芦原さんの部屋に着くまでに、ボクの息はすっかりあがってしまった。やたら顔が熱くてふらふらする。キスひとつで、その続きを求めずにいられなくなってしまう。そんなことを、すぐに求めるのは不謹慎だろうか。
芦原さんはボクの肩を片手で抱きかかえて、部屋の鍵を開けた。
「大丈夫?」
ボクの髪を芦原さんの手が撫でる。
「うん……」
うまく歩けないくらいになってしまった自分が恥ずかしくてぐずぐずするボクをドアの内側に押し込んで、開けたばかりのドアの鍵を内側からまたかけながら、芦原さんがキスしてくれる。芦原さんの口の中はもうぬるくなってしまっていて、ボクの舌もやっぱりぬるくなっていて、ボクは物足りずに芦原さんの口の中に熱を探して舌でさぐる。芦原さんは、貪るようなボクの唇を上手にあやしてキスの形に整えた。
「あ……ん……ん……」
甘えるようなボクの声。
「芦原さ……」
芦原さんがボクの背骨を指先だけでさすって刺激する。
芦原さん、芦原さん、芦原さん
ボクはうわごとみたいに繰り返す。すぐに快楽に夢中になってしまう自分の堪え性のなさが情けなかった。それこそが、ボクから芦原さんを見失わせるものなのに。
芦原さんがボクの唇にそっと指をあてる。
「ごめんね、玄関は、外に音が響くから」
芦原さんは優しくボクの額を撫でて、浮き出た汗をぬぐってくれる。
「行こうか」
と、芦原さんがボクを促す。どこに、とは言わなくとも分かる。ボクは子供ぶった仕草でこくんと頷く。この閉ざされた室内の、寝室以外のどこに行く場所があるというのだろう。玄関のすぐ先にリビングが見えて、その延長線上に扉もあけっぱなしの部屋がもうひとつ見える。そこに芦原さんのベットが置いてあるのだろう。ああ、布団かも知れない。良く考えたら、ボクは芦原さんがベットで眠るのか、布団で眠るのか、知らない。
芦原さんに背中を抱えられながら、ボクは芦原さんの部屋にあがる。
リビングには新品らしきテレビ、それから食卓にしているのだろうテーブルと椅子が置いてあった。それ以外には何もない。まだ、どこか生活感が定着していなくてがらんとしている。ここに、少しずつ、芦原さんの気配が積もってゆくのだ。リビングの脇に小さなキッチンが続いている。流しの上に食器が載っているのがちらりと見えた。寝室の扉は、未整理のままの本や雑誌が邪魔で閉じることが出来ないのだと、側まで歩いて行くと分かった。別に、閉じなくても良い。この部屋にはボクと芦原さんの二人しかいないのだから。
「狭いんだよ」
と芦原さんが笑った。寝室は、6畳あるかないかくらいの広さだった。そこにベットが置いてあって、まだ開けていないダンボール箱が二つつんであって、雑誌と本が床に積んだままで、クローゼットも開けっぱなしになっていて、服が適当につめこまれていた。スーツだけはかろうじてカバーをかけて吊るされている。それだけだった。他には何も無い。リビング同様、ここもまだがらんどうなのだった。
「全然片付いてないじゃない」
とボクは言った。芦原さんは案外几帳面で片付け上手なので、この雑然とした室内は、準備万端整う前に、真っ先にボクを呼びたく思ってくれたことを物語っているようで、ボクは嬉しくてたまらなかった。
「棚を買わないと本が片付かなくて。クローゼットの中も。収納用の引き出しかなんか買ってこないとな、シャツとかがしまえないよ」
散らかっててごめんね、と芦原さんが優しく言う。そんなこと、いいのに。ボクは嬉しかったのに。ボクは芦原さんの胸許に顔をこすり付けて、この幸福を表現する言葉を探す。
「ごめんね」
と、また芦原さんは謝った。なんですぐに芦原さんが謝るのか分からない。
「ホコリっぽいかも知れないけど」
そう言いながら、芦原さんはボクをベットに座らせる。そんなこと、いいのに。ボクは嬉しかったのに。
音をたてて身体中にキスをする。
芦原さんの部屋。そう思うと安心がボクの身体を弛ませて、だらしなくボクは声をあげてしまう。アパートなんだから、隣の人にきこえてしまうかもしれない。
芦原さん芦原さん芦原さん
安心と緊張と。一生懸命に声を忍ぼうと堪えながら、二人きりである安心を楽しむ。ボクは芦原さんの、芦原さんはボクのシャツのボタンを外す。ボクがもつれる手で芦原さんのシャツのボタンを外し終える前に、芦原さんはボクをすっかり裸にしてしまった。
あっという間にボクの身体はその感覚でいっぱいになる。炭酸水の泡みたいに、手足の先へと痺れが流れる。
「嫌だ」
とボクは叫ぶ。
「嫌、あ、嫌、嫌」
もっとゆっくり。
緩やかにしてもらわないと、ボクは芦原さんを、この腕から逃してしまう。わけがわからなくなって、芦原さんを忘れてしまう。それなのに、芦原さんは、ボクが制止の言葉を口にすればする程より強く、ボクの快楽を追いつめる。振り回された炭酸水の瓶のように、ボクの身体はどうしようもなくなる。
「あ、嫌、あ……芦原さんッ」
ボクは芦原さんの名前を呼ぶ。芦原さんを見失いそうになるからこそ、必死で名前を呼ぶ。
「あし……さ……」
実にあっさりとボクの頭はからっぽの瓶になって、身体に不自然な力が入ったかと思うと芦原さんの手の中に出してしまった。
「ん……う……」
余韻の残る身体をさすられて、ボクは声をもらす。
「アキラ君……」
首筋に芦原さんの熱くなった吐息が触れて、じわじわと次の熱がボクにこもり始める。

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