
昔の雑誌には「コーヒータイム」なんてコーナーがよくあって、喫茶店好きの私はその響きを聞くだけで、このダラケた感じが何ともいえずウットリしていた。私達の時代「喫茶店」は大人になってから行くものだと教えられていたから、よけい好奇心が湧いたのかもしれない。そう言えば西田佐知子さんが唄った「コーヒー・ルンバ」
昔アラブの偉いお坊さんが、
恋を忘れた哀れな男にしびれるような
香りいっぱいの、コハク色した飲み物を
教えて上げました・・・・・
何か懐かしい。貧乏になるまで私は「もういいやん」と言うほど喫茶店に行っていた。タムムちゃんは喫茶店が合わないのか、同居始めはほとんどお留守番していた記憶がある。はじめちゃんには「喫茶店」はなくては、ならないものだった。どんなに忙しくても、1日1回は行って漫画のアイデアを練っていた。私はその側で漫画の本をいっぱい買いこみ、少女漫画の世界に入り込んでいた。大阪から名張に移り住んだ時、締切ギリギリに仕上げる原稿をその日に間に合うよう、2年間ぐらい名張から新大阪まで朝一番の電車に乗っていた。当時は宅急便なんて便利なものがなくて、新幹線便を利用していたからだ。彼は月20本の連載を1度も落とす事はなく、最後まで自分の責任を果たしていた。今から考えても「立派」以外に言葉は見つからない。無事、原稿を届けた帰りのたのしみは「今日は何処のモーニングサービスにしょうかしら」だった。本を読んだり、スケッチをしたり、編み物をしたりと、たわいのない事なのに何故あんなに嬉しかったのかしら。買い物や映画館に、一人で行く心地よさに良く似ているかも知れない。淋しがり屋なのにおかしな話だ。枝雀さんの愛した「緊張と緩和」なのかも。喫茶店で言えば、コーヒー代を払って人さまの作った場所に身を置くと言う緊張と、自分の世界に入ると言う緩和が何といえないバランスを保ち居心地が良いのかも。だから私は会社に勤めたり、バイトに行ったりしている仕事時間に、合間を見つけ自分のやりたい事に、目を向けていたのかも知れない。なんて言い訳がましいが唯のサボりなだけだ。その証拠に家に帰ると、寝たいだけ寝て、起きたいだけ起きて緊張感のない緩和三昧の毎日が続く。だから今がこうなんだと、つくづく思い知らされる。しかし明日をも知れない毎日は緊張なので、それはそれで人生はうまく行っているもんだ。はじめちゃんと結婚をしょうと
決めて彼の実家に行った時、
私と彼の両親でものすごいバトル
が始まり「こんな頼りない人とは
結婚しない」なんて彼の親に
宣言した私はプンプン顔で、
駅の近くの喫茶店で電車を待っていた。
何もかも腹が立って、
腹が立って泣いている
私に彼がハンカチを投げた。
するとそのハンカチがパタパタと
羽が生えたように、宙を舞って
フワリと私の頭の上に落ちてきた。
私は笑いのつぼにハマった。
ゲラゲラ二人で笑い合い、
私達は何事もなかったかのように
一緒に暮らした。その時喫茶店に
入らなかったらはじめちゃんとは
「さよなら」したかも知れない。
冷めたコーヒーはどうしたのかしら。
飲まずに電車に乗ったのかしら。
アーなんて勿体ない事をしたんだろう。
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