『キビの思いで日記』に戻る

2007年12月19日、タムムが悲しい顔をした。二人でネムの話をしていたら、何を思ったのかタムムが「キビちゃん、今すぐ死んではじめちゃんの所に、行くんか、残された皆と生きるんか、どっち取る?」と聞いてきた。甘えん坊の私は尽かさず「はじめちゃん!」と答えて何時ものように、大泣きした。感傷に浸っている私を後目に「フ〜ン・・そうなんや・・」と言って私の顔をマジマジ見ながら悲しい顔をした。そして「もう寝るわ」と言い残しビリンと、ヒナホとリャンリャンと、クリとタムとバオの待つベットに潜り込んだ。私は物で溢れかえった、自分の部屋に戻り、珍しくテレビも付けずに、模様替えの続きをした。タムムの悲しそうな顔が気になった。もし反対に私が、タムムに同じ質問して、タムムが「はじめちゃん」と答えたら私ならすぐに「何でー!私らには、愛情は無いのー!」っと怒り狂ったかも知れない。何んの文句も言わず悲しい気持ちのまま、眠れるタムムは、私よりズート大人だ。そんな反省をしながら、ネム
ハジメが付けてくれた棚や、ミシン糸を取り付けてくれた壁のネジを一本一本ドライバーで外していたら、急に涙が溢れ出た。その一本一本がネムとの、お別れの様な気がした。「もうそろそろ、一人立ちすんねんで」とネムに言われている様で悲しくなった。せっかちで注意力散漫の私はビックリする程、物をよく失す。ネムが亡くなった後「はじめちゃん見つけてー」とお願いしたら、あら不思議、ポンと見つかるようになった。その時も、ドライバーが何処かに行き、いくら探しても見つからない。「はじめちゃん居てたら10数えるうちに見つけて」とまた、言って10数えた。だが、10数えても見つからない。「なーんや、もう居てへんやん」と気落ちして手元のティシュをめくったら、
赤いドライバーが目の前にあった。
ネムが癌と分る少し前、3人で「アザーズ」のビデオを観た。
主人公は自分が亡くなっているのに気づかず
、自分の家で生前と、同じように暮らし、
同じように時が過ぎて行く中、徐々に、
自分を含めた家族全員が、死んでいた事を思い出して行く。
だが主人公はそのまま、皆でそこに住み続けて行く。
悲しくも、死後の世界の選択の自由を広げさせてくれた,
感動的な映画だった。
その時ネムに「はじめちゃんが死んだらあの世に行きたい?
それともこの世に残りたい?」と奇しくも、聞いた。
「ワシは、現世が面白いから、此処に残る」
ドライバーを見ながら、そう答えたネムを、私は思い出していた。
すると何だか,私はやっと、ネムの死を受け入れる事が出来た。
此処にはもう、ネムの気配は全くないが、あんなに生きるのを楽し
んでいたのだもの、違う空間でネムは私達の側に居る。
私やタムムや、リンゴや猫達が、この世で生きている限り、
ネムも一緒に私達が暮らす、この現実を、楽しむ事が出来るんだ。
私達の経験がネムの経験として、ネム自身も、体験する事が出来るんだ。
だから私達は、ネムの分まで生きるんだ。
悲しむ事はないんだ。心は時空を越え、何処までも繋がっている。
残された私達は、命の続く限り、精一杯生き、土産話をたくさん持って
先に旅立った、寝猫夢の仲間に逢いに行くんだ。
そして、皆で暖かな暖炉を囲んで、何時ものように明るく笑い
何時もの様に楽しく過ごし、何時ものように夢を語り
何時もと同じ、幸せに暮らせる日々が,きっと未来には待っているんだ。
NEXT
「キビの思いで日記」に戻る
