リビングから出てすぐの廊下に、探していた人物の姿を見つけ、ギルバートは足を止めた。
大きなガラス張りの窓の外には、真白な雪がちらちらと落ちてきている。
庭に設置されたライトが、その白を柔らかに照らし出し、それを静かに見つめる金糸の恋人が酷く淡く、儚く見えて、ギルバートは双眸を眇める。
室内は全て適温になるようにシステムが設定されているが、それでも廊下は然程暖かいとはいえない。部屋に居る時と変わらない薄着の上にストールを羽織ったくらいでは、長い時間廊下に佇んでいては風邪を引く。
ギルバートは、静かにその傍に歩み寄り、そっと、成人した男性にしては薄い肩を大切そうに抱いた。
「どうした、風邪をひいてしまうよ」
肩を抱いた手に目をやって、それから横に佇む男を見上げる蒼い輝石のような瞳は、いつもと同じ。なにを見ているのか、わからない色彩を湛えて静けさだけがあった。
それでも、彼の存在そのものが酷くいとおしくて…。優しく肩を抱き寄せると、彼は静かにそれに従った。
――ラウ…、と、囁くように名前を呼ぶと、蒼い瞳はもう一度ギルバートを見つめる。
なにか、変な顔でもしていたのだろうか。見つめる瞳が僅か細められて、ラウは小さな笑みを零した。
笑顔なぞ、見せることのない…見せる笑みは嘲笑だけであった彼が、本当にここ最近見せてくれるようになった、淡く小さな、酷く大切な微笑みに、ギルバートも表情を綻ばせる。
「酒を取りにいっていたのだが…雪に見惚れていた」
「ん?」
笑み混じりに、ふいに呟くように告げられた言葉にギルバートが首を傾げる。
すると、金色の髪と蒼い双眸に似合うだろうと贈った薄い水色のストールに隠されていた両腕が持ち上げられて、その両腕の中から現れたのが、ワインのボトルだった。
「飲むだろう?」
なるほど、と苦笑して。ギルバートは静かに頷きを返した。グラスを用意しよう、と告げ、肩を抱いたまま歩き出すと、ラウは大人しく横を歩き出す。いつもならば、極自然な仕草で身を離すのだが、珍しい事もあるものだ。
空調の利いた暖かな室内に戻り、ソファの前へ導く。ラウを座らせてから、ギルバートは部屋の隅にあるグラス類の仕舞われた棚からワイングラスを二本取り出した。
室内は既に照明が落とされて久しい。【クリスマス】という異国の文化ともいえる祭をささやかに行った名残のロウソクの火だけが、ただ、周囲を仄かに照らすだけだ。
ソファに腰を下ろしたラウは、静かにゆらり、ゆらりと揺れるロウソクの炎を眺めていた。そのラウの横顔を眺めるギルバートは、そっとテーブルにグラスを置く。
ラウの横に腰掛けて、ワインのボトルを手に取った。
ボトルのラベルに目をやって、オレンジ色の瞳をラウへ向ける。
「なかなか悪くない選択だな?」
【クリスマス】という祭に開けるには、なんとも高価なワインではないか。ワイン1本に拘りはしないが、揶揄交じりに言い遣ると、ラウは至極当然という調子で肩を竦める。美味い酒が飲みたいだけだと言い寄越し、尊大とも言える仕草でワイングラスを手に取ったラウだが、けれど、やはりいつもと変わらないはずの中に、いつもとは違うなにかを、ギルバートは感じる。
ワインが飲みたいのなら、取りに行けと言うだろうし、飲みたい銘柄があるならば、それを持って来いという。
日頃のラウは、只管に尊大なのだ。
このデュランダル邸にも、頼まれて住んでやっているんだくらいの事は平気で言ってのける彼が、今夜は酷く、素直で殊勝に見えて、ギルバートは不思議な気分になった。
【クリスマス】の魔法かなにかにでも、かかってしまっているのだろうか。
柔らかなオレンジ色の、小さな炎に照らし出される端正な横顔が、今日は酷く儚い。
ワインをわざわざ取りに行ったり、肩を抱いても怒らなかったり、こうして横に居る事を赦してくれたり。
否、――実際は、ここにこうして居てくれることこそが、赦されている証なのだが、ラウは決してそれを肯定してはくれない。それが、今夜ばかりは、無言で肯定されたような、そんな気持ちになった。
ワインが注がれたグラスを傾けて、暫く無言の時間が流れる。黙ってワインに口をつけるラウは、その味わいに酷く満足そうに微笑んで溜息をついた。
その表情、その仕草のひとつひとつを、ギルバートはただ見つめる。
視線に気がついたのか、ラウは蒼い双眸をギルバートに向けて首を傾げた。どこか、楽しげな目をしているのは、矢張り機嫌が良いから、なのだろうか。
「どうした?わたしを見て、そんなに楽しいか?」
長い指先が捕らえるワイングラスが、テーブルの上に戻されると、ラウは静かに片腕を、ギルバートの腕に絡めて寄り添った。肩口に頭を乗せて、甘えるような仕草。
想わず、ギルバートは息を詰めて、寄り添った金色の髪を見つめた。
「いや、……その…、…ラウ…どうしたのだ?急に」
純粋に、傍に居てくれることが嬉しいし、例えそれが気まぐれによるものであっても、同様のことだ。
ラウ・ル・クルーゼという存在を欲してやまず、今も尚焦がれている。こんなに近くにあるのに、どうしても手に入れることのできない存在を。
その、どうしても手に入れる事の出来ない彼が、今、どうしてか、本当に手の届く場所に居る。そんな気がした。
しかし、そうだとはいえ、突然に隔たりが縮まれば驚きもするだろう。
驚きと戸惑いに満ちてラウを見つめれば、ラウは、――少しだけ黙り込んで息を詰めた。
僅かに身じろぐ気配に、離れるだろうかと想えば、より一層、腕に絡められる腕の力が強くなる。
子供が甘えて擦り寄るような様子に、ギルバートもグラスをテーブルに戻し、その手で背を抱いた。そっと一度背を撫でて、くすぐるように金色の髪を指先に絡めて梳く。
ラウは、ただその温もりに身を預けるようにして、少しだけ息を詰めていた。
「……1年が…」
「うん?」
「365日もあれば……そのうちの1日くらい…わたしとて、素直になる日もあるさ」
それが、どうして今日なのかは知れないが。そういう気分、というやつだったのかもしれないし、気まぐれな事なのだ。どちらにしろ。
それでも、そう言ってくれることが、嬉しい。少しだけ、照れた調子で染められる頬に、そっとキスをして、ギルバートは笑った。
「わたしとしては、1日と言わず、毎日でもそうあって欲しいがね」
「365回も、おまえに甘い顔はできない」
素っ気無くそう言って、ラウはギルバートにそっと両腕を差し伸べた。首筋に腕が巻きつけられて、胸が合わせられると、鼓動を感じる。確かにそこに、刻まれる時があった。
「それは残念だね。わたしはこんなに君を想っているのに」
「関係なかろう?」
酷く大切なのに、いつか失ってしまうような気がするから。抱き締める。
この両腕から、擦り抜けていってしまわないように、強く。
蒼い瞳も、金色の髪も、怒った顔も笑った顔も、なにもかもが、愛しいから。護りたいと想う。失ってしまわぬように。
国を率いるだけの権力を持ったとて、愛するものが護れるとは言えない。護るときは、この生命に賭けてだ。
全てに賭けてだ。
「わたしは、君を…とても大事に想っているんだよ。他のなににも代えられないくらいに」
この国以上に。この世界以上に。
「知っている」
理解しているから、ここに居る。
多分、初めてだ。仄かな明かりの中で、ラウの方から躊躇いがちながらも、キスをくれる。唇が触れ合う瞬間にそっと瞼を伏せる仕草に、ギルバートも目を閉じる。
とても不器用な、愛しいひとからの口付けは、優しくて淡い。
触れるだけで、すぐに離れていった唇にギルバートが楽しげに笑みを浮かべた瞬間に、ふいに周囲が暗くなった。
ギルバートの腕の中で、ラウの身がびくりと竦む。
震えた身をぎゅ、と抱きしめて、ギルバートは密やかに微笑んだ。もともと残り少なかったロウソクが燃やすものを失って消えたのかと悟る。
「どうした?ラウ……怖いか?」
暗闇の中で、抱き締め合ったまま。なにも怯える必要のないことは承知だが、からかうように尋ねると、焦ったような声で、当たり前だ!と軽く怒鳴られた。
「こ、こんな暗闇で!おまえが、…な、…なにもしないわけが……」
「ん?そっちの心配か…」
なんだ、と溜息を漏らす。暗闇が怖いとか、オバケが怖いとか、そう言い出すのかと想っていたら、どうやら本当に怖いのは迫られることだったらしい。
そんなことは、明るくても同じではないかと想いながら、ギルバートはラウの背を抱き締めたままソファに横になった。
「ギル!」
腕の中で抱き締めた身がもがく。ギルバートの頬を、金糸の髪が滑って行くのを感じながら、ギルバートは宥めるようにその背を撫でた。
「なにもしないから、安心したまえ。もう少しだけ、こうしていたい」
大人しく、腕の中に納まってくれることは珍しいから。今日だけは、素直で居てくれるのならば、それが最高の贈り物だと想う。得た幸せを、どうしても離したくなくて。強く抱き締めると、抵抗は止んだ。
暗闇の中、彼がどんな顔をしているのかはわからない。だが、それでもラウは、なにも答えを返さないまま、ギルバートの肩口に頭を預けた。それが答えだった。
窓の外では、雪が静かに降り続いていた。整備された芝生の上にも。気に入りの花壇やテラスにも。ただ、しんしんと、眠りに落ちる世界のすべてを柔らかく包み込むように、暖かな雪が降り注いでいた。
素敵なクリスマスプレゼントをありがとうございます!ミヅキさんv(〃∇〃)
甘い甘いギルラウ〜vvv//あのギルをして、我がまま放題のラウたんが
すごくらしくってvそしてギルをそんな風に慌てさせられたりドキドキ
させられたりするのも、さすがラウ女王様だっっとv
たまに見せる素直な仕種にメロメロ(〃∇〃) 愛おしくて可愛くて///
大人な雰囲気の中の甘やかな一時v甘いクリスマスをラウたんにv