

4年位前、深作監督の四谷怪談をビデオで観た。
クラッシックの音楽に映像の美しさが際立ち
情念が息も付けないスピードで、画面一杯に暴れまわる。
私は圧巻された。
「素晴らし過ぎる・・・」しばし唖然となった。
しかし、これ以上に私を唸らした台詞がある。
昔の事なのでハッキリは覚えていないが,かいつまんで言えば
「自由を選べば、そこにはいばらの道しかなく
誰からも相手にされない孤独が待っている
お前はそれに耐えられるのか」とか何とか。
腰が抜けた。こんな風な考えに、
重点を置いている人がいた事に、私は驚いた。
『世の中広い』と思った。そして嬉しかった。
この映画は「自分に責任を持てば、どんな生きざまでも良いのだ」
と言うメッセージの作品だと思った。何だか勇気をもらった。
私は自分の意思を曲げると生きていけない。自分に嘘がつけない。
確かにいばらの道だった。と言うより、たぶん死ぬまでいばらは続く。
それを生き抜くには、自分自身が強くなる事だ。
自分に自信をつけるしか道はない。
私は尊敬している人とでも、口論をする。そして自分の方が正しと思ったら絶対に引かない。そうでないと私の存在の意味がなくなり、自分が生きている価値すら分からなくなる。こんな事を言って58年、生きてきた。見渡せば孤独かも知れない。しかし人間は孤独でないと、駄目なような気がする。頼るとその100倍も惨めな結果になる。多分、人は誰にも頼る事は出来ないようになっているのかも知れない。
しかしそれと裏腹に、人と生まれてもうひとつ果たさないとならない任務があるような気がする。それは自分と同じ考えの、仲間を探す事だ。だから私は意思を曲げない。曲げると本物の仲間には会えない。なりふり構わず、必死で自分の仲間を探す。そして見つけた上で安心して「自分自身を見つめる」という戦いに移る。
一番怖いのは自分自身だ。努力をしない自分自身との戦いだ。テレビも見たい。楽もしたい。サボりたい。もっと眠っていたい。なんて思ってしまう自分の欲望との戦いだ。今のところ欲望に負けている。しかしもう58歳。
元気でいられる終盤に来てしまった。
努力をすると必ず結果が出る。
それは今まで生きてきて分かっている。
しかしスランプに陥る。
そこで逃げるか戦うかで道は別れる。
今のところどうだろう?
人生の半分は欲望に負けた。
もうそろそろ
遊び時間もなくなってきたような
気がするのでーもうひと頑張り
してみよーかな。
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