YとMのフランス旅行記(2日目)
パリ〜バルビゾン村〜フォンテーヌブロー〜パリ(シテ島)
(Y)これからいよいよフランス観光です。 まず驚いたのは朝8時頃にホテルを出たのですが、外がまだ真っ暗だったことです。 日本より緯度が高いから夜が長いんですねー。 (M)ホテルで熟睡して、時差ぼけもすっかりなくなって、ホテルでコンチネンタルブレックファストをとり、 バスにて出発。寒さは東京の真冬とそんなに変わらない感じでしたが、朝8時を過ぎても、 外は真夜中のようでした。9時前ぐらいになってようやく空が明るくなってきました。 |
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(Y)バスで一時間ちょっとくらい走り、バルビゾンの村に到着。 この村にはかつて画家たちが住み着いて製作に励んでいたそうです。 石畳の道や、いかにも外国という感じの町並みに異国情緒を感じました。 (M)芸術村バルビゾンは、今では高級住宅地、別荘地。 日本でおなじみの?「century21」の物件紹介事務所がこんなところにも ありました。へえー。 これはルソーの家。向かって左の方にアトリエがあります。 アトリエは、北向きの窓に面していました。 それには理由があって、一日を通して部屋に差し込む日光の加減が一番 変わらない方角として、絵を描くのに好都合だったからだそうです。 |
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(Y)看板には「オテルリー・デュ・バ・ブレオ スティーブンソンズハウス」と書いて あります。 小説 「宝島」の作者であるスティーブンソンにゆかりがあるホテルだそうです。 (M)このホテルで、スティーブンソンは作品を執筆したとか。 また、昭和天皇も滞在されたことがあるそうです。(宿泊費、高いのかなぁ〜) クリスマスの時期なので、飾りつけがしてあって、綺麗でした。 |
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(Y)ミレーの家。ミレーといえば「落穂拾い」ですな。 朝早く着き過ぎて開館前でした。開館時間をちょっと過ぎて、近所のおばさん?が 門を開けてくれました。 (M)一見、特別に豪華でもない、むしろ質素な家という感じ。 |
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(Y)ミレーの家の中。ところ狭しと色々なものが置かれていました。 アトリエの窓がとっても大きかったです。 (M)一番手前の部屋がアトリエで、あと奥に二部屋。三部屋だけの小ぢんまりした 家でした。ミレーの使っていたパレットや、さまざまな絵が展示されていました。 |
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(Y)バルビゾンの村はこじんまりした感じであんまり人通りはありませんでした。 道沿いにはパン屋さんやカフェや惣菜屋?(ショーケースにはエスカルゴが 盛られたトレーがありました)などがありました。 道沿いには車が結構止めてありましたが、日本車は見かけませんでした。 (M)ちょっと寒かったね。吐く息が白かった。 |
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(Y)フォンテーヌブロー城。宮殿です。宮殿といえば貴族・中世・・・ヨーロッパという 感じです。そういえばフォンテーヌブローという名前の競走馬がいたなーなどと 思い出してしまいました。 (M)バルビゾンからバスに乗り、フォンテーヌブロー城に着きました。正面入り口の 門の前から撮った写真です。門からお城までも結構ありますね。広いですね。 冷たい小雨がぱらつき始めました。 |
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(Y)フォンテーヌブロー城の中を見学しました。いきなり男性用トイレが故障中でした。 入場の際にはディバッグが大きすぎる、ということでクロークに預けなければ なりませんでした。城内はフラッシュ撮影禁止でしたので写真がうまく 写りませんでしたが、いかにも宮殿という感じの豪華な内装でした。 フォンテーヌブロー城の近くのお店でお昼を食べました。 デザートのチョコレートケーキがめちゃくちゃ大きかったです。 コーヒーはカップが小さく苦かったです。 (M)ナポレオンが退位するときに、最後に部下たちの前で演説したと言われている 正面の馬蹄階段です。ここの階段を下りて城から出て行ったのだそうです。 古い、歴史を感じさせるような階段。 |
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(Y)バルビゾン、フォンテーヌブローは閑散としていましたが、さすがにパリは たくさんの人でにぎわっていました。 サント・シャペルに入る際には空港でやるような手荷物検査を受けました。 (M)午後はパリへ戻ってきて市内観光。セーヌ川に浮かぶシテ島に来ました。 「島」といっても、橋がたくさんかかっていて、ほとんど陸続きの感覚で、 島と言われなければ気がつかないくらいですが。 サント・シャペルの入り口にて、見上げるようにして写真を撮りました。 |
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(Y)サント・シャペルの中に入りました。 1階のステンドグラスは水害にあったとかで、2階がメインの観覧スポットに なっていました。フロアの隅には世界各国の言葉で書かれたステンドグラスの ガイドが置いてありました。日本語のガイドもありました。 (M)1248年に完成し、その後1846年に大規模な改修を経て今に至る サント・シャペル。2階に上がると、そこには・・ 壁一面にずらっとステンドグラスがはめ込まれていました! とってもきれい(*^O^*)祭壇の正面に大きなバラ窓があります。 |
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(Y)各ステンドグラスには本当に細かく色々な場面が描かれているのですが、 肉眼ではちょっと辛いかも。よく見たい人はオペラグラスとか持参すると よいかもしれません。 (M)ステンドグラスに描かれている絵は、旧約聖書・新約聖書のお話。 一枚一枚順番に見ると、ちゃんとストーリーになっているのです。 |
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(Y)サント・シャペルの次は、ちょっと歩いてコンシェルジュリーに行きました。 入場券売場には観光客の長い列が出来ていましたが、我々は団体客?という ことで結構すぐに入ることができました。らっきー (^O^)。 (M)「コンシェルジュリー」の内部にある階段です。手すりもなくて、怖そう・・と 思わず写真に撮ってしまいました。コンシェルジュリーといえば、フランス革命の ころに刑務所として使われていたことで知られています。 |
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(Y)コンシェルジュリーはサント・シャペルと同様に、セーヌ川の中洲のシテ島に あります。一番下のフロアはセーヌ川が氾濫した時に水浸しになったそうで、 柱の上の方にここまで浸水したという印が刻まれていました。 (M)王妃マリー・アントワネットが、フランス革命で処刑される直前まで過ごしていた 独房。何とも寒々として薄暗い感じの部屋でした。独房のドアはサイズが 小さかったので、マリー・アントワネットはそこを通るとき、頭を低くしなければ なりませんでした。それまで王妃としてだれかに頭を下げることがなかった 彼女に頭を下げさせるために、あえて小さくつくられていたのでした。 |
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(Y)コンシェルジュリーから少し歩いて、有名なノートルダム寺院の前を通りました。 周りの建物はみんな石造りで、パリの歴史を感じました。 (M)後ろに見えるのはノートルダム寺院です。時間の都合で、中には入りません でした。中にはスリがたくさんいると聞きました。 パリでは、持ち物に用心深くなりました。日本人はねらわれるそうなので・・・。 |
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(Y)初日の添乗員さん付きの観光は、パリ三越で解散になりました。 その後は自由行動だったのですが、パリ三越のおみやげ売場でMとちょっと 喧嘩してしまいました。おろおろ。 (M)パリの繁華街をぶらぶら散策しました。 オペラ座の近くにあるギャルリー・ラファイエット(デパート)の前の大通りです。 大勢の人でごった返していました。クリスマスシーズンなので、このように 街路樹にイルミネーションがつけられ、とても華やかな雰囲気です。 |
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(Y)Mと何とか仲直りして、オペラ座から2人で歩いて凱旋門に向かいました。 途中スーパーに寄って買い物をしました。そのスーパーでは買い物カゴは レジの手前に置いて、自分でレジのところに品物を出します。レジはベルト コンベアになっていて、品物はその上をレジ係の方へ流れていくのです。 (M)夜のシャンゼリゼ大通りから見た凱旋門です。ライトアップされています。 ここの近くのシャルル・ド・ゴール・エトワール駅から地下鉄に乗りました。 切符売場の駅員さんのところに行き、ガイドブックでにわか勉強した 「アン・カルネ・シル・ヴ・プレ?」を言ったらちゃんと回数券を出してもらえまし た。通じたらしい・・・よかった。ほっ。 |
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(Y)オー♪ シャンゼリゼー♪のシャンゼリゼ通りにやってきました。 通りの向こうには凱旋門も見えて、これぞパリという感じです。 (M)シャンゼリゼ大通りも、クリスマスイルミネーションが施され、それはきれい でした。真ん中が車道で、両端が歩道ですが、歩道の幅もかなり広く、 人も多かったですがそれなりにゆったり歩けました。 |
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(Y)夕食はスーパーで買ってきた食材でした。日本では見たこともないヨーグルトを 買ったら、やはり日本では味わったことのない味がしました。パッケージを見ると、 「rose」という文字があったのでバラ科の植物が入っていたようです。 (M)凱旋門から地下鉄に乗り、ホテルに戻りました。Mはパリでは普通のどうって ことないスーパーに入ってみたかったので、スーパーで早速買い物ができて 満足。。買い込んできたパンやサラダやお惣菜、チーズ、飲み物にヨーグルト などで夕食をとりました。日本ではお目にかからないような味のものもあって、 なかなか刺激的でした。「PRESIDENT」のチーズスプレッドは日本人の口にも 合います。おいしかったです。 |
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