突然アルバイトをしたいとアホパソコンが言い出したので、オレは面食らった。
「はぁ?パソコンがバイトだ?」
「そう!」
「…冗談は休み休み言え」
アホなことばっか言い出しやがって、と思いながら締め切り期限ギリギリのレポートの続きに戻る。ここんとこレポートだの演習の発表だのが続いて、とんでもなく忙しい。
誰だ、大学生は暇だなんて言ってたやつは、と誰に向けるともない怒りが湧いてきたりするが、どうしようもない。
「冗談じゃねーよ、これ見ろ!」
力強く息巻いて、金髪がテーブルの上にチラシを置いた。
「近所のスーパーの総菜屋なんだけど、今、アルバイト募集してんだよ」
「パソコンなんか雇ってくれるのか?」
「雇ってくれるって、下に書いてあんだろ!」
金髪が指差した先を目で追う。
『パソコン可。スペック制限あり。時給380ベリーより(保険代別)』
「安っ!!!」
なんだ、この時給は!380ベリー?!
オレが普段してる夜間の交通整理の時給は1500べりーだ。ということは、金髪が約4時間働いてやっとオレの1時間のバイト代、という計算になる。
「…やってられねーな」
「ダメか?昼間、家事終わった後時間あるし、お前がオレを使わない時間ならいいだろ?」
まあ、金髪を講議に連れていってもノートは取れないし、いつフリーズして便所行きになるかもわからない。ここのところ、ずっとアパートにいるだけではある。
これじゃ何のためにパソコンを買ったんだか分からないが、それはそれでもういいか、という気分になりはじめている。今更こいつが居なくなるなんて考えられねえし……
そこまで考えてオレは少し慌てた。
情が湧くってやつだろうかと思った。
こいつが人間のかっこしてるから駄目なんだ。面白い性格してやがるし、全然オレの思い通りになんねえし、パソコンてのはみんなこうなのか?
みんながみんな、こうじゃないのかも知れないが、オレはこいつしか知らない。
近頃では、こいつと話したりするのも違和感なくなってきた。
多分、まるで、普通の人間と同じようにこいつのことを考えてる。
だが、パソコンが自主的にバイトしたりするなんて思わなかった。
なんでこいつはバイトしたいなんて言い出したんだろうか。それを知りたかったので、尋ねてみた。
「アルバイトしてどーすんだよ?」
「え?」
「なんか欲しいモンでもあるのかよ?」
そうオレが聞くと、金髪は一瞬困った顔をした。
一体どうしたんだ。
弱った顔をしたあと、しどろもどろに金髪はこう答えた。
「この前、オレの事役立たずって言っただろ。漢字知らないとかなんとか。だから、辞書ソフトとかパーツとかいろいろ買って、役立たずじゃねーとこ見せてやろうと思ったんだよ」
「……別にノートは自分で取るからいい」
「あと、食費の足しにしてもっと旨いもの食わせてやろうかと……」
ぽつりぽつりと金髪が話す。なんだか必死のようだ。
「そんなにバイトがしたいのか?」
「したい!」
「…………」
ぶんぶんと頭を振る金髪に、どうしたもんかと考えていると玄関の戸が叩かれ、ウソップがやってきた。
「よ〜、ゾロ!ちょっとシャーペンの芯くれねぇ?買い置きすんの忘れてさ」
「お、てめェか、ちょうど良かった」
オレはひとまず目の前にあったシャーペンの芯をウソップにケースごと投げた。
「なんだよ。オレに用があったのか?」
ウソップはケースを受け取りながら部屋に入ってきた。
「こいつが、バイトしたいって言い出して……」
「へー、サンジが?」
「パソコンってバイトすんのか?」
「ああ、するやつもいるけど、雇ってくれるとこ少ないぜ?」
ウソップはテーブルの上のチラシを見つけた。
「へぇ、時給380ベリーね。まあまあじゃねーの?」
「380ベリーで?!」
「パソコンの時給は大体330ベリーが相場だからな」
…そうか、そんなもんなのか。
あと、相場が存在するということは、パソコンがバイトするのも、そんなにおかしなことじゃないわけか。
「なー、いいだろ?」
金髪が身を乗り出して言った。
「……まあ、いいけどよ……」
「おし!決まりだな!じゃあ、誓約書にサイン書いてくれよ!」
うちのアホパソコンは嬉々としてウソップの手からチラシを奪い取ると、裏返してオレの前に置いた。
チラシの裏は半分が履歴書になっていて、もう半分がパソコン使用承諾書になっていた。
履歴書欄はすでに金髪の丸い文字で記入済みだった。周到な準備に驚いた。
「すげー丸文字フォント使ってんなぁ……」
金髪の手許を覗き込んでいたウソップが、呆れて呟いた。
「もうちょっと頭よさそうなフォントにすりゃいいのに」
「フォン…?」
「サンジ、お前の中に入ってるフォント、ここに書いてやれよ」
ウソップがレポート用紙を一枚破って金髪に渡した。
「なんて書く?」
「…そうだなぁ…。じゃあ、『貧乏が憎い』」
金髪はウソップのシャーペンを受け取るとサラサラと文字を書いた。6種類。全く違う
筆跡。教科書に載ってそうな字、角張った文字、少し丸みのある文字、ペン習字のような文字、いつもの丸っこい文字。チラシとかに載ってる文字。
「お前、普通の字も書けるんだな」
「…普通の字ってどれ?フォント設定変更するか?」
達筆な文字を書く金髪…を想像してみる。に、似合わねぇ…。
「別に。今のままでいい」
その方が、アホっぽくて可愛い気がする。

……いや、パソコンに可愛いもクソもないだろう。
なに考えてんだ、オレは。
わけもなく少し焦った。
「おい、サインは?」
金髪が承諾書の記入欄を指差して強請る。
「う、うるせぇな!書きゃいいんだろ!……オラ!」
オレは慌ててボールペンを手にとった。
何故か動揺して名前書く欄に住所書いたりしてウソップに馬鹿にされた。
何だってんだ、ほんとに……



そして早速、その翌日から金髪はスーパーの惣菜屋でバイトを始めた。
どうやら仕事はうまくいっている、らしい。
あいつの自己申告を信じればの話だが。
疑うわけじゃないが、あいつがウチにいるんでもなく、オレと出かけるんでもなく、一人でどっかで働いてんだというのが不思議な感じだ。実感がわかない、というか。
そこでオレは学校帰りにスーパーに立ち寄ってサンジの様子を見てみることにした。
別に心配とかそういうんじゃねえが、まあ、持ち主としての責任だ。
と、思っていたが、帰り道で
「今日はオレはスーパーに寄ってから帰るから」
と曲がり角でウソップと別れたら
「ああ、サンジ、心配だもんな」
とさらりと言われて良く分からなくなった。
更に
「きっと楽しくやってるって、大丈夫さ」
笑顔で励まされ、ますます自分が何しようとしてたのか分からなくなった。
オレが確認しようとしているのは、あいつが「楽しくやっているか」どうかなのだろうか。
そんなわけはないのだが。



住宅街を少し歩くとすぐに大通りにぶつかり、信号を渡ればスーパーのやたら開放的な入り口に辿り着く。
横断歩道を渡っている途中で信号が点滅し始めたので急ぎ足になった。
渡りきる前に赤になってしまったが、そのまま突っ切る。
点在するブロックと古くなってあちこちへこんでいるガードレールで仕切られた歩道へ足をかけるかかけないかというタイミングで、背後から大声で呼ばれた。
「ゾロ!」
ガキみてえな高い声だ。
すぐにルフィだと分かった。
分かった瞬間に、いきなりタックルかけられた。
同時に、けたたましくクラクションが鳴らされる。
「……っぶねえだろうが!馬鹿なことすんな!」
オレは半ば本気で怒鳴りつけた。ルフィはワケが分からないって面してやがるが、今のクラクションは信号無視して飛び出したこいつに向けて鳴らされたものだ。夕方で交通量も多いし、とても危険だ。
腹の底がムカムカした。
ルフィは怒鳴られたのに頓着しねえで、そっか気をつける、とだけ言って機嫌良く話しかけてきた。それがこいつの良いところでもあるし、悪いところでもある。
「今日はシャンクスの靴下買いに来たんだ。昨日遊んでたら破れちまったから」
……どんな遊び方したんだ。
「シャンクスってな、面白ェぞ。夜10時になるとな、もう寝る時間です、もう寝る時間ですって言って、ガション、ガション、ガションって歩いてきてさ、こう、ぐわーッって、こうさー」
ルフィがロボットみたいなジェスチャーをする。
「それでオレが、こう、ぐわーッてやってさ、それでこうなって、ぐわーッてなって、それで靴下がやぶけた」
「なんだその説明、分かんねえよ」
「えーッ」
「大体、10時に寝ろとか言うシャンクスってのも想像つかねえな。寂しいから寝るなとか言い出すんだったら想像出来るけど」
「あー。でもパソコンのシャンクスはパソコンだからな」
「そうだな。何であんな全然違う性格に作ったんだろうな、エースは」
「どうせ似ないからって言ってたぞ」
「あ?」
「性格、似せようとしてもどうせ似てなくてパソコンの性格になるんだから、全然違くていいって言ってた」
「へえ…」
パソコンの性格になる。うまい言い方すんな、と思った。
「でもオレ、パソコンのシャンクスも好きだぞ」
ルフィは隣りに並んで歩きながらそう言った。
店内に入ると、スーパーのテーマソングみたいなのがエンドレスで放送されてる。毎週水曜日は特売日であることが歌詞のなかで紹介されてる。目的のはっきりとした合理的な歌だ。
入ってすぐにパン屋があって、パン屋の向こうが惣菜コーナーになってる。惣菜は順序良く並んでいるがウチの金髪の姿は見えない。惣菜を作っている様子が見えるガラス張りのブースの中には居なかった。どうしたんだろ、と思ってたら、居た。何故かパン屋の実演コーナーにいるオバサンにパンの作り方を説明してやってた。
いきさつは想像もつかねえが、まあ、うまくやってるようで良かった。
靴下だけ買ってルフィは帰った。
オレはパン屋のある場所まで引き返し、金髪に声をかけた。
「あ、ゾロ、来てくれたのか。もうすぐあがりだから、ちゃんと家帰っててめえのメシも作るし」
「ああ……」
オレはちらりと時計を見た。午後4時50分だった。仕事は5時までとは聞いているが、後片付けとか着替えもあるし、実際に帰れるのはもうちょっと後だろう。
「どこに居たら分かるか?」
「……え?」
「2階に本屋あるの知ってるか?」
「え、うん」
「じゃ、そこで待ってるから」
「え?!」
一瞬不思議そうな顔をしたあと、金髪の顔色がさっと変わった。嬉しそうなツラだ。
「う、うん……じゃあ急ぐからな」
「別に急がなくていい。雑誌立読みしてるから」
入り口脇の階段をあがって、2階へ行った。
本屋の床は市松模様で目がチカチカするのだが、雑誌がやたらたくさん置いてあるので暇つぶしの材料には事欠かなかった。
殆ど待たずにサンジが駆けてきた。
「走ると危ねえんじゃねえか」
「うるせえな」
「てめえといい、ルフィといい、無鉄砲に走んじゃねえよ」
オレは立読みしてた雑誌を棚に戻して階段のほうへ歩き出した。すぐ後ろから金髪がまろぶように付いて来る。どうしてそんなに嬉しそうなんだ。
「ルフィの目の下んとこ、傷跡あるだろ」
「うん」
「あれな、ガキだった頃、オレとあいつで駆け較べしたんだ、空き地で。今時あんまり見ねえけど、あの頃はまだ有刺鉄線で囲まれた空き地があちこちにあったんだよ。そん時に出来た傷なんだ。結果はオレが負けたんだけど、あいつは凄ェ本気で走るから、ゴールについたとき、あいつの目の下には深い傷が出来てて血がだらだら出てた。走ってる間に有刺鉄線のトゲにひっかけたみてえなんだけど、あいつはそういう無茶ばっかするから、シャンクスやエースも心配してんだろ」
先刻の出来事もあってそんな話を思い出し、金髪相手にぽつぽつ話した。
スーパーから外に出ると、夕焼けで空が赤くなっていた。
横断歩道の前に立ち、信号が青になるのを待った。
「あれでちょっとずれてたら目とか傷つけたかも知んねえし」
「片目だと、大変じゃねえか」
金髪が口を開いた。
「視野が狭くなるし、遠近が狂うし、縫い物してると目がすげえ疲れるし」
そう言いながら金髪は、す、といつもは顔にかぶさっている前髪を少し上げてもう片方の顔をこちらへ見せた。
「オレの目、こっち、ニセモノ」
見慣れぬ両眼そろった表情に、ハッとした。
双眸は、並んでこちらを見ている。
どちらも同じ深い青色をしている。
「視力のある目を二つもつけると原価があがるから、かたっぽはダミーなんだ」
原価って言葉が、なんだか胸につかえた。
金髪はとくには気にしていないようだ。それもそうだろう。普通の会話のはずだ、これは。電化製品は原価をおさえて作ったほうが、そりゃ売れるだろう。
この片方の目玉はただのガラス玉なのか、と思うと不思議な感じだ。
が、そもそもこいつの目玉は、ダミーであろうと本物であろうと、ガラス玉であることに変わりは無いのだ。
「てか、てめえ、縫い物って、いつしてんだよ」
うっかりそう言うと、金髪はキッとなって、
「てめえのシャツ、ボタンとかしょっちゅうとれてんじゃねえか、あれ全部オレがなおしてるんだぜ、まさか勝手になおるとか思ってんじゃねえだろうな、服は人間みたいに自然治癒しねえんだぞ!」
と一息にまくしたてた。
そうかよ。
そりゃ悪かったな……






05/11/27
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注意:この第5話目の前半部、サンジがバイトをしたいと言い出しウソップが登場し、ゾロがサンジのバイトを許可してサンジのフォントが丸字であることが判明するあたりまでのやりとりは、志堂さんから頂いたメモをほぼそのまま使わせて頂いてます。(一部真名井が都合により手を加えてしまっています)