お前がいる

 おかげさまで、アクセス・カウンターの数字が90000を越えました。記念作として書いてみました。
 これは、「FROM rain」「SUPERFLY」「alone again」の続きになっています。
 まだそちらを読んでいない方は、先にこの三つを読んでからこれをご覧ください。


 あれっ、来てくれたの、悪いねえ。わざわざ。仕事は? あっ、今日は日曜か。
 びっくりした? こんな事になって。俺も自分でもびっくりしたもんなあ。
 何か新聞には重傷なんて書いてあったらしいけど、それほど大したことじゃないんだよ。もうそんなに痛くもないし。ただ、ずっとうつぶせっていうのがちょっときついね。
 しかしまあ、昔の仲間とこじれてこんなことになったんだから、自業自得ってやつだよね。でも、これですっぱり縁が切れたと思うから、良かったかも。え? 良くないって? そりゃまあ、下手したら死んでたかもしれないしね。でも、何となく意味のないことじゃないような気もするんだ。
 先生もさ、知ってるでしょ? 俺のこと。昔はまあ、いろいろあったから。高校にも行かないでブラブラしてたし、入ってからもずいぶん時間かかったし。でもまあ、卒業できて良かったよ。なんか、廃校になるおかげで卒業できたようなもんだけど。
 みんなどうしてるかなあ。森田とか三宅とか。森田はまあ、しゃべるようになったし、あいつは自力で生きて行くんだろうけど、三宅なんか心配だよね。四年になってからは、ちょっとはしゃべったけど、なんか、俺たちとは違う世界に生きてるようなところがあって。もう少ししゃべってもいいのに。え? お前がしゃべりすぎ? まあ、いいじゃない。俺みたいなのがいたって。
 三宅って案外いいとこの子かもしれないってところもあったよね。そう言えば、森田って、本当に家族いないの? そうなんだ。一人っきりか。大変だったんだな、あいつも。
 人のことはいいって? 俺のこと? 俺はまあ、ご存じの通りで。何でこんなことになったかって? えへへ。まあ、いろいろあるのよ。
 話せば長いことながらってやつで。
 先生のクラスになってからもさ、俺ってけっこういいかげんで、昔の仲間とも完全には切れてなかったのよ。
 まあ、中途半端だったね。でもさ、四年になってから、岡田がね。あいつ、なんかあったらしくて本気になっちゃってさ。マジでプロになろうって。そりゃあ、俺も、ギター好きだし、あいつとは一年の時からコンビ組んでたしさ。まあ、組んだっていっても、ほかにギター弾けるやつがいなかったからなんだけど。
 歌手になれたらいいかもな、なんて思わないこともなかったけど、そんな真剣じゃなかったのよ。ところが、岡田のやつ、マジでプロになろうって言うんだよね。びっくりしちゃったよ。
 練習もするし、曲も作ろうとするし。
 曲作るっていえばさ、よくあいつの部屋で曲作りしたんだけど、あいつ自分だけ寝ちゃったりするんだよな。あいつが寝ちゃったら俺一人よ。他人の部屋で。分かる? その時の気持ち。
 でもね、あいつ、寝顔が面白いんだ。子供みたいな顔で寝ててさ。難しそうな顔してみたり急にニコニコしたり。忙しいやつなのよ。
 でさ、口あけて寝てるから、お菓子入れてみたのよ。そしたら食うんだよ。寝たまま。びっくりしちゃった。何でも食うよ。面白いから、今度チャンスがあったらやってみな。
 プロになるっていう話だけど、何か、女の子のことが原因らしいんだよね。あいつ、詳しいことは言わないんだけど。
 付き合ってた女の子がいたんだけど、外国に行っちゃったんだって。で、その子に自慢できるような人間になってみせるっていって。どういうことなんだかよくわかんないけど。
 それに何だかわかんないけど、あいつ、満月見るとお祈りしたりするんだよね。最初見た時、何か変な宗教にでも入ったのかと思ってびびっちゃったよ。覚えてて貰わなくちゃなんて言ってたけど、どういうことなのかなあ。お月さんも大変だね。
 女の子っていえばさ、あいちゃんどうしてるかなあ。
 みんなに連絡取って同級会でもやってみようか。あいちゃんも呼んで。いい? 呼んでも。何言ってんだよ。困ってたんじゃないの。ほかのやつはどうか知らないけど、俺、知ってたよ。
 俺と岡田がさ、ギターの練習して残ってると先生も残ってたじゃん。で、あいちゃんも残ってるから、最初、俺か岡田のこと待ってんのかなあって思ったんだけど、そうじゃないんだよね。俺たちと一緒に帰ることもあったけど、俺たちが先に帰っても残ってたりしてさ。先生が先に帰ったりするとあいちゃんも帰っちゃうしさ。
 俺、すごく暇だったときに早く学校来たら、あいちゃん来てて、職員室にいたよね。気をつけて見てるとさ、いつも一緒にいるようにしてたじゃん。
 付き合っちゃえばよかったのに。そういう訳にはいかないの? いいじゃん。俺なら付き合っちゃうなあ。かわいいしさ。卒業してホッとした? そういうもんかなあ。
 でも、なんで定時制に来てたのかなあ。先生は知ってるの? どんな事情か。知ってても教えられない? そうか、まあそうだろうな。
 あ、さっきの話の続きね。
 とにかくまあ、岡田が本気でプロになろうっていうし、俺もまあ、何か本気でやってみるのもいいかなって思ったのよ。やってみてダメでも、べつにいいし。
 それでまあ、卒業してからも二人で練習して、時々駅前で歌ったりしてたのよ。そう、ストリート・ミュージシャン。すごいでしょ。テレビで見るほど、お金くれる人はいないけどね。でも、人前で歌うと緊張するし、間違えないようにしようとするから、一人で練習してるのとはだいぶ違うよ。勉強になるよ。
 で、さあ。そうやってる時、昔の仲間が俺のこと見てさ。連絡よこしたのよ。
 また一緒にやろうって。俺の腕が欲しいって。まあ、けっこうケンカは強かったからね。
 三、四年前の俺だったら、誘いに乗ったかもね。何か、裏から金が入るようなことも言ってたし。
 でも、俺が何かやっちゃうと、本気でプロになろうと思ってる岡田に迷惑かけちゃうからさ。ほんと、あいつにだけは迷惑かけちゃいけないと思うんだよ。それで断ったんだ。もう昔の俺じゃないんだ、って言って。
 そしたら逆ギレしちゃって。
 こうやって寝てるとさ、ものを考えるしかないのよ。今にして思えばね、もっとほかの言い方もあったかもな、とは思うよね。
 ああいうやつってさ、自分もそうだったから分かるけど、仲間がいないとだめなのよ。一人じゃ何にもできない。だから、仲間が抜けようとすると邪魔するんだよね。一緒にいてくれる相手がいないと寂しいから。
 そいつも俺に声かけてきたっていうのは、きっと相手してくれるやつがいなかったからだったんだろうね。
 で、俺、本気で歌手を目指してる、なんてことまで言っちゃってさ。バカだね、俺も。そんなことまで言うことなかったのに。
 何か向こうは、バカにされたと思ったみたいでさ。俺は軽い気持ちで言ったのに、あいつには、「俺はお前なんかとは身分が違うんだ」みたいな言い方に聞こえたんだろうね。それでまあ、キレちゃった、というわけよ。
 あん時もさ、岡田と二人で駅前で準備してる時でね。いつも同じとこでやってたから、あいつ、待ってたんだね。しばらく大人しくしてればよかったのかもしれないけど、岡田には事情は話せないしさ。
 で、いきなり後ろからグサリ。
 そりゃあ、痛かったよ。痛いっていうか、熱いような感じで。最初、わけわかんなかったね。相手はすぐ逃げちゃったし。
 岡田はすごいわめいてたね。井ノ原君、井ノ原君って、すぐにも死ぬと思ったのかな。もうパニクっちゃってて。その点、俺の方が冷静だったね。刺された方を上にして、横になってた。岡田に、救急車呼んでくれって言ったんだけど、あいつ、いきなり、刺さってるナイフ抜こうとするんだもん。そんなのいきなり素人が抜いたら血が噴き出しちゃうっていうのに。何でそんなこと知ってるかって? まあ、いいじゃない。俺もいろいろあったのよ。
 で、まあ、野次馬の中に電話してくれた人がいたらしくて。救急車が来るまで五分ぐらいかかったのかなあ。意識はずっとあったよ。命に関わるようなことはないと思ってたよ。だけど、岡田のやつが泣くんだよね。死ぬな、死ぬなって。
 この俺がそんな簡単に死ぬわけねえのに。
 それでもね、岡田の声聞いて、じーんとしちゃったよ。こいつにだけは迷惑かけられない、こいつだけは俺が守ってやろうって。えへへ。俺らしくない? でもマジな話だよ。ほんとにそう思ってるもの。
 俺を刺したやつもすぐ捕まったし。おかげで、昔の仲間とは完全に切れたよ。
 これからはもう、優等生の井ノ原君でいくよ。プロもマジで狙ってみる。CD出たら買ってね。百枚ぐらい。
 先は長いと思うけどさ。でも、やってみるよ。きっと、俺一人だったら、こんな気持ちにならなかったろうね。
 でも、俺には岡田がいるからね。岡田がいるから、まだ行くぜ、石にかじりついても。


 はからずもシリーズとなった定時制高校ものですが、これで完結です。
 「FROM rain」は読み切りで、ほかの話は考えていなかったのに、感想や質問をいただいたことがきっかけとなって次々に話が生まれてきました。
 感想を寄せてくださった皆さん、ありがとうございました。

hongming(1999.11.20)


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