diary
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9月28日 (月)  さらばモスクワ

(coming soon! imamu)

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9月27日 (日)  ダーチャ

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9月26日 (土)  トレチャコフ美術館

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9月25日 (金)  講評会

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9月24日 (木)  モスクワ・シティ

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9月23日 (水)  聖堂とイコノスタ

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9月22日 (火)  モスクワ建築大学

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9月21日 (月)  プロフェッサー・マリノフ

アエロフロートに乗って、モスクワに。18年前位前に乗ったアエロフロートは、日本の長距離バスのほうがずっとましという代物だったが、今日乗ったものは、ここしばらく乗った国際線でもっともいいといえるくらいのしゃれたデザイン。でも、サービスはまあまあ。悪いということはないが。機内では『カラマーゾフの兄弟』の第一巻を丁度読み終える。

モスクワの空港に到着が現地時間で夕方の5時半。これから一週間お世話になるマリノフ教授が出迎えてくれる。マリノフさんは、イタリア人?と思われるくらい元気でおしゃべりで、でも英語が通じない。ふつうは英語が話せる学生を通訳として伴うと聞いていたが、ワークショップも追い込みで余裕がないようだ。疲れているかと聞かれたが、そうでもなく大丈夫だと伝えると、ではまず建築家協会に行こうということになる。(正式名称は不明、何せ通訳なしなので)。協会では、ディレクターや交通関係の責任者とモスクワの今後の都市計画について話を聞き、それに関連して東京の状況などを説明する。(ここは勿論通訳付き)。

協会を出たのが8時過ぎで、この時点で日本時間では夜の1時だから、ちょっと眠いなあと思っていると、では食事に行こうということでまた車に乗り込む。(飛行機では1時間ほどしか寝なかったし、普段僕はこの時間に起きていることはまずない。)クレムリンの近くに来る前を止め、マリノフさんは元気に歩きだす。聞くと彼はスポーツ万能で、ボクシング、空手、カンフー、ヨガ、スキーをたしなむという。身長はぼくとおなじくらいだが、胸板は厚い。(ついでながら、顔つきは愛想がとてもいいプーチンというと想像できるであろうか。いい例えではないかもしれないが、レーニンも少し入った明らかにロシア人の顔。)

赤の広場から始まって、建築の教授だけあって、右に左に足早に歩きながら次々と建物を解説してくれる。もちろんロシア語が分からないので、名前くらいしか拾えないが、どうしても伝えたいことがあると、すぐに誰かに携帯で連絡をして僕に通訳をするように頼んでいる。同時に彼の携帯には夜だというのに、しょっちゅう連絡が入り、彼は携帯を握る続けている(車の中でも)。レストランはまだかなーと思いつつ、ずっと付いていくと結局クレムリンの周りを一周。なんだ、彼は夜のこのエリアを案内したかっただけだった。そのあと再度車に乗って、ようやくレストランへ。夕方に着いたにしては、長いモスクワの初日であった。

(イマム)

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9月20日 (日)  日本=ガラパゴス諸島!?

半年ほど前、10+1webに阿部仁さんの作品集の書評を寄稿した際、以下のようなことを書いた。

日本の建築界は、いくぶんガラパゴス諸島のようなところがある。オーストラリアと言い換えてもいい。独自に進化したその生態系は、驚くべき建築を産み出している。しかし、コアラやカモノハシやカンガルーのように、外の世界からは珍しく驚嘆されても、交配することは難しい。

最新号のGA JAPANを読んでいたら、藤本壮介さんへのインタビューの中に「日本=ガラパゴス諸島!?」との記述があり驚いた。これは途中の小見出しなのだが、インタビュー本文の中には、ガラパゴスという言葉は見られず、編集者が書いたのだろうか。僕が書いたことが影響した?いやいや、ガラパゴス諸島という比喩は、よくあるものだから偶然の一致か。

ただ、藤本さんは「日本の建築は閉じている」と感じるようになりました。特に、ぼくたちの世代がやっていることは、、、と発言しているが、僕は日本=ガラパゴスということを上記のとおり、もっと歴史的に構造的なものとして捉えている。今現在、日本と海外が異なるといっても、それはある瞬間の現象を言っているだけになってしまうが、それよりも根深い構造があることが、僕は大きな問題だとつねづね思っている。

いずれにしても、このGA JAPANと特集も、「世界から見た日本の現代建築」とあるように、日本が海外の潮流から離れているという二川氏の意識に基づいているようであるし(しかし、それを最近の発見というのは、ちょっとどうかと思うが)、日本が世界の中で特異だという議論は少し盛り上がりそうな気配を感じているのは僕だけであろうか。

(イマム)


9月16日 (水)  東京未来シナリオ研究会

夜、森記念財団主宰の「東京未来シナリオ研究会」のキックオフ・セミナーに参加。

司会の竹中平蔵さんは冒頭にて、「本日は新しい政権が誕生した記念すべき日ですが、今度の内閣に関する質問には本日はお答えできません。」。

この研究会では、いくつかの前提をもとにいくつかのシナリオを作成し、未来の東京を予測しようというもの。シナリオの結果には4つのレベルが想定されており、最悪は〈土砂降り〉、最高は〈青空〉という説明が市川宏雄さんからなされたが、なんとその〈青空〉の説明の際の背景には以前僕が作成した〈シームレスシティ〉のドローイング(下画像)が採用されていた(もちろん前日に使用許諾の問合せのメールがありましたが)。

今日は顔見世興行的なイベントで、さまざまな方のコメントから得るものが多かったが、情報技術が専門の廣瀬道孝さんいわく、もう少したつと、人が一生の間、例えば70年の間に目にするものをすべて記録することが容易になる。それと検索を組み合わせれば、いつ誰に会ったかどこに行ったかも、すぐに確認できる。日記など手間をかけて記す必要などない。すごいですね。でも、その記録をすべて見るのには、単純に目に映ったものの動画としても70年かかるということがオチでしたが。

東京未来シナリオ研究会 http://www.mori-m-foundation.or.jp/research/project/7/index.shtml

(イマム)

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