アパートのドアがしつこく叩かれた。
無視しようかとも思ったが、廊下からはウソップやルフィの話し声が聞こえる。オレが部屋に居ることはどうせ分かってるんだろう。居留守を使う意味がない。
しぶしぶ玄関に出た。
何をするのも酷く面倒だった。
「こんにちは」と、ドアを開けるなり不必要なまでに丁寧な物腰で挨拶された。ルフィのところのシャンクスだ。勿論、本物ではない。ルフィの世話係り用に作られた、異様に物腰が丁寧で気持ち悪いほうのシャンクスだ。
ドアを閉めなおしたくなったが、開けられたドアの隙間に強引に足を突っ込み、今度は笑顔でエースが乗り込んでくる。随分久し振りに見る顔だ。
「てめえ……仕事はどうしたんだよ」
「今日は休日だ。曜日も分かんねえような生活してたのかよ、学生さんは気楽だね」
「うるせえな」
今は言い争いをする気分ではない。
すぐに引いて、ドアから手を離す。すると、エースの後ろから今度はルフィが顔を出す。
ウソップとナミも、こちらを覗いて手を上げた。ナミはチョッパーを抱いている。
「よう、元気だったか」
「……当たり前だろ」
無理に明るい表情を作って見せるウソップに、オレは溜め息をついた。
帰れと言って聞くような連中ではない。なんだってんだ、雁首そろえて。
「おい、部屋ん中、あがるぞ」
こっちの了承も聞かず、エースがシャンクスに合図する。シャンクスが頷いて、廊下から大きなダンボールを運んできた。奴の身の丈ほどもあるダンボール箱だ。尋常じゃない。
頑丈に補強されているが、箱がたわんでいる。
中身は重たいものなのだろう。
シャンクスは、さすがエースの自作だけあって、身体機能を高く作ってある。これならあの滅茶苦茶なルフィにだって言うことを聞かせられるだろう。いや、本物のあのオッサンも、一見した雰囲気とは違って、とんでもねえ腕力の持ち主だったが。
卓袱台の脇に、重たそうに箱が置かれた。
ボロアパートの床が、ありえねえ感じに軋んだが、大丈夫か。床が抜けたりしたら洒落にならない。
「工場からここまで、こいつに運んでもらったんだ」
エースがシャンクスを指差した。シャンクスは何でもないことのようにニコニコしている。
「こんな重たいもん、持ち運ぶの大変だからな。その点、うちのパソコンはパワー面でもがっつり強化してあるから」
「…………」
オレは思わず目をそらした。
パソコンという言葉を聞きたくない。
「……なんか飲むもん、いるか。ペットボトルの茶しかねえが」
「いや、いらねえよ。いいから座ってろ」
促されて、オレはしぶしぶ卓袱台横の定位置に腰掛けた。
狭い部屋にダンボールが聳えている。そしてそのダンボールを取り囲むように、エース、シャンクス、ルフィ、ウソップ、ナミとチョッパーがずらりと並ぶ。一種異様な光景だ。
つうか、異常だな。完全に。
なんだこの状況は。
「おまえに黙って勝手にやって、悪かったと思ってる」
ウソップが口を開いた。
「何のことだ」
オレが尋ねると、ウソップは首を振った。
「先に理由を言えば、おまえはこの箱を開けねえだろうから、先に開封させて貰う」
ハサミあるか、とウソップが尋ねると、オレがああハサミね、と反応するより素早く、シャンクスが自分自身の手首のあたりをこちょこちょいじって、「シャキーン」という効果音とともに、指先部分が刃物になってるよく分からない状態に変化した。
エースの野郎、マジでありえねえ改造しやがって……。遊び心ありすぎだろ。ルフィのテンションが目に見えてあがった。うぜえ。
シャンクスが指のハサミで補強テープをぱちりぱちりと切ると、ウソップとエースが協力しあってガムテープをはがし、巨大ダンボールは開封された。
「ゾロ……、ごめんな」
ウソップはこちらを振り向いた。
箱のなかからはビニールに包まれた人形のようなものが見えていた。
保護シートをはがすと、中から黄色い頭が見える。
見慣れた金髪。オレと大差ないほど背丈のある、男の姿だ。細身に見えるが、実はすげえ重たいと知っている。合金で出来てると言っていた。
見忘れない……、眉毛がグルグル巻いている。
瞼は薄く閉じられ、冷たそうな肌は青みを帯びて見えた。生気が感じられないが、まぎれも無く、それはうちの、あのアホパソコンだった。
銀色の小さな箱を、この身体の胸のなかに、しまっていた。
乱暴者で言うことを聞かなくて、しばしばフリーズして迷惑かけられて、構ってやらないと動かなくなり、自分のことを好きかと尋ねた。
オレは、声も出なかった。
「似たようなもの、じゃなくて、全く同じ物を探すために、製造元にかけあったんだ。サンジを作るときのサンプル用に作ったパーツを見つけ出して、組み立てた。だからこれは寸部違わず、全部サンジと同じだ」
ウソップはそう言って、パソコンの体躯を撫でた。
「あいつと、同じ」
オレはようやくそれだけ言った。
「そうだ。どこか、あいつと違うと思うところがあるか?」
「いや……」
オレの返事を、全員が固唾を呑んで見守っている。変な感じだ。
「……同じだ」
「だろ」
「同じに作れちまうものなんだな、そりゃそうか」
「ああそうだ」
ウソップはきっぱりと答えた。
ひどい話だ。
あいつはパソコンで、機械なのだ。故障すれば取替えが出来るし、複製できる。
オレは金髪と同じ姿のパソコンを、まっすぐ見ることが出来なかった。
まだ電源の入っていないボディは無機質で、作り物っぽさを強く感じた。
まるで初めてこの家に来た日と同じようだ。姿は全く変わらない。
このパソコンの電源を入れたら、またあいつに会えるのか。
初期設定の名前がサンジだった。このパソコンも、「サンジ」と名乗るだろう。おれのマスターの女の子はどこだ、と言い出すかも知れない。
だが、同じじゃない。
こいつはうちの金髪じゃない。
乱暴に梳かしてけばだってしまった髪も、旧式の焜炉であぶって少し溶けてしまった指先も、うっかりつけたら罵られた歯型も、何の傷も記憶もない新品のパソコンは、あいつではない。
もしこれも同じあいつなのだとしたら、これまで一緒にあいつと暮らして、少しずつ、あいつを気に入った、オレの気持ちが馬鹿みたいじゃないか。こんなに簡単にリセット出来て良いはずがない。
何のために、オレらは何度も喧嘩したんだ?
「馬鹿ゾロ!」
黙り込んでしまったオレの鼻を、いきなりルフィが摘まんだ。
「いてえ!何すんだクソガキ!」
「うるせえ!これはサンジだ!サンジがすきなんだろおまえ!だったら最初からでもやりなおせ!」
いきなり圧し掛かられて、オレも頭に血が上った。
「これのどこがあいつなんだよ!」
「ぜんぶだ!」
「そりゃ……てめえらにとっちゃそうだろうよ、けどオレには」
「四の五の言わねえで、電源だけでもいれてみろよ!ゾロ、おまえな、これはエースが一生懸命探してきて……ふしんしゃのおっさんも泣きながら工場のひとにお願いして、ようやっともらって来てくれたサンジなんだぞ!」
「不審者……?」
「時々階段の下とか塀の影にいたおっさんだ!サンジのバイトしてるスーパーにも来てただろ!サンジを探してるポスターを剥がして宝にしてたんだぞ!サンジが好きな不審者なんだ」
「……」
なんとなく、心当たりがなくもなかった。
不審者はゾロのところでサンジが幸せそうだ、と言ったそうだ。
だからあのひとをもう一度、あの若造のところへ帰してやりたいんです。
そう言って協力してくれたそうだ。
そこまで説明されると、まず間違い無さそうな該当人物が思い浮かぶ。だがそれだけに意外な気がした。
多分あいつだ。
名前も忘れちまったが、どう見てもカタギには見えなかった、あの怪しい男だ。サンジをケースに入れて大事に観賞したいとか、気味の悪いことを言っていた。
そこまで思いいれのあった金髪に、こっちはせっせと家事をやらせていたのだから(家事以外の無理もさせたが)彼にとっては不服だろうと思っていた。それが、協力してくれたとは。
「おっさんは、サンジはゾロのところで暮らすのが幸せで、人形扱いしてた自分が恥ずかしいって言ってたんだぞ」
「…………」
ルフィはまっすぐだ。
オレには人形という言葉がこたえた。
そうだ、こいつは人形じゃない。オレの言うことなんか、全然きかなかった。
人形じゃないからこそ、取替えのきく道具のように、新しいこいつを受け入れてはいけない。
ルフィに、それから、こうやってわざわざ金髪のパーツを工場まで探しに行ってくれたこいつら全員に、どうやって言えばいいんだ。
「オレは……」
手のひらを握った。
なんだか変な汗をかいている。
いや、そんなことはどうでもいい、うちのアホパソコンと同じ顔をした、だけどあの銀色の箱が胸に入っていない、この人形から目をそらさないといけない。
オレが言葉を続けるよりはやく、ルフィがオレの頭をぶんなぐった。まるでガキに対してするみたいに、ガツンとやられた。
「ゾロはサンジを人形扱いしたりしねえ!あのおっさんにだって分かってんのに、なんで分かんねえんだ!ゾロはアホだ!」
頭の奥がじんと痺れている。
なんでそんなにおまえが必死になるんだよ、と思ったが、ルフィはこういう奴だった。いつも目の前のことしか見えていない。
「ルフィ……」
エースが口を開いた。珍しく落ち着いた、兄貴らしい声音だった。
「おいゾロ、いいからさ、電源だけでもいれてやってくれよ。こいつらみんな、てめえのこと心配して、カンパして金集めて、工場まで掛け合いに行って、全部以前と同じでないと意味がないからってあれこれ準備して……ほら、着てる服まで一緒だろ」
「製作所がどこかとか、試作パーツがあるかとかは、エースが調べてきてくれたんだ」
ウソップがエースのあとを引き取って説明してくれた。
「たまたま詳しい知り合いがいただけさ、大したことじゃねえよ」
エースは肩を竦める。
「そこにいるお嬢さんも、金出してくれたんだぜ、それも結構な額をさ」
「おまえが?」
オレはナミを見た。それはかなり意外だ。
「べ、別に」
ナミはぷいと顔をそらした。
「別にカンパなんかじゃないわよ、私はただ……、またアンタがサンジくんを学校に連れてくるようになったら」
気まずそうにしている。腕のなかでチョッパーがじっとナミの顔を見上げている。
「もしそうなったら、そのときは手伝ってもらいたいことが山ほどあるんだからね、それだけよ」
「へえ」
「それに、ええと、カンパではなくてローンよ。勿論ちゃんと返してもらいますからね」
いかにも付け足しっぽい言い方だ。
何だかんだ言って、こいつもうちの金髪のことを、気に入ってたんだな。
オレの知らない間に、あいつは結構色んな奴らと話したり、一緒に何かしたりして、それなりの関係を築いていたんだ。
「オレはずっと、サンジに渡したいと思ってたもんがあったんだ。それを今回、ようやく渡すことが出来た。電源をいれるだけ、いれてみてくれないか。お願いだから、もう一度サンジに会ってやってくれ」
ウソップが言う。
皆は、こいつがサンジだっていうのか。
頭がぐちゃぐちゃして、まとまらない。
こいつのボディパーツや、プログラムが好きだったわけじゃない。
「ゾロ」
ナミがオレの肩を軽く叩く。
ルフィがまっすぐ見てる。
「ゾロ!」
ウソップが声をかける。
「くそ!」
オレは目を瞑った。
この場に居る全員が、オレを見てる。
「……分かった」
心臓が苦しくなってきた。どう表現したら良いのか分からない、不思議な気分だ。楽しくも悲しくもなく、穏やかでも乱れてもいない。ただ強く胸を打つ。
「電源を入れる。……有難うな」
ゆっくり目を見開くと、目の前に靴下をはかないままそこに立っている、「サンジ」の足の指が見えた。ズボンの裾から、足の甲あたりより先だけが見えている。骨の出っ張った感じや、丈夫そうな爪まで、よく出来ている。見慣れた爪先だ。
この爪先を、舐めてやったことさえある。勿論コトの最中の話だ。
驚いた顔をしていたっけ。
オレは立ち上がり、金髪の電源を入れようとした。
「あ……」
そういえば、思い出した。
「わりいが、あっち向いててくんねえか」
「え、なんでだよ」
ルフィが無邪気に聞き返す。それを聞くかてめえ……。
「あー、あー、よしよし、こいつの目はシャンクス、てめえがふさげ」
エースがいかにも気を利かせた風に言う。
「はい、分かりました」
「シャンクスの目はおれが塞ごう。ウソップとお嬢さんはそれぞれ自分で後ろ向けるな」
「……てめえも目を瞑れよ、エース」
「あれ分かった?」
「当たり前だ」
じろりと睨んでやると、お手上げのポーズで後ろを向いた。続いてそれぞれ皆がこっちに背を向けてくれる。ルフィはシャンクスが押さえつけている。
「なんかあれだな……すげえ、居心地悪いな」
ウソップが微妙な呟きをもらした。
「そりゃそうよ。あの子を持ち出すとき、電源位置について私が製作所のひとに説明受けたのよ、冗談じゃないわ!なんであんな場所に電源を!」
「なんか濡れ場にいるみたいな気分だなー」
エースは暢気だ。
電源位置については、放っておいてくれ。
オレは複雑な気分で、最初にこいつがここへ来た日と同じようにズボンを脱がせ、股間に手を突っ込んだ。
本当に、一体全体、なんでこんな場所に電源が。
ぴんと皮膚のはった腿を辿って、オレの指は慣れたその場所をすぐに見つける。僅かなふくらみがあって、そこだけプラスチックカバーのようにいかにも人造的な軽い手ごたえがする、電源ボタンに触れた。
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09/3/29
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