南妙法蓮華経

母は「働けど働けど、我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る」なんて、何処を探しても一滴の希望がない有名な俳句をよく口にしていた。母は生活の救いを宗教に求め、「生長の家」に入った。私はお腹が痛くなると母の膝に頭をのせた。母は何時もお経を上げながらお腹をさすってくれた。私はいつの間にか気持ちが良くなり、知らない間に眠っていた。

しばらくして母は親戚の人の進めで、否応なく創価学会に入信した。母は少し変わった。強くなった。愛する家族のために強くなった。私も母の勧めで説教を聞きに行くことになった。何か哲学的な事を勉強出来るのかと、少し期待した。先生と呼ばれた人は何と,よい大人がズラリと座っている前で、「朝は元気よくあいさつしましょう」なんて小学生の道徳を説教し出した。「いやいや、これは話のつかみだ」と自分に言い聞かせたが30分間道徳で終わった。私は驚くと言うより「馬鹿にしているのか!」と腹が立った。最後に皆で「南妙法蓮華経ー」と唱えるのだが、私はバカバカしくて黙っていた。すると、急にお腹が痛くなった。裸足で走って家に帰ったが、下痢が止まらなかった。恐るべき日蓮上人だ。

結婚した時、従兄弟が創価学会に入会を勧めにやってきた。学生時代の彼は颯爽としてカッコ良かったのに、宗教を進める彼が何だかこじんまりとした人間に見えて淋しくなった。一通り話は聞いたがどうしても腑に落ちない。彼曰く「困ってる人を助けるために勤行を上げる」と言う。訳が分からなかった。「私ならバイトして、困っている人にお金を上げる」と言った。座ったままで、唱えるだけだなんて、余りにも楽をしすぎだ。私には、それで人が救えるとはどうしても思えなかった。従兄弟はそれ以来我が家に訪れる事はなかった。従兄弟は、私自身に興味はなかったのだ。それって少し悲しい。

私は、宗教は哲学だと思っている。人はどんなに苦しい事が
あっても生きなければならない。哲学はポジティブに
生きるための「お悩み相談」ではないかと思う。

はじめちゃんの癌が再発した時
偶然、彼の実家から仏壇が届いた。
私達は「先祖が彼を助けにやってきた」と喜んだ。
人生は過酷だ。調子の良い事は起きなかった。

それでもはじめちゃんの居場所が出来た。聞くところに
よると、亡くなった人はお経が何よりの御馳走らしい。
私は無宗教だったので彼の実家のお経を唱えた。
読み進むと「畜生」と言う言葉が出てきた。
私は人間本位で、不平等なこの言葉が大嫌いだったので
すぐに、唱えるのを止めた。

母に電話をして日蓮上人のお題目を送ってもらった。
読んでみると嫌な言葉もなくスラスラ読めた。
若い頃、馬鹿にして読まなかったお経本。
「罰はあの下痢だけで、済んだのかしら?」

再び私の元に舞い戻った教本を手に
不思議なえにしを感じた。
空の上ではじめちゃんと、日蓮上人が
コーヒーを飲みながら「現世は大変じゃのー」
なんてお友達になっていたら良いのになー
なんて思った。

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