ホーム>ゴッホの考えた「三幅対」とは?>壷のひまわり(2)>返事が来ました!
損保ジャパン美術館から、返事が来ました。下記に、その内容を掲載します。
お早うございます。 先般から損保ジャパン東郷青児美術館 宛お問い合せいただいております件 美術館学芸部より以下のとおり回答をいただいておりますのでご連絡させていただ きます。 なお、ご不明な点等ございましたらお知らせいただきますようお願い申し上げま す。 <お問い合わせ内容> 9月20日から行われる、『ゴッホと花』展の「三幅対」について 以下美術館からの回答の内容をお知らせします。長文となっておりますがご了解下 さい。 1.「三幅対」を構成する《ひまわり》について 1889年5月22日付けの書簡(592)に描かれたスケッチの形態に従えば、ご指摘の とおり、「三幅対」の向かって右には背景がブルーの《ひまわり》(ミュンヘ ン、ノイエ・ピナコテーク;フィラデルフィア美術館)、向かって左には背景が 黄色い《ひまわり》(ロンドン、ナショナル・ギャラリー;損保ジャパン東郷青 児美術館;アムステルダム、ファン・ゴッホ美術館)を配置する方法が、ファ ン・ゴッホの意図と考えられます。 ところで9月から開催される「ゴッホと花」展の企画経緯からご説明申し上げま すと、「ゴッホと花」展は、2001年〜2002年にシカゴ美術館とアムステルダム、 ファン・ゴッホ美術館で開催された「ゴッホとゴーギャン:南のアトリエ展」が 母体となっております。(既にご承知のこととは思いますが、この展覧会に弊美 術館の《ひまわり》が出品されています。)このシカゴとアムステルダムの展覧 会が企画される段階において、やはり、ファン・ゴッホが書簡592で説明している 「三幅対」の再現が望まれていました。 シカゴ美術館とファン・ゴッホ美術館は、ノイエ・ピナコテークとフィラデル フィア美術館に展覧会の出品を依頼しております。しかし、作品状態が悪化して いるため、作品が空輸を含む長期の輸送には耐えられないこと、そして、フィラ デルフィア美術館の《ひまわり》の場合は、寄贈者のご遺族の意向で、館外貸出 しを控えている為、ブルーの背景の《ひまわり》が2点とも、借用が不可能であっ たと伺っております。 「ゴッホとゴーギャン:南のアトリエ」展のシカゴ会場では弊美術館とファ ン・ゴッホ美術館の《ひまわり》、2点の黄色い背景の《ひまわり》が出品されま した。 ご指摘のとおり、ファン・ゴッホは1889年1月30日の手紙の中で、「ルーランが 来たとき、ぼくはちょうどひまわりの複製を仕上げたところだったので、4点の花 束の絵の間にある、2点の《揺り籠を揺する女》を見せてやった」(書簡575)と 説明しています。また、それ以前の1月28日の書簡(574)では、「ぼくは頭の中 でこういう作品(《揺り籠を揺する女》)を《ひまわり》の絵の間においてみ る、そうすると《ひまわり》は同じ大きさの燭台か枝付き燭台となり、全体は 従って7ないし9の絵で構成されることになる。」とも述べています。こういっ た記述から《ひまわり》と《揺り籠を揺する女》を、「3」という形に限らず、何 らかの形で組み合わせ、ひとつの作品として完成させることは、ファン・ゴッホ の意図であったと考えられます。ファン・ゴッホが本来意図した「三幅対」はブ ルーの背景の《ひまわり》が出品されないため、実現は不可能となってしまいま したが、シカゴ会場では、《ひまわり》と《揺り籠を揺する女》を組み合わせた ファン・ゴッホの意図を、出来る範囲で実現させようと、向かって右から損保 ジャパン東郷青児美術館の《ひまわり》、中央にシカゴ美術館の《揺り籠を揺す る女》、左にファン・ゴッホ美術館の《ひまわり》を配した「三幅対」を展示し たそうです。ちなみに、アムステルダム会場では上記の2点に加えてロンドン、ナ ショナル・ギャラリーの黄色い背景《ひまわり》が出品され、3点の《ひまわり》 がそろいました。(ナショナル・ギャラリーの《ひまわり》は、作品状態の悪化 から、保全を考慮して、輸送時間が短いアムステルダム会場のみ、貸し出しが許 可されました。)アムステルダム会場では、3点の《ひまわり》を一列に展示し た隣に3点の《揺り籠を揺する女》を展示していました。 この度、弊美術館で開催する「ゴッホと花」展は、シカゴ美術館とファン・ ゴッホ美術館のご厚意で、《揺り籠を揺する女》と《ひまわり》を9月から12月と いう長期にわたってお貸し下さる、というお申し出に応える形で企画が開始いた しました。ご承知のように、テロ等昨今の情勢から、近年では特にファン・ゴッ ホのような貴重な作品を海外からお借りすることが難しくなっています。このよ うな状況の中、シカゴ美術館とファン・ゴッホ美術館、いずれの美術館に取って も大事な作品をお借り出来ることに感謝し、その機会を最大限に生かすべき、と 私共は考えました。ブルーの背景の《ひまわり》は上で述べました理由のため、 今回の展覧会への出品は不可能です。たとえば、ブルーの背景の《ひまわり》の レプリカを作成し、ファン・ゴッホの本来の「三幅対」を実現させる、という手 段もあります。しかし、ご承知のとおり、それでは作品の持つ力は伝わりませ ん。本来のファン・ゴッホの意図ではないかも知れませんが、出来る限り「こう いう作品(《揺り籠を揺する女》)を《ひまわり》の絵の間においてみる」形に 出来る限り近づけようと、シカゴ美術館で展示された「三幅対」の展示方法を、 本展覧会で採用させていただくことになりました。 2.「三幅対」の実現時期について ご指摘いただきましたように、ファン・ゴッホは「ルーランが来たとき、ぼくは ちょうどひまわりの複製を仕上げたところだったので、4点の花束の絵の間にあ る、2点の《揺り籠を揺する女》を見せてやった」(書簡575)と弟のテオに説明 しています。この時点でご指摘のように「三幅対」が実現していたのかも知れま せん。また、アルルから送られたファン・ゴッホの作品を受け取った弟のテオ が、自分のアパルトマンで「三幅対」を実現させていた可能性があります。ま た、書簡の574で「全体は従って7ないし9の絵で構成」と説明していることか ら、ルーランに見せた並べ方が、オリジナル、レプリカも含めて全て一列に並べ た可能性も残されています。その並べ方や数については、研究者の意見も様々な ようです。 弊美術館では、なるべく確実な文献資料にのっとり、中立な立場を取る意味 で、スケッチつきで、額の色や形を指定し、組み合わせによって生まれる効果や 作品の意味を説明した、1889年5月の書簡を《揺り籠を揺する女》と《ひまわり》 のコンビネーションがファン・ゴッホの頭の中で「三幅対」として結実した時点 とみなし、それ以降、公の展覧会では「三幅対」が実際に展示されていないこ と、本展覧会以前には「ゴッホとゴーギャン:南のアトリエ展」でのみ実現して いることから、「日本では初めて」と説明させていただいております。 ご指摘いただいた「夢にみた」というフレーズは、キャッチコピーとして作成 したもので、誇張があり、誤解を招き易いものだったかも知れません。 以上 |
文章に言い訳めいたものがありますが、返事全般の内容としては、十分評価に値すると、私は判断しました(損保の保険は継続することにしました)。その上で、再度メールを送り、会期期間中に『三幅対』について、訂正の文章を出したらどうか?、というメールを出しました。「そこまでしなくても・・・」と思われるかもしれませんが、一部の人が知っただけでは、本当はよくありません。訂正を出した方が美術館の名誉を守ることにつながるということ、さらに、ゴッホをより理解することのつながると判断したからです。そういうことで、また、返事を待っています。しつこいかな〜。
あれから、話は展開しました。続きをお読みください。