

我が家には、リンゴちゃんと、ビリンと言う大きなセッターがいる。先輩のリンゴちゃんは8年前、大雪の日に我が家の給湯器の上に、何者かが置いて行った。リンゴちゃんには可哀想な事をした。その時の私達は「途中からでは、猫と犬は仲良くなれない」と思い込んでいた。おまけにリンゴちゃんは猟犬だし、宅急便の人にも噛みつこうとしていた。1年間リンゴちゃんはパティオの犬小屋で暮らす事になった。
次の冬、私はもう我慢が出来なくなった。「仲良くなるかも知れない」と寒そうにしているリンゴちゃんを家に招き入れた。後はタムムちゃんの出番だ。タムムちゃんは甘噛みをするリンゴちゃんと格闘した。リンゴちゃんは少し良い子になった。リンゴちゃんは私達が留守をしてもネコちゃんを噛む事もなく、かといって仲良くする事なかったが、何の問題も起こらなかった。
リンゴちゃんが来るまで、はじめちゃんは極度の人見知りだったので外に出る事がなかった。私は彼の運動不足を心配していたが、リンゴちゃんの散歩のお陰で近所を歩くようになった。だけどはじめちゃんの腕は散歩をせがむリンゴちゃんの固い爪で何時も傷だらけだった。リンゴちゃんは、はじめちゃんが一番のお気に入りだった。はじめちゃんがホスピスから我が家に戻った時、リンゴちゃんは彼の傍から一時も離れなかった。何時もはワンワンとうるさいぐらいなのに、彼が亡くなるまでの20日間、まるで守り神のようにはじめちゃんの布団の上で、ズートと添い寝をしていた。はじめちゃんが息を引き取った時、リンゴちゃんは涙を流した。あんなに仲が良かったのだもの、リンゴちゃんは悲しかったのだ。寂しかったのだ。辛かったのだ。
後輩のビリンは、はじめちゃんが亡くなった年の終わりに我が家に舞い込んで来た。ビリンはタムムちゃんが呼んだのかも知れない。その日タムムちゃんと、知り合いの所に遊びに行っていた。その帰り道に、道端で佇んでいるビリンを車の中でチラッと見ていたらしい。ビリンは「僕を呼んだでしょう」と我が家を訪ねてきた。ビリンは人は噛まないが、物にはよく噛む。我が家のソファーはもう何台目だろう。毛布も布団も服もバスタオルも丸かじりして穴ぽこだらけだ。テーブルクロスなんて今は夢の夢。お洒落な模様替えは完全に諦めた。我儘に育った私には躾が出来ない。人間のように長く生きられないのだから、夜中に何度もお散歩をねだったって良い。好きなように生きてもらいたい。遠慮なんかしないで、思い切り我儘に暮らしてもらいたい。
「そんなのあたりまえだい!」なんて
ビリンは甘えん坊になった。
「リンゴちゃーん」と言っただけで
「僕は僕は」と私の手を頭で振り払い
「撫でろ、撫でろ」と言って来る。可愛いー。
小さな猫も可愛いが大きな犬も
頼もしくて愛おしい。
パソコンで仕事をしてるとビリンが
椅子の後ろにやって来る。
また「撫でろ撫でろ」と言うので
左手で撫でながら仕事をする。
ビリンの大きな体のぬくもりを
脊中で感じる。至福の時間だ。
ホント「私ってなんて幸せ者」と思う。
リンゴちゃんとビリンは何故同じセッター
だったんだろう。
この世に偶然はないのだから
ビリンははじめちゃんからのプレゼントだ。
淋しくさせたお詫びに、
「ごめんね」って
リンゴちゃんにビリンをプレゼントしたんだ。
だってビリンを見るリンゴちゃんの目は
とっても幸せそうだもの。
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