
高校時代の私は、最悪だった。家庭科の授業の時、当時流行っていたジュニア小説の真似をして、恋愛の何たるかも分らずエッチな物語を書いていた。何故なら親友が喜ぶからだ。私達の中では冗談だと分っているので、段々エスカレートしてのめり込んで行った。一番前で書いているのだから見つからない訳はない。案の定見つかり、慌てた私は書いた紙を飲み込もうとした。先生は優しく「提出したら許してあげます」と言ったので「誰にも見せへん?」と聞くと「私だけが見る」と答えた。その次の日、何時ものようにダラダラ、ボール拾いをしていると顧問が「お前は練習するより、寺で修行をして来い」と言って「お前の評判は最悪だぞ」と言った。家庭科の先生が私の書いた不埒な小説を、職員室で公開したそうだ。
それでも、毎日の部活で疲れていたので何時の間にか忘れていた。それからしばらくして、早朝練習が終わり、授業の始まる少し前、何時ものように早弁を数人の部員と食べていた。すると血相を変えた生活指導の先生が
「何してるんだ!」と、お弁当を食べていたのを諌めた。まだ口の中で、モゴモゴしているのだから、私達は素直に謝ろうとしたら、キャプテンの威厳を保ちたかったのか、親友は「食べていません!」と言い張った。
驚いた先生はキャプテンをなじった。すると部員の一人
が緊張の余りヒクヒク泣いて、ヒクヒク声があまりにも
続き段々大きくなるので、私は笑いのつぼを抑えられ
我慢が出来ず、大声で笑ってしまった。一辺して私の評判は
以前に増して悪くなった.
国語の時間「夕鶴」を読んだ感想を聞かれたので単純な私は
「女は男次第だと思います」と得意げに言った。
純粋無垢な私が、不良のレッテルを確実なものとした
瞬間だった。しかし当の本人は自分の心のしんどさで
人からどう思われているのか、までは頭がまわらなかった。
そんな時、家庭科の先生が学校を辞める事になり
私達に「今までの感想文を書いて下さい」と言った。
私は大きな字で「うそつき」と書いた。私は約束を
破った先生が許せなかった。
でも先生は傷付いただろうなぁー。
子供は平気で大人を傷付ける。でも大人は子供を
受け止める大きさを持っているから、子供のうちは
甘えるだけ甘えて、いけない所は思い切り叱られて
「ゴメンなさい」を言えばいいのだと思う。
56歳は大人も大人、堂々とした大人だが、私の
56歳はまだまだ子供が続いている。

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