

生まれて初めて手にした本が「あすなろ」とか「真実一路」「路傍の石」だったから、私の生き方のルーツは「自分に嘘をつかない」が定着してしまった。太宰治にのめり込んだのは自分自身を分析する面白さにハマった。武者小路実篤は討論の大切さを知った。横溝正史に行かず江戸川乱歩を選んだのは人の心を重視した内容に惹かれたからだ。
誰でもそうかもしれないが若い頃は、確固たる考え方が分からず毎日が壮絶だった。新しい哲学が、後から後から私の体に入り込んで来る。今思った事なのに1秒後には真逆の答えを出してしまう。「これだ!」なんて興奮しても明日はそれを乗り越えた回答に驚愕してしまう。
困った事に58歳にしても尚、それは続いている。だから私は何時も何処か頼りない。自分に自信がない。フニャフニャしている。おまけに人にのめり込む。「この人素晴らしいやん」と思ったら、その人に自分を知ってもらいたくなる。理性より感情を優先してしまう。何故なら感情に嘘はないからだ。「これから大人として理性を取るかこのまま突っ走るか」何時も悩んではみるが、結局「まっこれで行くかー」と自分に戻る。今はまだ自分を信じる事でしか自分を救えない。
自分の心に嘘をつかない毎日は、孤独を覚悟しなければならない。「しかし」とも思う。孤独は私にとって悪い事でもないかも。そこから生まれる何かは必ずあるはずだ。だってそこにはそれを選んだ自分がいるもの。
私にとって自分を見失うことが、一番最悪なのだから。
何時になったら優雅にのんびりと
「オホホ、そうですわねー」なんて言いながら
暮らしていけるんだろう。
きっとそれはズートズートーと先の
天国の物語なのかも知れない。
生きているから苦しいのだ。悲しいのだ
寂しいのだ。辛いのだ。
しかしこのネガティブな内容が
人間を優しく強く心深くするのだからーやっぱり
タダでは良い人なんかなれない。
良い人って苦しい事乗り越えた人のみ
なれるんだよなー。
良い人になりたい私はそれを選ぶしか
ないもんなー。
なんて事言っているが、周りの人にはそんな
私は大迷惑を掛けていると思う。
理性とは我慢だと思う。
大人って自分を取らず思いやりを取るから
我慢、我慢の連続だ。
何にも我慢できない私はやっぱり「一抜けたー」
の良いとこ取りだ。
人生は深い。
大人は偉い。
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