陽ちゃん
子供のいない私に、親の心をプレゼントしてくれたのが陽ちゃんだった。陽ちゃんは40年前、姉の長男として生まれた。陽ちゃんは難産の末、訳の分からない医師の手により、柔らかい頭をつままれ姉の断末魔の声と共に、この世に生まれた。そして、わずか4年でこの世を去った。重度の脳性小児麻痺になった陽ちゃんは天使のように美しい顔をしていた。陽ちゃんの生涯は、苦痛との闘いで陽ちゃんに安眠は訪れなかった。共稼ぎをしていた姉は陽ちゃんの為に、近くに住む実家に同居を決意した。まだ実家に住んでいた私は、時たまだが陽ちゃんにご飯を食べさせたり夜中に愚図る陽ちゃんを、近所のお寺で抱っこしてあやしたりしていた。
ある日、陽ちゃんをねんねこでくるんで散歩していたら、会社の同僚に出会った。訝しげに見る3人の男性に、どうしたことか私は自分を誇らしく思った。そして、自慢げにその様をみせつけた。たぶんその時、私は陽ちゃんを産んだ気になっていた。母になると強くなるのは無償の愛が、無意識に生まれるからではないだろうか。この世で一番美しいのは無償の愛。その感情を手に入れた人は、人間の格が1段も2段もピユーっと上がる。

熟睡を知らない陽ちゃんに、姉と母は昼夜問わず交替で陽ちゃんの面倒を見た。何時も苦しそうにしている陽ちゃんが、一瞬痛みを忘れてケタケタ笑う時がある。それは陽ちゃんがビックリする時だ。手荒な私は、陽ちゃんの体を思い切り高く放り上げた。空中でいる事にビックリしたのか、陽ちゃんは私の手元に戻るとケタケタ笑った。嬉しくなった私は、何度も何度も陽ちゃんを高く高く放り上げた。それ以来、私は陽ちゃんの笑い声を聞きたくなった。一瞬でもいい、痛みを忘れてもらいたかった。今から考えると危険極まりない事だが、陽ちゃんを乗せたキャリーを全速力で押して走り、そのスピードのままキャリーを手放して、猛スピードで陽ちゃんに追いつき、キャリーを止める。思惑どうり、ビックリした陽ちゃんはケタケタ笑ってくれた。


陽ちゃんの訃報を聞いたのは会社の勤務中だった。早退をして病院に着くまで、私は泣き続けた。大きなベットに小さな陽ちゃんが横たわっていた。死んだ事を受け止められない私は、思い切り陽ちゃんを抱き締めたかった。だが抱く事は出来なかった。傍観者の私に抱く権利はないと思った。けれどズート、ズート「どうしてあの時抱かなかったのか」と後悔した。どうしても、この腕に陽ちゃんを思いきり抱き締めたかった。陽ちゃんの1周期の晩、私は陽ちゃんが眠る仏壇の前で寝た。そして私は陽ちゃんの夢を見た。私は、陽ちゃんを思いきり抱き締め「ほら可愛いでしょ、可愛いでしょ」と自慢気に周りの人に陽ちゃんを見せびらかしていた。すると陽ちゃんの顔が、切り抜き写真のようになって段々小さくなりながら消えて行った。悲しみのあまり「陽ちゃんー」っと叫けんだ。自分の泣き声で目が覚めた時、陽ちゃんを抱いた感触が腕に残っていた。
陽ちゃんが亡くなった時、私は陽ちゃんに誓ったことがある。「陽ちゃん、絶対陽ちゃんの為に何かするからね」何が出来るのか、何をしたらいいのか分からなかったけど確かに誓った。その誓いは未だに果たせずにいるのに陽ちゃんはこんな私の願いを叶えてくれた。

陽ちゃん、
プレゼントのお返し絶対するから待っててね。

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