

「よく当たる」と評判の占い師さんの所にわざわざ行ったのは、覚えてる限りでは2回ある。1回目はどう言う訳か忘れたが、母と一緒に行った。「あなたはそこそこ、好きな事で生活が出来ます」なんて中途半端なお言葉を頂いた。そして「願えば必ず、結婚出来ます」と結婚に興味がなかった私に力強く言ってくれた。その言葉通り私は結婚を願い、そして叶った。
もう1回はココちゃんが誘ってくれた様に思う。その占い師さんは私を見るなり「こんなに色気のない女の人は珍しい」と言った。その日はちゃんとお化粧をして、髪にもクシを通したのにだ。「私何にもそんな事、聞いていませんけどー」と心で突っ込んだが「確かにそれは言えてる」とも思った。
色気って女の人なら女の色、男の人なら男の色だと思う。当時の私は何でも平等に凝っていて、自分自身の性別も平等に考えていた。男の子を好きになっても、女の子を好きになっても、心はどちらも同じ感覚だった。その延長線上ではじめちゃんと結婚した。結婚した後でも、家事は全く気にせず独身時代と何等変わる事がなかった。おまけに友達にのめり込んでいた。そして得た教訓は「人にのめり込むのは良くない」だった。しかし思い返して見ると、私はその友達自身にのめり込んだのではなかった。昔から何かを生み出す作家に憧れていた。だから何かを目指している人が大好きだった。その姿勢に嬉しくなり、応援をしたくなる。だが度を越したのめり込みは、相手にとってはかなり負担だ。私は人に目を向け楽をしたのだ。ただ単に、時間を潰していた。回り道はしたが気が付いただけでも良かったと思う。それからは、自分が何をやりたいのか見つける事にした。
はじめちゃんと私はよく似ていた。お互い自分の事だけを見つめていた。根本的な違いは努力し続ける人と、たまーに努力する人。そこで求める人と求められる人に道が分かれてしまう。私は昔の教訓も忘れ、彼に求めてばかりの人間になってしまった。
私は、はじめちゃんに彼の考える作家としての生きざまを求めた。
そして、それによって生み出した作品を求めた。
彼の作品を見ると切なくやるせなく孤独で
何かにモガイテいる彼の心が見えて来る。
それと同時に子供のように純粋で屈託がなく、
夢に生きている姿も見えてくる。死にかけて
4年間生き伸びたのは、この作品を残す為
だったのだと思う。「これが私の世界」と
彼のすべてが見えてくる。
彼は彼自身にのめり込んでいた。
だから自分が生きた証を残せたのだと思う。
彼は何時も求められることを望んでいた。
「求められるから遣り甲斐もある」
そう言って喜んでいた。
たまには私のグータラも役にたつ。
でもこれからはそうは行かない。
遅まきだけど、私も自分自身に
のめり込んでみようと思う。
何処まで何が出来るのか彼のように
のめり込んでみようと思う。
しかし元来サボりの私だ。また楽をして、
人にのめり込んでしまうかも。
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