





結婚するまでは、[人間は心が第一だ]なんて思っていたので「私と結婚する人は何と幸せ者
なのかしら」と思い込んでいた。甲斐甲斐しく料理も作るだろう。手際よくお掃除もする
だろう。洗濯なんかは朝飯前だし、早く起きてお弁当をこしらえて「いってらっしゃい」
っと可愛く微笑むだろう。
結婚1日目、張り切った私は2万8千円の文化住宅の小さな台所ではじめちゃんの大好き
なトンカツを8枚揚げ、私の大好きな海老フライを30匹揚げ、サツマイモの天ぷらを5
本揚げた。私は油にむせ、疲れ果て寝込んでしまった。
結婚2日目、理想と現実の違いを思い知らされた。生まれつきだらしない性格が、結婚し
たからと言って直るはずもなくテレビの前に炬燵を陣取り、1日中寝そべり死なない程度に
家事をこなし駅前の中華食堂が私達の夕食になった。
「類は類を呼ぶ」
同居人に選んだタムムちゃんも家事が苦手だった。でもそれ以上に働くのが苦手だったので、
当時カットの仕事をしていた私は渡りに船とばかりに一切の家事をタムムちゃんに押しつけ
た。タムムちゃんの料理も不味く、私達の夕食は貧乏になるまでファミレスが定番になった。
10年目の夏タムムちゃんが「私もキビちゃんみたいにマンガを描いて東京に売り込みに行
く」っと言った。だまされやすい私は、「あら偉いのね。それなら明日から私が料理担当し
てあげるわ」なんて良い子になってしまった。しかしやはり料理が嫌で嫌でその夜、一人
ポロポロ泣いてしまった。次の日、覚悟を決めた私は本やテレビで、料理のイロハを勉強
した。一心不乱にノートに書き込んでいったが、脳に書き込まなかった
せいか私の料理は何時までたっても美味しくなかった。
タムムちゃんは売り込みに行く事もなかったが、
少し料理に興味を覚え出した私は料理担当を続けた。
はじめちゃんが癌の手術をした時、
病院の食事が喉に通らかったので
彼の好きな餃子を作ったら「美味しい」
と食べてくれた。
私はこの日の為に嫌々ながらも料理を
作っていたのかも知れない。
つくづく「人生には無駄がない」と思った。
はじめちゃんが亡くなって、生命保険に
入っていない私達には借金が残った。
「野垂れ死には嫌や」とタムムちゃんは
50歳になって働く事を選んだ。
それと同時にタムムちゃんは糖尿病になった。
野菜中心のワンパターンの料理を
「美味しいー」とタムムちゃんは嬉しそう食べる。
「あら味音痴なのね」なんて思ったけど
喜んで食べているタムムちゃんを
見ていると私も嬉しくなった。
本当の幸せとはこんなものかも知れない。
人間的に成長したら料理も少しは
美味しく作れるのだろうなー。

