diary
   多次元直列日記 2011. 9 メニューに戻る
9月30日 (金)  マチス!

今回滞在しているホテルは、前回と同じ所。前回7泊、今回5泊なので、このホテルには計12泊していることになる。これは明らかに同じホテルに滞在した日数の記録であって、しかもそれがモスクワとは。

ホテルに近くには、ル・コルビュジエ設計の〈セントロソユーズ〉がある(写真)。改修工事中だが、2年前もそうだった。大学の前にも現場があるのだが、そこも2年前と同様工事中で、まだ地下工事中。一昨年来た時は、92年に来た時に比べモスクワの発展ぶりに驚いたが、今回は停滞ばかりが目に付く。

プーシキン美術館に行く。混雑中のダリの特別展は避けて(ダリには特に関心はないし、それもわざわざモスクワで観ようとは思えない)、印象派のコレクションの別館のみを観る。マチスが素晴らしかった。大きなサイズの油彩が10数点ある。

(イマム)

20110930-1.jpg



9月29日 (木)  ロシア構成主義

学生たちは昨日の講評会に徹夜でのぞんだため(またそのあと打ち上げで羽目を外しただろうから)、午前中は休養。僕は、一人で赤の広場に行き、ワシリー寺院(写真)やグム百貨店を見学)。大学から歩いてこれる距離で、また何度も来ているから、懐かしい場所に来た感じ。

昼過ぎ、スタジオ集合。片づけをしてから、ロシア人学生のアテンドで、ロシア構成主義の代表作、イリヤ・ゴロソフ設計「ズーエフ・クラブ」とメルニコフ設計「ルサコフ労働クラブ」を見学。「ルサコフ労働クラブ」は92年に来た時には中に入れたが、今は改装中とのことで入れない。しかも傷みが激しい。木製のサッシュはまさに朽ちているし、ガラスが割れた箇所にはべニアが貼りつけてある。ロシア・アヴァンギャルドの傑作なのだから、きちんと修復して、観光資源にでもすればいいのに、そういった発想は社会主義を20年前に終えたとはいえ、まだないのだろう。

もう一度学生たちと赤の広場に戻って、しばらくして僕は別行動、ホテルに戻る。

今回は、滞在先のホテルの地下のレストランで、3回夕食を取った。疲れた体で、夜一人モスクワの街を食事を求めてさまよう気分にはなれない。しかし、このホテルのレストラン、夜は毎日、ライブをやっているのである。なので、東京でもライブハウスなぞ、もう10年以上行っていないのに、モスクワでは続けて3回も経験。しかも、ヴォーカルはもちろんロシア語なので、意味不明。しかし、英語がある程度通じる僕にとって、言葉がわからないここは、なかなか旅行気分になれてよく、連夜一人でライブを聴くというのも、貴重ないい時間でした。

(イマム)

20110929-1.jpg 20110929-2.jpg 20110929-3.jpg



9月28日 (水)  最終講評会

僕は、モスクワ建築大学に着いてまだ二日目だが、早くも最終講評会。

その前に。大学の廊下を歩いていたら、10数枚のパネルに目がとまる(写真左)。何と、僕が1992年に参加した、この大学でのイギリスの建築家によるワークショップの記録だ。一通りチェックしたが
、残念ながら僕の写真や名前は見つからなかったが、一緒に参加したシージェイ・リムさんが映っている写真は発見。その他にもスミッソン夫妻他、著名な建築家が参加したワークショップだった。今回参加している日本人の学生も20年後に、この大学に戻ってくるといったことはあるのだろうか。

さて、昼過ぎから講評会。5組の日本、ロシアの混交チームが、それぞれプレゼを行う。1カ月モスクワに滞在し、たいへんなこともあっただろうが、無事一人として欠けることなく、みなきちんと参加してプロジェクトを作っていたことは立派。学部3年生も数名いたのですが、こうしたところに一月もいると、それなりに肝も据わるのでしょう。全員発表をこなして、英語での質疑応答などにも対応していました。(写真中)

夕方からは、学校内のギャラリーでて展覧会。このギャラリーよく見ると、この大学の当初、1920年代のヴフテマスの時代の学生作品が展示してある(写真右)。まさにロシア構成主義の中心だった場所。そこで90年後に建築を考えている面白さ。

(イマム)

20110928-1.jpg 20110928-2.jpg 20110928-3.jpg



9月27日 (火)  strelk

モスクワ二日目。勝手知ったるエリアなので、ホテルから歩いて、モスクワ建築大学へ。ワークショップのスタジオに行き、日本人学生が皆無事で、元気に作業している様を確認(写真左)。スタジオも2年前の時と同じ場所で、馴染みがある。

午後、このワークショップの担当であるオルガ教授が、車でV.シューホフ設計のラジオ・タワー(写真中)とイワン・ニコラエフ設計の「染色工場労働者のための寮」へ連れていってくださる。オルガさんは、シューホフの専門家で、彼女によるとシューホフは300以上の構造物を設計し、またそれらがそれぞれ異なっていてユニークなのだそうだ。しかし、それらの多くは現在使われておらず、産業遺産として残したいのだが、繊細な構造であることもあってたいへんなのだそうだ。

「染色工場労働者のための寮」は、ギンスブルグの「ナルコムフィン」の次に有名な、この時期の実験的共同住宅。傷みが激しいが、当時の様子はよく伝わってくる。住居部分は現在全面的に改装中であったが、中のプランも変えているのであろうか。

オルガさんと別れ、一人でstrelkaへ(写真右)。レムがディーンを務め、AMOが関わっているこの新しい学校は、いま最も注目すべき建築学校の一つだろう(といってもデザインはしていないのだが)。アポなしで行ったが、歓迎してくれ、一通り校内を案内してもらい、プログラムについても説明を聞く。やはり刺激的な試み。学費無料、言語英語。30〜40名と少人数性。この学校については、追ってどこかに書きます。

strelka http://strelkainstitute.com/en/

(イマム)

20110927-1.jpg 20110927-2.jpg 20110927-3.jpg



9月22日 (木)  オーストラリアハウス審査会

(coming soon! imamu)


9月18日 (日)  メタボリズム シンポジウム

(coming soon! imamu)

20110918-1.jpg 20110918-2.jpg 20110918-3.jpg



9月17日 (土)  ボルタンスキー ミュージアム 現場

(coming soon! imamu)

20110917-1.jpg



9月16日 (金)  メタボリズム展 オープニング

(coming soon! imamu)

20110916-1.jpg 20110916-2.jpg 20110916-3.jpg



9月13日 (火)  工学院後期初日

工学院大学、工期の授業の初日。3年生の都市デザイン。本日はガイダンスが中心なので、早めに終わる。

例年より受講生が少ない。設計志望の学生が減っているという声は、どの大学でも聞く話である。人数が減っても、少数精鋭であればいいのだが。

大学の図書館にペヴスナーとヴェンチューリの本を返し、新たに黒川さんとタフーリの本を借りる。その他にも、この大学の図書館からは9冊借りている。他に、近くの区立図書から3冊と、桑沢から6冊位借りている。

この授業いつもは夕方くらいまでなので、早めに終わった今日は、オペラシティ・ギャラリーで、「家の外の都市の中の家」展を見る。展示数が大きく言って3つなので、すぐに観ることができる。

いよいよ今週末からはじまるメタボリズム展は、展示総数が500点以上とのこと。圧倒される覚悟で行きましょう。

(イマム)


9月12日 (月)  UIA関連イベント

UIA東京大会が近付いて、連日ぞくぞくと、シンポジウムとかその他企画の案内、お誘いをいただく。しかし、その週はずっとモスクワなので、残念ながらUIA関連のイベントはすべて残念ながら欠席。(一度お請けしていた、ある国際的企画の司会も、泣く泣く辞退。)

一方で、どれに行くべきか迷わないのは良い。妙な義理立ても不要であるし。しかし、これだけイベントがあると、みなそれぞれが自分のイベントにかかりっきりで、誰が足を運ぶのか心配になるくらい。

(イマム)


| 1 | 2 |