メッセージ
今よりちょっと昔、ボクがまだずっと子供のようだった頃、ボクは緒方さんとつきあっていた。
緒方さんは屁理屈や皮肉が得意で意地っ張りで、そのくせちょっと単純なところがあって、ボクにはとても魅力的だった。大人の男って感じがしていた。
ボクは彼が好きだった。
彼の指の節が骨ばっているところや、目を細めると目じりにすっと一本のシワが走るところや、いつも同じ銘柄のタバコの匂いがするところが、とても羨ましかった。ボクは彼のようになりたかった。いつでも。
彼がボクと付き合うようになってから、殆ど日を置かぬうちに彼はボクを抱いた。そして、それからあまり長く時間が経たないうちに、ボクが彼の恋人であった期間は終わった。
「緒方さんはボクのこと、遊びだったんだ」
突然別れ話をされて悲しくて悲しくて、言うに事欠いてそんな詰り方をしてしまったら、緒方さんはちょっと困った顔をしていた。
ボクはすぐに反省して、黙って、もう何も言わなかった。
緒方さんはボクの恋愛に付き合ってくれてたんだ。
そんなふうな優しさもあるんだろう。
つたない感情に滅茶苦茶になるボクの願いを、叶えてやりたくなったんだろう。
考えてみれば、彼がボクにしでかしたことの全てはまるきりボク自身の望みであったのだ。
昨日、仕事が休みだったので携帯電話を買いに行った。
今まで使ってたケイタイは随分古かったので、新品にしたいと前々から考えていたのだ。
新しい携帯電話には、カメラが付いていて、写真も送れるとお店のひとに説明された。簡単な操作の仕方もその場で教えてくれた。
「カシャリ」
と、音がすると、きょとんとした顔のボクが画面に残る。
夕方、進藤にあった。
携帯電話を買ったのだ、と話してやったら、まだ自分は持っていないと言っていた。いかにもそれは進藤らしい。
「便利だよ、メールとかも出来るし」
そう言ったら、うん、と曖昧な返事がかえってきた。
そう言えば、緒方さんに、もうずっと長いことメールなんか出していない。
携帯に電話もかけていない。
緒方さんがボクに用事のあるときは、あれ以来ずっと、自宅の電話に限られていた。自宅の電話でも間に合うから、急ぎではないから、と、何となく理由を付けて、かけなくなった携帯電話。
ボクの電話機のアドレスの中には、まだ緒方さんの番号が残ったままになっている。
今朝は薄曇りで随分冷え込んだ。
まだ明けきらぬ空がわだかまるような雲の真綿の中、潜っている。
暗いままの部屋の中で、カーテンの隙間からの光りをたよりに、小さな受話器を探り当てる。液晶画面が点灯して、青緑の光りがともった。
夕べ、進藤と飲んで、たくさん話して、いつも通り口論もして、成り行きでボクの住んでいるマンションへ進藤が来た。
どうしてそんな話になったんだったろう。
ボクたちはボクたちが子供だったころの話をした。
ボクたちは、子供の頃に出会っていたのに、その当時はお互いにどんな生活をしてどんなことを考えていたのか、ついぞ伝え合うことがなかった。
部活のことや学校生活のこと、その頃はやってた漫画やゲーム、プロ試験のときの苦労話なんかも面白かった。
彼は彼が囲碁を始めた頃の話もしてくれたが、その話はとびとびで、まるで要領を得なかった。
けれど、それが彼にとってとても大切な話であると、分かった。
彼が話さずにいる部分に、彼の大切にしている物語があるのだ、きっと。
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