちょうだい」
 「誰かから、電話ありました?」
 「? いいえ、ないけど」
 剛は、良枝に言われるとおりに体温計を脇に挟んだ。良枝は心配そうにそれを見つめながら尋ねる。
 「今日は早く帰れる日だったでしょう? こんな時間までなにしてたの?」
 「……。年末なんでいろいろ……、あって……」
 体温計を受け取って剛が平熱なのを知ると、良枝は安堵のため息をついた。
 「お熱はないみたい。よかったわ、こんな時に風邪をひいたりしたらたいへんですもの」
 「……」
 「気をつけてちょうだいね。手を洗って、うがいして」
 「はい……」
 ひとしきり風邪をひかない注意をしてから、良枝は剛に尋ねた。
 「ご飯、どうしたの?」
 「……食べてきました」
 なにも食べていなかったけれど、食欲は全くなかった。
 「じゃあ、お風呂?」
 「寝る前に入りますから。お母さん先に入って下さい」

 かたづけものを終えた良枝が風呂に入ると、リビングは急に静かになった。敬三は水割りをなめながらスポーツニュースを見ている。剛は、敬三の向かいに座って、しばらくテレビをながめていたが、不意に口を開いた。
 「お父さん」
 「ん?」
 敬三は画面から目を離さずに返事をする。
 「俺と井ノ原さんが結婚するとして」
 剛の言葉に、敬三は顔をこちらに向けた。
 「誰か、いやがらせする人間がいると思いますか」
 「んー?」
 敬三は、わからない返事をして、再びテレビを見る。
 「いますよね?」
 「そうさなあ」
 画面が若者向けのCMに替わった。それをじっとみつめながら、敬三が答える。
 「いるかもしれないな」
 「そうですよね」
 剛は、ひとりごとのようにつぶやく。
 それきり剛がなにも言わないと、敬三はなにか考えている剛の顔をじっとみつめて、聞いた。
 「なにか、あったのか」
 「いえ……」
 「なんだ」
 「俺が井ノ原さんと結婚するからなんだ、と……思います」
 「? どういうことだ?」
 剛は顔をあげた。敬三は、その剛の顔を見て尋ねた。
 「いやがらせの手紙とか電話でも来たのか」
 「だいたい、……そんなことです」
 敬三の表情がみるみる真剣になる。
 「どうしたんだ。快彦くんには言ったのか」
 「大丈夫です」
 「……」
 「これからは気をつけますから」
 剛は立ち上がって部屋を出ていこうとする。 
 「剛くん!」
 敬三が呼び止めた。剛が振り向く。
 「なんでも言って欲しい。どんな小さな事でもわたしたちに相談して欲しいんだ」
 「……」
 「わたしも良枝も、君のためにできることはなんでもしようと思ってるんだ。君もわかってるだろう?」
 「……はい」
 「危険なことになるまえに、なにがあったのか話してくれないか」
 剛は困ったように下を向く。でも結局剛の口から出たのは、「大丈夫です」という言葉だった。 

 深夜。
 暗い部屋の中、着替えもせずただ仰向けにベットに転がって、じっと天井を見つめている剛。 

 「剛くん!」
 保育園の昼休み、剛にかかってきたのは、井ノ原からの電話だった。井ノ原の声は、いつにもまして弾んでいる。
 「今、帰ってきたよ」
 「お帰りなさい」
 井ノ原の声があんまり明るいので、朝から晴れなかった剛の表情も少しだけだが明るくなる。
 「はい。……はい。じゃあ、また夜に」
 剛が携帯を切って顔をあげると、偶然、自分を見ていた健と目があった。健がわざとらしく目をそらす。
 3人で休憩室にいるのに、健はひとり離れて座っているし、剛は朝から無口だし、准一はどっちつかずに真ん中に座ってつまらなそうにコーヒーカップをすすっている。
 「もうすぐ今年も終わるんやな」
 誰にともなく准一が言う。健も剛も返事をしない。
 今日あたりは、保育園に来る子供もだいぶ減った。あさってからは冬休み、正月ももうすぐなのに、3人とも、どんよりした今日の冬の曇り空みたいに、全然元気が出ないのだった。

 夜。連れだって歩く剛と井ノ原。
 「あーー、やっぱクリスマスはつらかったー! 全く親父は無粋なんだから!」
 言いながらも井ノ原は、すっかりにこにこ顔。
 「剛くんにもっと電話したかったんだけどさあ」
 黙って井ノ原の隣を歩いていた剛が顔をあげた。
 「ちょっと……、聞きたいことがあるんですけど……」
 「ん?」
 井ノ原は、特になんの不審も抱いてはいないようだ。
 「なに?」
 「アイズの秘書室長って……、どんな人ですか」
 「秘書室長? なんで?」
 「いえ。ちょっと……」
 「頑固親父だよー。うちの親父としょっちゅうやりあってる。うちの親父も言い出したら聞かない人だからね」
 「その方って、こう。口調の柔らかい人ですか? おだやかな感じの」
 「なに言ってんの、急に」
 井ノ原は、屈託なく笑う。
 「そんなわけないじゃん、頑固親父なのに。でっかい声でさあ、いつもどなるようにしゃべるの。知らない人が聞いたら、なんでもなくても怒ってるみたいに聞こえると思うよ、あのしゃべり方は」
 「……」
 「なんで? どうしたの?」
 「……」
 剛の顔色にやっと気がついて、井ノ原が突然足を止めて、いつにない厳しい声を出した。
 「なに? 俺のいないときに剛くんになにか言ってきたとか」
 「そういうことじゃ、ないんですけど」
 剛はやはり、黙っていようと思う。言えば、余計にやっかいなことになる気がした。それに……、やはり、言いたくない。
 「ちょっと知りたくて……」
 言葉を濁す剛を、井ノ原は不審気に見るが、すぐに表情を和らげる。
 「もうすぐ正月だね」
 「そうですね」
 「あとひと月でいよいよ婚約発表。俺たち正式にフィアンセってわけ」
 自分で言っておいて、井ノ原は照れる。
 「きしょー。いい響きだなあ。フィアンセ……」
 しかし、井ノ原の話を聞いているのかいないのか、剛はなにかを考えている。
 
 大晦日。
 良枝はキッチンでおせちをつくるのに大わらわ。
 敬三も、珍しく自分の書斎の片づけをしている。
 剛はリビングの窓を拭き終わって、良枝に声をかける。
 「ここ、拭き終わりましたー」
 「あらあ。ありがと」
 良枝は顔もあげずにそう言って、重箱になにか詰めている。剛は手を拭きながらキッチンにやってくる。
 「そろそろ快彦さんとお出かけしなくて、いいの?」
 良枝が、やはり顔をあげないまま、剛に言う。
 「え?」
 「剛くん、このところ、大晦日はお友達と初詣に出かけてるじゃないの」
 「ああ……」
 「今年は快彦さんとお出かけじゃないの?」
 「いえ」
 剛の返事に、良枝がやっと顔をあげる。
 「行かないの?」
 「はい」
 「あら」
 良枝は意外そうな顔だ。
 「初日の出を見に行こうかって誘われたけど、やめときました」
 「どうして? 行けばよかったのに」
 「だって……」
 剛はぼそっと答える。
 「今年で最後ですよ。家族で年越しするの」
 「……」
 剛を見つめる良枝の瞳がうるっとなる。良枝はすぐにくるっと向こうを向き、煮物の鍋を火にかけて、うつむく。
 「最後なのね……、こんな大晦日も」
 良枝が後ろを向いたまま、くすんくすんと鼻をすすり始めたので、剛はセンチなことを言い過ぎたと反省するが、もう遅い。
 「良枝、こんなものが出てきたけどどうする」
 敬三が、ほこりだらけの置物を持ってやってくる。だが、良枝はそれどころではなく、敬三にすがりつく。
 「あなたぁ……」
 「な、なんだ、いったい」
 「来年からはわたしたち、ふたりきりでお正月を過ごすんですよ……」
 そう言うと、良枝はとうとう顔を覆って泣き出す。困って顔を見合わせる敬三と剛。

 深夜。どこからかともなく剛の家にも聞こえる除夜の鐘の音。テレビを見ながらリビングでくつろいでいた3人が、それぞれその音に耳を凝らす。

 場所は変わって。ここは、騒々しい神社の境内。近くから大きな鐘の音が聞こえるが、それより、初詣の人のにぎわいがすごい。
 「岡田!」
 人混みを抜けて准一を捜す健。准一は、屋台の前でたこ焼きを食べている。
 「いたいた。……おまえ、新年早々たこ焼き食ってるのかよ……」
 「だって腹減ったんやもん」
 「捜しちゃったじゃねーかよ。ちぇえ。おまえとふたりきりでこんなとこ来るんじゃなかった」
 健が大声で言うと、
 「自分が誘ったくせに」
 准一もつぶやく。
 「え? なにい?」
 「なんでもない」
 「食い終わったら行くよ。せっかく来たんだからちゃんとお参りしなきゃ」
 「うん」
 ふたりはまた、人の波に入って歩き出す。前や後ろから押されながら、どうにかふたりは会話を交わす。
 「健くん、なにお願いするの?」
 「俺? んー……」
 健は言葉を濁して、逆に准一に尋ねる。
 「岡田は?」
 尋ねられて、准一はちょっと考えてから言う。
 「ありきたりやけど、恋人が欲しい、かなあ……」
 「へえ」
 「そや、今年こそは、運命の恋に出会いたい!」
 「運命、ねえ……」
 「そいで、来年はもう、健くんとこんなとこに来たりせえへん……」
 准一のつぶやきに、人に押されて少し准一と離れてしまった健が耳に手を当てる。
 「え、なにい? 聞こえないよ」
 ふたりはやっと賽銭箱の手前にたどり着く。人の頭越しに賽銭を投げて、手を合わせ何ごとか祈るふたり。

 元旦。
 井ノ原家の車寄せに、敬三のボルボが止まる。中から出てきたのは、良枝と剛。敬三も車を置くとすぐにやってくる。
 今日は剛も年賀の客らしく、きちんとスーツを着て、ネクタイを締め、コートを抱えている。敬三もダークスーツ、良枝は新春らしい柄の訪問着姿である。
 すぐに玄関のドアが開く。中に入っていく3人。
 
 井ノ原家の広間には、すでに年賀に来ていたアイズの役員や、アイズの取引先の役員が、くつろいで談笑している。3人が広間にはいると、すぐ気がついて雅彦がやってくる。敬三がまず挨拶する。 
 「井ノ原さん、あけましておめでとうございます」
 「や、おめでとうございます。これは、みなさんお揃いでわざわざ」
 雅彦は良枝と剛にも丁寧に挨拶するが、そこに、だんだんとに他の男達も寄ってきて3人を取り巻き、口々に年賀の挨拶をする。
 「こちらがお噂の?」
 剛の顔を見ながら敬三にそう尋ねる役員もいる。男たちの視線が剛に集まる。
 「はあ……、息子の剛です」
 「いやあ、お話どおりいい息子さんだ。うらやましいですな。よろしく、わたし、アイズのものです」
 言葉の前半は敬三に、後半は剛に向けてのものである。
 何人かが続けて自己紹介するが、そのたびに剛は、妙な気持ちがする。この男たちは自分が井ノ原と結婚するから、こうやって丁寧に挨拶するのではないかと思う。気がつくと、隣で良枝が、そんな男たちにしきりに丁寧なお辞儀を返している。ちょっと会釈する程度の剛本人より、良枝の方がよっぽど丁寧なお辞儀である。
 徐々に剛がむっつりしてきたのを見て取って、敬三が、剛と良枝に声をかける。
 「おまえたちはあっちで待っていなさい。わたしはまだ社長たちと話があるから」
 それを潮に剛の品定めを終えると、男たちはまた、井ノ原雅彦のまわりに集まって、飲み物のグラスを片手に、愉快そうに大声で話をしだす。話題の中心はゴルフらしい。
 剛といっしょにその場を離れながら、
 「冷たいものでもいただきましょうか、剛くん」
 良枝がそう言ったとき、ちょうど後ろから声がする。
 「いらっしゃいませ。奥さま、こちらでお飲物をどうぞ」
 そう声をかけてきたのは、以前に剛も会ったことがある、井ノ原家の家政婦の原である。原が良枝に丁寧に声をかける。
 「どうぞ奥さま、お飲物はなにがよろしいですか」
 「すみません。じゃあジュースでも」
 「はい」
 原が脇のワゴンから氷を入れたグラスを取って、ジュースを注ぐ。剛も、飲み物の置かれたテーブルから自分で飲み物を選んでいると、後ろから突然声をかけられた。
 「剛くん!」
 振り向くと、そこにいたのは、満面の笑顔の井ノ原である。井ノ原の笑顔は、いつ見てもやさしくて、それを受ける剛の気分もやさしくなる。
 「いつ来たの?」
 「今さっきです」
 「そうかあ。なに飲むの」
 「えー、ウーロン茶にしようかな」
 「せっかくの正月だから、ふたりで乾杯しようよ。ワインがいいか」
 「……。そうですね」
 井ノ原は楽しそうにワインの瓶を手に取る。剛はそんな手つきを黙って見ている。そんなとき、
 「あら、快彦さん!」
 井ノ原に気がついた良枝がふたりのうしろから声をかけてくる。
 「あ……、これはどうも……」
 良枝の方を振り向いた井ノ原は中途半端な挨拶である。が、
 「あけましておめでとうございます」
 良枝の方は、膝に頭がつくのではないかと思うほど、深々と快彦に礼をする。
 「昨年中は息子がたいへんお世話になりまして。本年もどうぞよろしくお願いします」
 「いやあ、お世話だなんて。その、こちらこそよろしくお願いします」
 どうも快彦は、しゃっちょこばった挨拶が苦手らしい。ワインの瓶を手にしたまま、なんだかあいまいに頭を何度も下げるだけである。
 「剛くん、あなた、快彦さんにちゃんとご挨拶したの?」
 良枝が剛に向かって言った言葉に、
 「い、いいんですよ、そんな新年の挨拶なんて……」
 そう答えるのは井ノ原である。
 「みなさんでいらして下さっただけで、父も僕もうれしいですから」
 「そういうわけには。もうすぐお結納、そしてすぐに婚約発表。今年中には快彦さんと結婚ということになるんですから、剛くんもいつまでもこどもじゃ困るわ」
 「大丈夫ですよ、剛くんは今のままでいいですよ」
 「でも……」
 良枝がなかなか引き下がらないと、原が助け船を出す。
 「奥様、若い方のことは放っておいて、どうぞ、こちらにおかけになってお休み下さいませ」
 原に言われ、どうやら自分が少しばかりじゃまな存在だったことに気がつく良枝。
 「あら。ほんとですわね」
 「はい」
 原が笑う。良枝も笑って、ふたりは隣のテーブルに移動する。剛と井ノ原はそれを見て、顔を見合わせてくすっとする。
 

(続く)


 お待たせしました、「剛くんの結婚」、再開です。このまま休まずラストまで続けられるようにしたいと思っています……。

 剛くん、20歳のお誕生日おめでとう〜(^^)

(1999.2.20)


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