夕方、雨があがったので、今日は中断していた工事を再開するとバイト先から連絡があった。
オレは暢気にバイトに行く前に飯でも食おうと思っていた。
時間のかかる料理の時は、オレが帰宅する時間より早くに金髪が台所に立って、せっせと夕飯の支度をしていたりする。だからアパートのドアを開いて室内が空っぽであることに気付いた時、オレは僅かながら違和感を感じた。
こんな時間に、どこに出かけたんだろう、あの馬鹿は。
暫く待ったが戻って来ないので、不審に思いながらもそのままバイトに出かけた。今日は普段より早めに来いと言われたのだ。急がないと遅刻してしまう。
学校へ向かう途中にある牛丼屋に立ち寄り、久し振りに外で食事をした。金髪が来てからは滅多に無かったことだ。
ふと、あいつをこの店に連れて来て、一緒に飯食うのもいいだろうな、いつも食わせてもらうばっかりだし、と思いついたが、よく考えなくてもあいつは飯なんか食わなかった。
外食もたまのことだからと奮発して生卵も漬物も味噌汁も頼んだが、ちっとも美味いと思わなかった。
いつの間にかあいつの飯に慣れきってしまっていた。
ふと、出掛けに玄関にいつも掛けてある黒のボロ傘が無くなっていたことを思い出す。
持ち出したのは金髪だろう。
ということは、金髪は昼間、まだ雨が降っているうちに出かけたのか。
オレの傘を持って行ったということは、オレが帰宅するより前に自分は戻るつもりだったということではないだろうか。
夕飯の買い物にしては時間が掛かりすぎている。
あいつが遠出することは珍しい。
だが、過去の経験上、一箇所だけ心当たりがあった。
繁華街にある電気屋だ。この辺りの小売店じゃ手に入らないようなパーツも、そこまで行けば大概のものが揃う。安売りもしょっちゅうやっているし、金髪も時々自分に必要な消耗品をチラシ等でチェックしているようだ。
歩けば三十分以上ある距離だが、あいつは先日わざわざ街の方まで出かけて……ケツの穴のパーツを購入してきたのだ。
(また何か企んでやがんのか)
げんなりしたが、そこまであいつの行動を規制するのも嫌なので放っておくことにした。
あいつはあいつだ。
オレの命令だけ聞く「物」ではない。
軽く溜め息をついて、オレはバイトに出かけた。
仕事が終わってアパートに戻れば、どこに出かけていたのか金髪の口から直接聞けるだろうと思っていた。
だがその晩、あいつは帰って来なかった。







久し振りでよく晴れた朝を迎えた。
オレは眠れもせず、一晩中あいつを待っていた。携帯電話くらい持たせれば良かった。電波かなんかで居場所が分かる装置っていうのを付けておけば良かった。
色々な考えが浮かんでは消えたが、現実には打つ手が何も無い。
まるでガキの頃、飼ってた犬が恩知らずにも勝手に居なくなって二度と戻って来なかった、あの時に似ていた。何も出来ず、ただ帰りを待ち望んでじっとしているしかない。
パソコンは勝手に居なくなったりしないと、金髪は言っていたのに。
一体どこほっつき歩いてんだ。
上の空で学校へ行き、授業と授業の休み時間ごとにアパートまで走って戻ってあいつが帰ってないか確認した。
午後の講義まで終わったあと、あいつのバイト先のスーパーにも顔を出した。
「あいつ来てませんか、うちの、金髪のパソコン」
惣菜コーナーにたまたま居たおっさんに尋ねると、そいつが金髪の仕事の持ち場の責任者だったようだ。今日はサンジ君は来ていない、と言われた。
「困るんですよね、連絡も無しに欠勤なんて……」
おっさんは困惑顔だったが、どうやら普段のあいつは結構真面目に仕事してるらしい。
「何か事情があるんだと思って、皆で心配してました」
おっさんはオレの顔を、気遣わしげに見た。
何とも言えない不安が、じわっと広がるのを、オレも、多分おっさんも、一緒に感じていた。
その日の夜もずっと起きて待っていたが、金髪は帰って来なかった。







翌日は休日だった。
朝っぱらからルフィが部屋に押しかけてきた。
「サンジ、飯!」と元気良く駆け込んで来る。
ルフィと、それから少し遅れてうちに来たウソップに、オレは金髪が居なくなって戻って来ないこと、行き先の心当たりが全く無いことを話した。
ウソップは念のためと言ってすぐに交番や製造元の工場、購入した電気店に連絡を入れておいてくれたが、どうも反応は芳しくないらしい。特に警察の方では、盗難なのか紛失なのか分からない状態では対応の仕様がないという返答で、盗難の疑いがあるのであれば届出を出してくれと紙切れ一枚手渡されただけで終わってしまった。
うちの居間でコンビニの弁当を食べながら、ウソップとルフィとシャンクスのパソコンは、並んでポスターを作り出した。
「カヤ、サンジの画像データは持ってるな」
「はい、勿論ですウソップさん。どの画像を使用しますか」
「画面で見たほうが分かりやすいな。おいゾロ、モニタ借りるぞ」
「ああ」
オレは適当に返事する。ウソップ達が買ってきてくれた弁当も、正直あまり食いたい気分にならない。オレはそれを、金髪の作った食事に慣れて、口が贅沢になったせいだと思っていた。
カヤ2号から伸びたケーブルをテレビのモニターに繋ぐと、金髪の時にも何度か見た選択画面に切り替わる。ウソップは慣れた様子でキーボードを叩いて、いくつかのウインドウを開き、金髪の写真を並べてどれが良いか比べ出す。
ウソップとカヤと、一緒に会ったときのあいつの画像ばっかりだ。当たり前だが。
学校や、アパートの階段、オレの知らない間にゴミ捨て場やスーパーでも二人と金髪は会っていたらしい。見覚えの無い販促エプロンを着せられていたり、知らないおばさんに話しかけられて困ったように笑っていたり。
オレのすぐ隣で、不安そうにオレを見ている写真もあった。
こんな顔して、見てたのか。
知らなかった。
出会ったばっかりの頃はパソコンなんか苦手だと思っていたし、心配させたかも知れない。
一つ一つ、オレが忘れてしまったような金髪の表情まで、カヤ2号の記憶のなかには鮮明に残っていた。当たり前のことなのかも知れないが、寸部の記憶違いもない。
パソコンっていうのは、すげえな、とオレは思った。
ウソップは金髪の表情が良く見える一枚を探し出し、選択すると、別のソフトを立ち上げて貼りつけ、ポスターの文面を打ち込み始めた。
選んだのはこのアパートの部屋の前に立っている金髪の画像だった。
見慣れた紺色のエプロンをしていた。

『パソコンを捜しています』

赤い文字で目立つように、ウソップはチラシに見出しをつけた。
およその身長や痩身であること、耳部分が灰色であること、金髪であること、名前がサンジであること。
出かけた時の服装は良く分からなかったが、いつも着ていたストライプのシャツが家の中に見当たらないので、多分あれを着て出かけたのだろう。そう教えると、ウソップは器用に画像を合成してサンジの写真にストライプシャツを着せる。
うまいもんだ。
三十分もしないうちに、ポスターは出来上がった。犬猫の迷子ポスターのようだった。
「てめえの電話番号……いや、てめえは携帯持ち歩かねえから、オレの連絡先を載せるからな」
ウソップはそう言って、最後にこの部屋の住所と、それから奴の自前の携帯番号をポスターの下部に打ち込んだ。個人情報保護がどうだとか、そういうことを考える気分にはならなかった。
印刷するにも印刷用の機械がここにはねえ、と言ったら、ウソップは呆れたように自分の部屋からプリンターを持って来てくれた。何だかんだ言って面倒見が良い奴だ。
「とりあえず、チラシとしても使えるサイズにしといたから、ここのアパートの住民全部のポストにまず入れて……て、言っても空室が多いけどなァ、このボロアパートは」
ウソップとルフィが階段を下りるのに続いて、一緒にポストのある一階入り口辺りまで下りる。
「それからこのアパートの前の掲示板と、あと、あいつが働いてたスーパーや駅にも頼んで貼り紙しようぜ」
「ああ」
頷いて、ウソップを手伝って表札の出てるポストの全てにチラシを放り込む。これであいつが見つかるんだろうか。だが今はこのくらいしか打つ手が無い。
一通りチラシを投函し終えてから、外に出た。
空は快晴だが、まだここ暫くの間にたっぷりと水を吸った土は乾いておらず、空気はぬるく湿り気があった。このまま夏になるのか。
ふと、アパートの門を出たところで角の電柱の陰に人影があったような気がした。
人影はこちらに気付いたか素早く身を引いてその場から立去った。ここから見えない位置で自動車のエンジン音がして、すぐに発進する。そのまま音は遠ざかる。オレには姿を見ることも出来なかった。
オレより一足先に出たルフィは、腕を組んで人影のあった場所を睨んでいた。
「なんだあれ、変だな」
「何がだ」
「こっち見てたんだ。すんげえクマのあるおっさんだったぞ」
「へえ……」
こんな時に、思い出すのも面倒な人物だったので、オレは聞こえなかったことにすることにした。
「不審者だ!」
ルフィは一人頷いて、シャンクスにも同意を求めていた。シャンクスは「不審者ですね」と適当に頷き返していた。パソコンのくせに、ルフィの扱いが上手くて感心する。







駅にも、スーパーにも、アパートの前の掲示板にも、『パソコンを捜しています』のポスターを貼り、あとはただ出来ることも何も無く、数日間を過ごした。








十日程経った、ある日のことだった。
日曜日で仕事も学校も無く、一人で飯も食う気にならず、見るとも無しにテレビをつけていたら、アパートのチャイムが鳴った。
この部屋のチャイムが鳴らされることは珍しい。
ルフィやエースならいきなりドアを開けるし、ウソップだってそうだ。
いつもと違う出来事に、少し嫌な感じがした。
ドアを開けると、小さな男の子を連れた母親が立っていた。
母親は殆ど化粧気の無い顔をしていたが、ブラウスとスカートだけの服装でもどこか金持ちそうに見える、上品な身なりをしていた。連れてるガキも賢そうだ。うちに来て好き勝手に振舞うルフィ達とは随分違う。
オレの部屋どころか、このアパートそのものと縁が無さそうな親子が、どうしてこんなところに来たのか。
心当たりは一つしかなかった。
「……駅で貼り紙を見て、伺いました」
母親は深々と頭を下げた。
予想通りの口上に、なんとなく返事が喉から出てこなくなった。
母親は、手元に紙袋を提げていた。
重量のある、さほどの大きさでもない銀色の箱がそこから見えていた。





悪い予感は、していたのだ。









09/3/05
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