Pitch-dark
まっくら
ゾロが常連で通ってた定食屋で、新入りバイトのサンジに一目惚れして、はや一ヶ月。
仕事の上がり時刻に待ち伏せして
「好きだ」
と告ッたのは、出会って一週間目だった。ちんたらするのはゾロの性に合わなかった。
夜分遅くの道端で目をぱちくりさせたサンジは、じわじわと頬を薔薇色に染め、やがて嬉しそうに目を輝かせ、そしてゾロの予想とは大きく異なる行動に出た。
「お、お、お、オレもだーーーーーー!!」
近隣の住宅の飼い犬がいっせいに吠え出すほど、凄い絶叫だった。正直言って、ゾロもびびった。内心ちょっと思ってたのと違う展開になりそうで後悔しかけたが、ゾロはサンジを非常に気に入っていたので、その日から二人のおつきあいがスタートした。
しかしおつきあいと言っても大学生のゾロとフリーターのサンジでは案外時間の都合が合わないもので、ゾロが店に夕飯を食いにきて、カウンター越しにサンジと一言二言話して、帰る、というだけの関係がその後3週間ほども続いてしまった。店が忙しければ、会話を交わすことすらない。
仕事が終わったあとに誘えば良いようなものだが、夜は居酒屋になるその店の終業の時刻が深夜で、そんな時間になれば誘う場所は必然的にどちらかの部屋ぐらいしか無く、最初のデートでいきなり深夜の部屋、というのもどうだろうと気が引けた。これまで関係のあった女からの情報で、いきなり下心を持って部屋に誘うのは「ホンキのおつきあい」の場合「ありえない」ことなのだとゾロは認識していた。
せっかくおつきあいが上手くいきかけてる矢先に、ホンキじゃない、とサンジに思われるのは頂けなかった。まだ出会って間も無いが、彼が相当なロマンチストで、ホンキとか遊びとかに線をひいて、割とこだわったりする性質なのだと知っていた。
一度だけ、うまいこと人目を盗んでレジの影でキスをしたが、本当にそれっきりで。
そんなわけで公共の場での僅かな会話だけで我慢しながら1ヶ月目。
シビレが切れたのは、サンジのほうが先だった。
たまたまその日は諸用あって、ゾロが店を訪れたのが閉店間際だった。このくらいの時刻になれば店内もすいている。
いつもみたいに、仕事しながらひょこひょこサンジがこっちを見てるので、いつ話し掛けてくるんだろうかと思っていたのに、ちっとも近寄って来ない。
あんまり店の客と話し込んだりしたら店長に叱られるのかもな。
ゾロはそう思ってあまり気にしていなかった。
ところが。
ゾロが店を出て、自宅に向かって歩き始めると、背後で「どんがらがっしゃん」としか表現しようとない物音がして、店からエプロン姿のままのサンジが飛び出してきた。
そして電柱の影とかに隠れながら、ゾロについてくる。
なんだありゃ……
何でオレが尾行されてんだ。
とんでもねえ奴と交際を始めてしまった、と不安が胸を過ぎらないでもなかったが、いきなりくるりと振り向いてサンジの方を向き直ると。
「わ!」
と、慌てて物陰に隠れる、しかもでかい図体が物陰から半分以上はみでているサンジをみると
(ちくしょう、すげえかわいい)
やっぱりムラムラしてしまうのだった。
自分の好みが相当偏っていることに、何も19になってから気付かなくても良さそうなものだが、こればっかりはもう仕方がねえ、と思い、ゾロはサンジに自宅まで着いてこさせることにした。サンジがそれでいいなら、とっくにそうしてるハズだったのだ。
そんなこんなで、今、サンジはゾロの部屋で上機嫌に手料理を作っている。
ついさっき店でメシを食ってるとこをあいつは見てなかったんだろうか、見てないわけはないんだが、と思いながらも、思う相手に手料理を作ったりするのはけっこんしてもいいくらい好きっていう意味なのだとゾロは女から聞かされていたので、まんざらでもなく、くるくる働くサンジの後ろ姿を眺めていた。
本当にサンジはよく働く。
一生懸命なその様子と、表情豊かに感情をあらわすところなんかがゾロはとても気に入っている。
だが、サンジは一体自分のどこが気に入って「オレも好きだ」なんて言ってくれたんだろう。
(風呂でも入って、ちったあハラ減らしとくか)
そう考えてゾロはサンジに声を掛けた。
「おい、すまねえがオレぁ風呂入ってくっから」
「え、風呂?」
振り向いたサンジが、何故かポッと赤くなった。
「……?」
不審に思ったが、とりあえず今は風呂場に向かうことにした。
ゾロの部屋はサンジが思っていたよりは、広かった。
木造モルタルのアパートで酷く旧式だが、そのおかげか部屋が2つもある。そのかわりにリビングが無く、狭い台所のすぐ後ろが畳敷きの居室になってしまっている。台所から遠い方の一室をゾロは寝室にしているようだ。
先輩から貰ったのだという、今時ちょっと見かけないような、上にアンテナが載っちゃってる小型のテレビを見ていたゾロが、突然起き上がり
「風呂入ってくっから」
と言った。
「え、風呂?」
料理を作りながら盗み見ていたキモいくらい逞しい背中が、のっそり動く。
台所と直結している風呂場の扉を開けながら、ゾロはバサバサ服を脱ぐ。脱衣所なんかない。どうやら風呂場に洗濯機が置いてあるらしい。どこからどこまでも今時ありえない。靴下を脱ぎ、シャツを脱ぎ、ジーンズのチャックに手をかけたところで、扉がパタンと閉じられた。
「………クソッ」
おたまでぐりぐり鍋をかき混ぜながらサンジは思った。
(あいつ、やっぱイイ身体してるぜー)
サンジは結構カラダ目当てだった。
グラタン皿にあれこれ野菜を入れて、オーブントースターのスイッチを入れた時、突然、ふっと明かりが消えた。
停電だ。
辺りはまっくら闇になった。今まで室内が明るかったせいか、急な暗転に手許も見えない。
(お、おちつけ、オレ。とりあえずコンロの火を点ければ手許ぐらいは見えるだろ)
そう思って手探りでコンロを探そうとすると、まず真っ先に手に触れたのは、ドアノブのような取っ手だった。というか、ドアノブでほぼ間違いなかった。この間取りでこの位置にあるドアノブと言えば、風呂場の戸しかない。
(ヨシ……)
サンジは心の中で決意した。
(チャンス到来)
思い切って、その扉が開かれた。
「ゾロォーーーッ!!」
「おあッ!なんだ、てめえか、なんだよ」
ばしゃん、と水音がした。ゾロが驚いて身じろいだのだろう。
ずかずかずかとサンジが風呂場へ侵入してくる。
そして男らしく言い切った。
「怖ェ!」
「……は?」
ゾロは正直言ってちょっと寝ていたので状況についていけてなかった。
ゾロがついてきていないので、仕方なくサンジは状況を説明することにした。
「停電!まっくらだぜおい!」
「ああ……何か消えたな、電気」
「だろ?!」
浴室は蒸気がこもって息苦しいくらいだった。
入ってすぐ左手に洗濯機があるのが手探りで分かった。
ゾロの声のする方向からすると、洗濯機の先が浴槽のようだ。ほんの1、2歩の距離だ。
ちゃぷん、と水音がする。
手探りでゾロを探して擦り寄って、サンジは
「どうしよ、どのくらいで点くかな、電気」
不安そうに言った。その声は不安そうではあったが、抑えきれない嬉しそうな感じも滲み出ていた。まるで台風が来るとやけにはしゃぐ子供のようだった。
「あー、すぐじゃねえの?」
ゾロは大した感慨も無さそうに答える。
「おら、もう濡れっから向こう行け」
ざば、と水音がする。
見えないが、きっとゾロが「向こう行け」と言いながら、向こう行け、と追い払うようなジェスチャーをしたのだろう。
「…………クソッ、このアホが」
停電中なのに、恋人を追い払うなんて、サンジには信じられなかった。
こんな非常時に。
こんな非常な好機に。
つきあいだしてまだ間もないが、ゾロのアホなところをまた一つ知ってしまった、と思った。ちなみにこれまでに知ったゾロのアホなところは地図が読めないところや電車の路線図が読めないところや店のメニューにのってる「鯖」という字が読めないところ等だ。
「ん?なんか言ったか、聞こえなかった」
「いや何でもねえ……なあ、ゾロォ……」
ぎゅう、とサンジは浴槽の上へ身を乗り出してゾロに触れる。
お互いの顔も見えないほど真っ暗だった。
タイミング良く、外で犬がワンワンとか吼えた。
「お、何だありゃ、何だありゃ、こえー」
「何って……犬だろ、どっかの」
「こえーよ、ゾロ、オレ、凄ェこえーよ、もう部屋戻れねえ」
「…………」
「……まっくらだし」
ぎゅうぎゅう、とサンジはゾロにしがみつく。
服の袖は湯につかり、どんどん重たくなっていった。
「…………あんなあ」
「ん?なんだ?オレはもう怖くて部屋戻りたくねえからな」
「分かったよ」
「え?」
「ヤりてえんだな」
ざばッ、と水面が揺らいで、ゾロの腕がサンジの襟首を引っ掴む、
引き寄せられた腕の中は、暖かな湯に濡れていた。
「……うん、ヤりてえ」
サンジは素直に答えた。
ゾロが「ぶっ」と噴出した。
「すげえ、てめえ、面白ェな」
しかも最初が風呂場かよ、と言いながら、あっという間に湯船の中にサンジを引き込む。
ズボンの革のベルトがまず最初に外されて、放り出された。
靴下も、ズボンも、力任せに脱がされながら、いつの間にかキスされていた。
(すげえ……)
と、サンジは思った。
(こいつ、床上手っぽい)
本当に、割とどこまでもカラダ目当てなのだった。
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(後編へ)
うちのサンジはほんとに・・・・・。