

Kobenicyanは、はじめちゃんが運んで来た素敵な女の人。私と同じ火星人マイナス、同じB型で、同じ歳のウサギ。唯一つ違うのは星座だけ。Kobenicyanは頭の良い4月生まれの牡羊座。私はアバウトなみずがめ座。Kobenicyanは友禅の染織を30年続けて、京都の品評会に参加する腕の良い職人さん。昔は職人と芸術家の堺がなかったのが、Kobenicyanを見ているとよく分かる。私から見るKobenicyanはまさに芸術家。お父様は写真家でお母様は歌人。そして弟さんは陶芸家。ルーツはしっかりしている。なのにKobenicyanは「私なんか」と何時も言う。でもそこが大好き。上を見ている人は皆そう言う。そんな人は明日が楽しみだ。
何故Kobenicyanがはじめちゃんと結びつくのか、5つの不思議なお話が始まる。
1つ目の不思議は、猫の雑誌にKobenicyanの展覧会の紹介が載っていて、その同じページに、ネムハジメの絵本が紹介されていた事。
2つ目の不思議はKobenicyanが我が家のギャラリーを訪ねてくれた時の事。何時もならペラペラ喋る私に「キビちゃんが出ると人形の値打ちが下がる」と言うタムムちゃんの意見を守り、私は顔を出さない。なのにその日は、タムムちゃんが外に出た隙に「いらっしゃいませー」なんて言ってKobenicyannを迎えた。どうしてなのか分からないが『逢いたい』と強く思った。その時確か私は、はじめちゃんの部屋にいてた。
3つ目の不思議はKobenicyanがお土産にくれた金平糖。
金平糖は、はじめちゃんの大好物で、何時も買い置きをしていた。ケーキとかガムとかチョコレートなら、不思議には思わない。金平糖?「何ではじめちゃんは金平糖が好きなの?」と不思議だった。またこのKobenicyanがくれた金平糖が、もう一つの不思議な物語を生んだ。それはKobenicyanが帰った後の出来事。
キナコの生まれ変わりの、ヒナホママが子供を産んだ。
名前を私達と同じ、ネム、タム、キビ、と名付けた。
「名は体を表す」ネムと付けた幼い子猫が、わずか1歳で亡くなった。ネムちゃんは行方不明になって1週間後、ドロドロの姿でタムムちゃんの前に現れた。タムムちゃんがネムちゃんの泥を洗い流しているとネムちゃんの口から、鼻から、耳から、ウジ虫が出てきた。ネムちゃんはもうすでに死んでいたのだ。「どうして草むらから姿を現せたんだろう」タムムちゃんは不思議だった。震える手でバスタオルを取りネムちゃんを拭こうとした時、コロコロっとバスタオルの中からKobenicyanがくれた金平糖が一粒、ネムちゃんの背中に転がって来た。
タムムちゃんはすべて納得した。
「僕が連れて行くから、悲しまなくても大丈夫」
タムムちゃんはネムハジメがそう言ったと、
何も知らないで眠っていた私に一部始終を報告した。
私は「だから金平糖なのか」と思った。
他のお菓子だったらこんな物語は生まれない。
4つ目の不思議は私の長年の友達の関係をKobenicyanの
深い愛で修復してくれた事。私は思い込みが激しく人の
意見を聞かない所がある。Kobenicyanはそんな私を
辛抱強く説得してくれた。美しい空気が流れたのか
淀んだ心が綺麗になった。
それはきっと、はじめちゃんのメッセージのような気がした。
5つ目の不思議は私達がこの那須に引っ越しをしたその日
Kobenicyanは最愛の弟さんの最期を看取るため、
京都から那須に帰郷した。Kobenicyanの弟さんは
これからを生きていた、前途ある芸術家だった。
「心の綺麗な弟だった」とKobenicyanは何時も悲しく言っていた。
何だかはじめちゃんとだぶる。何か共通なものを感じる。
私達の眼に見えない所で何かが動いている気がする。
私が生まれる前から、こんなシナリオが出来ていたような気がする。
だからKobenicyanは、はじめちゃんが運んできた
私とタムムちゃんへのプレゼントなんだと今も信じて疑わない。
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