芦原さんが覆い被さってきて、ボクはその首に手を回してキスを受け入れる。芦原さんの唇は熱くなっていたけれど、ボクの唇もすごく熱くなってしまっていて、舌を絡めるうちにそれはあやふやに同化していった。気持ち良い。だけど、物足りない。もっとしっかりと芦原さんの輪郭を実感したいのに。
一旦唇を離して体を起こしながら、芦原さんはそのへんにあったタオルで手を拭いて、
「待ってて」
とボクに言う。何だろう。何にせよ、待てない。
芦原さんの顔も紅潮している。芦原さんはベットからおりると、もどかしそうにため息をつきながら、リビングの方へ行ってしまった。
「芦原さん……ねえ……」
ボクはたまらなくなって起きあがると、自分も芦原さんのあとを追おうとした。
「すぐ行くから、そのまま寝てて」
向こうから、芦原さんの声が聞こえて、ボクは少しだけほっとする。でも待ちきれなくて、切なくて仕方なかった。がちゃがちゃと乱暴に何かを引っ掻きまわす音がして、程なくして芦原さんが戻ってきた。手には何か持っている。
「ごめん、これ……」
それ、ハンドクリームじゃない、どうするの、と一瞬疑問符が浮かんだ。でも一瞬の後には芦原さんの意図が分かって、自分でも自分の顔が赤くなるのがわかった。
「他になんにも無いんだ。これ……大丈夫かなあ」
何でもいいから、早く。
「お肌にやさしい……って書いてはあるけど。今日は、その、ここまででも」
「平気……早く……」
ボクはいつまでもベットの脇につったっている芦原さんの、半端に外されたズボンのベルトをすっかり外した。さっき、間に合わなくて最後まで外せなかった続きだ。ホックも外し、ファスナをおろす。ズボンに手をかけて、下着もいっしょにおろそうとすると、芦原さんがベットに片膝をついて、先刻のようにボクの上に覆い被さった。
「アキラく……」
芦原さんの呼吸が荒い。いつにない乱雑な動作で芦原さんはハンドクリームのチューブのキャップをとった。ボクの足が持ち上げられる。芦原さんの手のひらが熱い。ボクの足よりも。温度差が、ボクの幸福を刺激した。なんだか、芦原さんの手のひら、かぴかぴした変な肌触りがする。ボクの出したものを、適当に拭ったまま放っとくからだ。アルカリ性だから皮膚に悪いんじゃないかな。
「あッ」
冷たい、クリームの感触にボクは背を反らす。芦原さんの指がボクの中で動きだす。ボクはそのままの姿勢で、無心にその作業に集中する芦原さんの表情を眺める。恥ずかしい。でも、このことをするのは嫌いじゃない。特別な関係であることを証明するようで。
他の、これ以上の証明の手段をボクは知らない。
ボクは芦原さんを、とても好きだ。満ち足りた気持ちでボクは芦原さんを見る。芦原さんは苦しそうに息をついている。
「アキラ君……ごめん……もう、いい?」
何を聞いているのかは、分かる。ボクがすぐに頷き返すと、芦原さんはするりと指を抜いて、高くあげたボクの腰を膝で支えるようにしてくれた。
芦原さんは優しい。何度も、何度もボクを気遣って動きを止めながらゆっくり、入れる。もっと乱暴でもいいのに。ちょっとくらいなら、痛いほうが良いのに。たまになら、芦原さんの持ち物みたいに、好き勝手に扱われたい。
芦原さんの眉根が寄せられる。ボクの髪をせわしなく掻きあげる。
今度は、ボクの身体の中のほうが、入れられた芦原さんの身体より熱い。
「アキラ君……」
優しい声で芦原さんがボクを呼ぶ。芦原さんの動きにだんだんボクの身体が慣れだすと、芦原さんはボクの身体のあちこちに触りながら、ボクの快楽を煽り立ててゆく。ボクはまた、わけがわからなくなりそうになる。嫌だ。
「あ、嫌……」
それが合図のように、芦原さんが激しく動きだす。嫌だ。芦原さんを忘れないように、ボクはしっかりと芦原さんを抱きしめる。どうにか快楽を減速させようとして、ボクは意識を散漫にすることに集中しようとする。ゆっくり。そうでなければ、ボクは芦原さんを忘れてしまう。
「あ、あッ、あッ……あし……さ……あ」
ほとんど衝動的な悲鳴を、なんとか芦原さんを呼ぶ言葉に置換しようと、ボクは足掻く。
芦原さん芦原さん芦原さん
堪えよう、堪えようとすると、手の、足の指の先に、奇妙な震えがつたって、ぐっと力が入る。どうしようもなく切ない衝動で、身体のなかはいっぱいで、はちきれそうに痛む。それが愛情の身体的感覚なのだと思う。
「アキラ君……アキラ君……」
ボクを呼ぶ、芦原さんの声。芦原さんが好きだ。とても好きだ。
「アキラ君…………好きなんだよ……」
ボクは一生懸命に芦原さんの言うことをしっかり聞いていようと思った。
芦原さんがボクの名前を繰り返す。芦原さんも、名前を呼ばないと不安になるのだろうか。ボクを忘れまいとしてくれているのだろうか。
「アキラ君……」
忘れないで、と芦原さんが言った。ボクは大きく頷いた。
「君が」
もっとゆっくり。
「いつか、君が、本当に好きな人を見つけてしまっても」
優しい、とても優しい芦原さんの声。
ああ……
ボクは芦原さんの身体を強くひっぱって、芦原さんの身体の上にのった。芦原さんの顔が、はっきり見えるようになった。
「芦原さん……」
どうして伝わらないのだろう。芦原さんは、こんなに優しく、ボクを見ていてくれるのに。
ボクは芦原さんの喉に手をかける。喉仏がすこし出てるのが、親指の腹に触れて愛しかった。そのまま、喉をしめる手に力をこめる。だが、ボクの手は自分でもおかしいくらい震えてしまって、さっぱり力がはいらない。まるで、プログラムされたかのように、ボクは、ほんの少しでも芦原さんに傷をつけることなんか出来ないのだ。しない、のではない。出来ないのだ。芦原さんが眉をよせる。
「くすぐったいよ」
そう言ってちょっと笑った。
ボクは悔しかった。ふざけてるのではないのだと、伝えるすべが無くて。全てのことにおいて、悪ふざけではないのだと。
ボクは泣き出した。泣き出したボクを、芦原さんが驚いた顔で見る。それから、優しく抱き寄せてくれる。突然泣き出してしまったボクを甘やかす感覚を楽しみながら。
芦原さん芦原さん芦原さん
ボクは芦原さんを真直ぐ見つめる。芦原さんもボクをじっと見てくれる。視線は甘ったるく絡みあう。それから、キスをする。ボクは子供みたいに甘えた仕草をする。芦原さんは優しくしてくれる。
ボクは芦原さんを、好きだ。とても好きなのだ。
アキラ君、と芦原さんがボクの名前を呼ぶ。
芦原さん芦原さん芦原さん
ボクを忘れないで。

<END>
00/12/21
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