自分探しU


母の口癖が体に浸みたのか ≪自分探し=一生の仕事≫ と言う図式が何時の間のか
私の頭の中に出来上がっていた。

会社に勤めながら漫画教室に通っていた私は、似顔絵ブームが到来し、そこの事務所に似顔絵要員で雇われた。先生の描く漫画を尊敬していた私は「これって夢かしら」なんて小踊りした。似顔絵の仕事は、夜か休日なので、その他の時間は事務所で仕事をしていた。そそっかしい私はそこでも相変わらず、失敗ばかりしていた。先生がイラストを描き終わり、それを「保管して下さい」と私に渡した。私はその原稿をクシャクシャに丸めて勢いよくゴミ箱にほかした。そう、私は聞き間違いをしたのだ。カッターの刃を替えようと、机に刃を支え、力の限り押したら刃が猛スピードで、遠くにいる先生の顔を横切った。新築のマンションに事務所を移転したその日、新品の絨毯に墨をこぼした。原稿を届けた帰りは、本屋や喫茶店で道草をし、掃除をすると何もかも一緒くたに机の中に放り込んだ。「あれはどこだ、これはどこだ」と何時も先生は困っていた。私は優しい先生が大好きだったが、先生は同じ事務所に勤める身内を大事にしていた。私は何だか悲しかった。1年が過ぎた頃、はじめちゃんとの結婚を機に私は事務所を辞めた。

結婚しても似顔絵の仕事は続けたが、徐々に仕事が回って来なくなった。バイトを始めた。夜6時から10時まで、レストランでレジをやったり、ウエイトレスをやったり、お皿を洗ったりした。此処は色んな人間模様が見えて面白かった。時間帯ですれ違う先輩がとっても気さくで、気前が良く何処かに遊びに行くと必ずお土産を買ってきてくれた。ある日、レジの交替でその人が帰った後、私のお財布から1万円が失くなっていた。疑いたくはなかったが、その人しかお金を取る事は出来なかった。現場を見なくて良かったと思った。それからもその人は良い人で、私はその人を嫌いになれなかった。自転車で通っていたある晩、交通事故に遭った。全治1か月、私はバイトを辞めた。それからの2ヶ月間はひどかった。1日中布団にもぐり込み、グウタラ人生が開始した。しばらくして、私は毎日恐ろしい金縛りに、悩まされた。最後には、とうとう、はじめちゃんの生き霊が出てきた。充血した目を見開き鬼のような形相で、布団に入っている私を覗きこんできた。さすがに私は反省した。そして面接に行く決心をした。この容姿でこの頭脳。20歳をとうに過ぎ、28歳になった私に世間は冷たかった。

今で言う派遣会社で、ホテルの交換台を紹介され、私はやっと採用された。夜勤のある女性ばかりの職場は、そこの室長の席を巡って勢力争いがあり、とても怖かった。私は室長も好きだし、対抗する人も好きでどちらかに付く事が出来なかった。周りの先輩達は両方にいい顔をする私に、ツンツンしたり、無視したり、とにかく冷たかった。私はそんな職場が嫌だったが室長や上の人が良い人だったので「辞めます」なんて言えなかった。そんなある日、夜勤があり、一人になった私はフロントの人の横柄な言葉使いに切れ、その場で大喧嘩した。「あなたみたいな人の下では勤めたくないので辞めます」と啖呵をきった。あくる日、私の株は一気に上がった。あんなに知らん顔していた先輩達は「良く言った」と褒めてくれ「辞めることはないわ」なんて嬉しい言葉を掛けてくれた。『なんや皆良い人やん』なんて思ったが、この優しさが続くとは思えなかった。私はこのチャンスを逃す事なく次の日、2ヶ月間お世話になった会社を、綺麗に辞め事が出来た。そして再び前に勤めたレストランに、舞い戻った。1年後、ホテルの室長から電話があり「また一緒に働かない」と私を覚えてくれていて、とっても嬉しかった。
2度目に入った職場は顔ぶれがガラリと変わっていた。怖い先輩もおらず
ポーっとしたタムムちゃんが交換台に座っていた。タムムちゃんは上靴の
後ろを踏んで、ニコリともしない無愛想な女の子だった。怖い先輩の居ない
職場は私にとっては天下で、皆の前で同僚の物まねをやったり1日中
はじめちゃんのノロケ話を皆に聞いてもらったりしていた。夜勤に
なると両手に紙袋を下げ人形作りにいそしんだ。3年後「時間を気にし
ないで図書館に通いたい」と思うようになり楽しい職場を後にした。

その頃、はじめちゃんは漫画のデザイン事務所を辞め、少しずつだが
連載を描いていた。私は彼から幼児向けのカットの仕事を引き継いだ。

長い長い、外での仕事は終わり、私は誰にも頼れない実力の世界に
突入した。理想論をブチまき息巻いていた私は
リンゴひとつ綺麗に描けない、自分の力のなさに愕然とした。
図書館に通い資料を集めスケッチブックに絵を描いて描いて
描きまくった。それでも絵は上手く描けない。絵は難しい。

はじめちゃんは何時からスタートして此処まで来れたのだろう。彼は死ぬまで
寝転びもせず、何時も机に向いモクモク絵を描いていた。そんな人に追いつける
訳はない。

だけど、少しでも近づきたい。
少しでも頑張りたい。
少しでも褒めてもらいたい。

私もはじめちゃんと同じ、漫画家を目指した。(続く)


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