種運命29話より
くまさんシリーズ

アデス×クルーゼ
ギル×ラウ
ギルレイ

『そんな、ある日の物語〜終末の夢〜』

小説 吉野様

 





物語はアデスがくまさんになるところから始まります。

今回はアデスにとって今までで一番困った「くまさん」でした。

身長30センチ程度の茶色いテディ・ベア。首に白いリボンを巻いただけの可愛いテディ・ベア。

動けず、喋れず。ただ、視力と聴覚が健在で、アデスの心を宿したテディ・ベア。

アデスは目に見えるもの、耳で聞こえる全ての物を把握して考えます。

暗い暗い無機質な部屋。うずくまっている子供。小さな泣き声。

寂しいの?泣かないで、泣かないで。

アデスは動かない手を必死で伸ばそうとしました。出ない声をどうにか出そうとしました。

けれど、やはりそれは叶わず。

けれど、光はやって来ました。

赤い軍服を着た金髪の青年がやって来て、泣き声の主に近寄りました。

アデスはそれがクルーゼ隊長で、泣いていたのはどこか彼に似た面差しの少年だと悟ります。

少年はクルーゼに頭を撫でられると涙をポロポロと流しながら笑いました。

良かった。良かった。もう寂しくないね。

クルーゼが少年を抱き上げて、部屋を出ようとすると少年はアデスの方に腕を伸ばしました。

クルーゼはそれに気付くと右腕だけで少年を抱き、左腕でアデスを拾い上げました。

「君のものか?」

「…わかんない」

「一緒に連れていった方がいいか?」

「うん」

迷わずに頷く少年の腕にクルーゼはアデスを抱かせ、もう一度少年の頭を撫でると部屋を出ました。



アデスは少年の腕の中からずっとクルーゼを見ていました。

自分が出逢う前の、少し若いクルーゼ。隊長職に就く前のクルーゼ。変わらないのは真っ白の仮面。

少年もじぃっとクルーゼを見ていました。気付いて、クルーゼがふっと笑みを浮かべると少年も嬉しそうに笑います。

クルーゼはある部屋に入っていきました。

アデスには病院の豪華な個室に見えました。大きなベッドと応接セット。そのソファーに黒髪の青年が座っていました。

彼はドアが開いた音で振り向き、少年は病室を見てびくっと身体を震わせ、クルーゼにしがみつきました。

「大丈夫。何もしない。彼を待たせていただけだから」

「…だれ?」

「これから君と一緒にいてくれる人だよ」

「あなたは?」

泣きそうになりながら訊ねてくる少年をクルーゼは腕から降ろし、しゃがんで再び頭を撫でてやりました。

「私とは一緒にいない方がいい」

「本当に良いんですか。彼のこれからを私に託されて」

クルーゼの背後から黒髪の青年が訊ねました。クルーゼは立ち上がって、青年の方に向き直りました。

「君こそ受けたくせに今更どうしてそんなことを訊く?」

「イエスと答えれば終わる問いに何故そう答えないのです?」

それが正しいのか否か、誰も知らないから誰も答えることが出来ませんでした。

二人は沈黙の中で考えます。

この子の生きる道を、生きる場所を自分達が決めようとしている。

ここじゃないどこかには連れていける。けれど、そこがこの子が幸せになれる場所かどうかなんて誰も知りはしないのです。

「…心配するな。私は後悔などしない。希望など求めて生きてはいないからな」

「君はそうでもこの子は…」

「だから私の側には置けないだろう?」

クルーゼは仮面を外しがてら綺麗に笑う。青年はそれ以上の反論をしませんでした。

代わりに溜息一つ付いて、クルーゼの横を通り過ぎ、少年の前に膝をつきました。

「こんにちは。私はギルバート・デュランダル」

「ぎ、ぎる、らる??」

アデスにとっては聞き覚えのある名でしたが少年にとっては言い辛い名に他なりませんでした。

デュランダルは苦笑して、少年の頭を優しく撫でました。

「ギルでいい。君の名は?」

「…レイ」

「では、レイ。ベッドの上にある服に着替えておいで。一人で大丈夫かな」

レイはアデスをぎゅっと抱きしめて、こくこくと頷くとベッドに駆け寄り、珍しそうに小さなスーツをじっと見てから恐る恐るそれを手に取りました。

アデスはベッドに座らされ、不器用に着替えるレイを見守りながらもソファーに座るクルーゼとデュランダルの会話に耳を傾けました。

「可愛い子だな、君と違って」

「一言余計だ。喜ばしいことだがな、私と違うのは」

「…相変わらず後ろ向きな考えだ」

「私は前しか向いていない。目の前にある絶望しか見えぬからな」

「厄介な目だ。いっそ閉じたらどうです?」

「ふっ…何をする気だ?」

笑いながら目を閉じるクルーゼの頬にデュランダルはそっと手を添え、キスをしました。

アデスからははっきりとは見えませんでしたが、それでもアデスは二人が何をしているのか悟り、胸を痛めました。

見たくない。知りたくない。痛い、痛い。

キスの最中、薄く開かれたクルーゼの目が自分を見たような気がして、アデスは焦りました。

ですが、クルーゼが見たのはネクタイと格闘中のレイのようで、デュランダルを制して、彼をレイの方に向かわせました。

「君がやってあげてもいいと思うがね」

デュランダルはレイの前に再び膝をついて、ネクタイを結んでやりながらクルーゼに言葉をかけます。

クルーゼはソファーに座ったまま、顔だけを二人の方に向けていました。

「得意ではなくてね、ネクタイは」

「意外だな」

何気ない会話。アデスはその会話に覚えがありました。

前に一度、クルーゼにネクタイをしてあげた時の事でした。



いつもより情熱的だった情事の後、出掛けるというクルーゼがスーツを出してきたのでした。

『本当にお出掛けになるのですか?』

『何だ?寂しいか?』

『そ、そうではなくて…その、身体を心配してるのです。お出掛けになるなら先に言って頂ければ…』

『誘ったのは私だ。言っていれば手加減でもしたのか?冗談じゃない』

『……ところで先程から何をネクタイで遊んでおられるのですか?』

『遊んでるわけではないのだがな。苦手なんだよ』

『それは…意外ですね』

『ふっ…どいつもこいつも私が完璧だとでも思っているのか?』

『そういうわけではありませんが手先器用そうですよね。宜しければ私が結びますが?』

『ああ、頼む。…で?本当に寂しくはないのか?』

『…寂しくないわけないでしょう』

ネクタイを結びながら白状するアデスにクルーゼは笑いながらキスをしました。



アデスは思い出して、気付きます。あの時の『どいつ』がこの男で『こいつ』が私のことだったのか、と。

何げに流していた言葉を惜しいと思う。何気ない会話だと思っていた。けれど、違う。クルーゼの言葉は違うのだと。

全ての言葉にクルーゼの魂が染み出ているのだと。

帰りたい、帰りたい、今すぐ貴方に逢いたい。

「はい、できたよ、レイ」

「ありがとう…ギル…様?」

「はははっ、ギルでいい。これから一緒にいるのだから仲良くしよう、レイ」

「っ…ギル!」

レイは嬉しそうに笑ってデュランダルに抱きつきました。クルーゼも立ち上がって、微笑みながらその光景を見ていました。

それから、レイはデュランダルから離れるとクルーゼの元にとことこと歩いていきました。

「どうした?」

「あなたのことはなんてよべばいいの?」

「…私の名を呼ぶことは無いだろう」

「もうあえないの?」

レイが泣きそうな顔で自分を見上げてくるので、クルーゼは苦笑しながらしゃがんでレイの頭を撫でてやりました。

「…ラウ・ラ・フラガ。それが私の名だ」

「ラ…ラガ?」

「ラウでいい。それだけで…いいんだ」

「ラウッ」

そう呼んで、レイはクルーゼにも抱きつきました。クルーゼは静かに目を閉じて、レイを抱きしめました。

アデスは呆然としていました。

フラガの名は聞いたことがありました。連合の有名なMA乗りがそんな名前だったと。

ありふれた名ではないから無関係ということもないのだろうと見当を付けます。

そう思うと、また胸が痛み出しました。

ラウ・ル・クルーゼ。それがアデスの知る、彼の名でした。

けれど、それは偽りの名。アデスはずっと彼をクルーゼ隊長と呼んできたのです。

名を偽ることは存在を偽ること。そう言ったのはデュランダルでした。

偽りたかったのか。抗いたかったのか。その名を、その存在を。

名で愛したわけではない。名を愛したわけではない。

けれど。

痛い。苦しい。…悲しい?

自分が?いいえ、貴方が。

抱きしめたい。触れたい。側にいたい。どうか、今すぐ側に。

アデスは視界を閉ざしました。

この世界から消えて元の世界へ。

一生懸命、一生懸命、元の世界をイメージしました。

そして心の中で彼の名を呼び続けました。

クルーゼ隊長、と。



「…ス、アデス?」

ヴェザリウス・隊長室のベッドの上でゆっくりと目を開けるアデスの耳に随分と不安の色を含んだ声が聞こえました。

愛おしい愛おしいクルーゼの声。

アデスは目を開けきる前に自分の顔を覗き込んでいたクルーゼを身体ごと抱き寄せ、強く抱きしめました。

いつもよりずっと強い力で抱きしめられて、クルーゼは苦しそうに声を上げました。

「ア、デス…?」

「…申し訳ありません。少し、許して下さい」

「どうした…?怖い夢でも見たのか?うなされていたから起こそうとしたのだが…」

あれは夢ではない。アデスは確信していました。けれど、クルーゼにそう伝えることはできませんでした。

「…夢では貴方に会えませんでした。それがひどく辛かった…」

アデスは腕の力を緩めて、クルーゼの顔を見上げてそう言うと驚いたような顔をした彼にキスをしました。

「…お前にしては珍しい殺し文句だな」

「本当に早く貴方を抱きしめたかったのです」

アデスは笑うクルーゼを再び腕の中に閉じこめるように抱きしめました。

クルーゼはそこで目を閉じると小さな声で呟きました。

「…全てのものは生まれ、そして死んでゆく…それだけの存在だ」

「隊長?」

「だが、ラウ・ル・クルーゼとして生き、死ねるのならそれも悪くはない。お前は愛してくれた」

彼がラウ・ル・クルーゼとして生まれ、とは言わなかったことでアデスは思い知るのです。ああ、やはり夢ではなかったのだと。

ですが、彼が望むのは『ラウ・ル・クルーゼ』、アデスが望む
のも『ラウ・ル・クルーゼ隊長』。
例えそれが本当の名でなくとも問題はありませんでした。

「…クルーゼ隊長。私は貴方を愛しています…誰よりも何よりも…っ」

「では、今夜はもう少し愛してもらおうか…?」

「っ…喜んで」

アデスは思います。この声でこんなことを言われて断れるわけがない。断る理由も見つけられない。

アデスはゆっくり体勢を入れ替えて、クルーゼを見下ろすと優しいキスから始めました。



「アデス、救いとは…何だと思う?」

軍服に袖を通しながらそんなことを聞いてくるクルーゼにアデスは苦笑いを浮かべながら首を傾げました。

「唐突ですね。質問ですか?なぞなぞですか?」

「どちらでも。お前が答えだと思うものを」

「そうですね…願いは叶わず、祈りも届かず、そんな絶望の中でそれでも前に進めるとしたら…生きていけるとしたらそれは何かに救われてるということではないでしょうか。それが何かは人それぞれでしょうが」

「…では、お前の救いは何だ?」

「ははっ、ご自分の名前でも言わせたいのですか?生憎、救いが必要なほど絶望したことはありませんよ」

「そうか…そうだな、お前はそれで良い」

「貴方がここにいるのにどうしたら絶望など出来るのです。貴方が唯一の光で構わない」

アデスの言葉にクルーゼの動きが止まりました。アデスは笑って、そのクルーゼの代わりに彼の軍服のホックをとめていきました。

「…悔しいが、時々お前には敵わないと思うことがある」

「光栄ですね」

アデスがそう返すと、クルーゼはアデスの首に腕をまわして短いキスをしました。

さぁ、今日の始まりです。



でも、終わる>笑
END










うあああああ〜(∋_∈)///
まっまたもや心臓にくるお話をありがとうございました///
また殺し文句の連続で、ハアハア…ドキドキ//
吉野さん曰く↓
『種運命まさに運命の29話・・・あまりにも衝撃が強かったの
でひとつ、書いてしまいましたっ。何故か、くまさんシリーズ
で(笑)。やはり、隊長にはアデスが不可欠なのです・・・。
デュランダルの台詞「何かに抗うように」で薬を渡すシーンが
出て「何かを求めるように」でアデスと一緒のシーンが出たの
でつまり隊長が求めるものはアデスだと勝手に解釈しました(爆)。』
アデスがくまさんに〜♪と思って読んでいると切ない展開に//
ギルの片思いも切なくて萌えですし
レイにゃんはてこてこ歩いているし(〃∇〃)
クルーゼ隊長の優美な絶望に悲しく甘く誘いをかけられました//



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