nomerikomi

58歳になっても、自分が見えないのだから、人生は面白いのかも知れない。私は生まれ変わったら、今度は精神科医になりたい。人の心にものすごく、興味がある。だから自分の神経が飛んであっちの世界に行って、自分に戻った時「凄い体験が出来た」とめちゃめちゃ嬉しかった。もっと、もっと勉強していたら良かったとまたまた後悔をした。そして自分の考え方が間違っていたと認めた時、フト昔の思い出が過った。

中学生2年の時恋をした。相手は同じクラスの,頭の良い男の子。
アホの私は、その子から話しかけられても、彼が何を言っているのか、何時も言葉が難しくて、その意味がよく分からなかった。でも私は、その子の顔を見ているだけで満足なので「うんうん」なんて答えていた。ある日その子が「家で歌を唄っていたね」と言った。当時から単純な私は『私の歌声を聴いて、スカウトマンがきっと現れるわ』なんて夢見がちだった。自分が音痴なのを全く知らないで、大きな声で毎日唄っていた。私は顔から火が出た。恥ずかしかった。ただ単に歌を唄っているのではなく、その裏に善からぬ計算があった、自分が恥ずかしかった。「それを聞かれたのか」と私の恋は終わった。しばらくしてその子が私に言った。「僕達のグループに入らない?」確かに心は揺らいだ。まだ好きなんだと思った。だけど私には親友が一人いたので、これは浮気だと思い断った。私は一人親友を決めると、ほかに友達を求めなかった。だから親友とクラスが別れると、私の毎日は孤独になる。修学旅行の時もクラス単位で行動していたので、一人ぼっちの旅行の思い出は、惨めで淋しくて最悪だった。休み時間に親友のクラスに遊びに行っ時、彼女が他の女の子と親しそうに話していた。ショックだった。私はそれ以来、彼女のクラスを覗くのはやめた。そして休み時間は何も考えず、私と同等のアホな男の子と、追いかけごっこなんかして時間をつぶしていた。

「もし」は人生にはないかも知れないが、そんな頑なな考えをしていなかつたら私の道はもう少し開けたのかも知れない。賢い子が好きだと言う事は「自分も賢い子になりたい」と思っていたのかも知れない。私は勉強をしたら、賢くなれるなんて考えた事がなかった。野放しの教育は恐ろしい。賢い子は生まれつき賢いので、アホな子は勉強をしなくても良いのだと思い込んでいた。実力試験は実力なので、予習をしてはダメなのだと固く信じ込んでいた。自分で自分の可能性を潰していた。と言うより楽をしていた。こんな私でも当時、クラスの人が塾に行っていたので、親友を誘い行った事があった。しかしチンプンカンプンだったので、すぐに抜けだし、三角パンを買って、親友と手をつなぎ時間を潰していた。親友は勉強も出来て躾も厳しかったのか、
道端で買い食いなんて経験がないらしくはじめは戸惑っていた。
私に人の意見を聞く耳を持っていたら、「勉強しなくていいの?」
と言ってくれた言葉が耳に残っていたかも知れない。
友達を増やしたら、色々な考え方がある事を知った
かも知れない。まさに「井の中の蛙大海を知らず」だ。

気がつけば、あと少ししか残っていない人生。
たぶん取り返しは無理だと思う。
しかし唯一つ、分かった事がある。
今自分に出来るのは、自分の可能性を信じて
今の自分を磨く事だと思った。

無いと思えばそこで終わる。
有ると思えば未来は続く。

人間関係でも、途中で諦めることは一番簡単な
事だったんだと今更ながら反省した。

「生きる事」それは死ぬまで続く修行なんだもの。
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