■第8話 「野鉄砲」

先生のことでもっと何か、でやすかぃ
そういやぁ、目を閉じると今でも思い出すのは、先生のあの顔…
困惑したり怒ったり、なんてぇのはよく見やしたが、心からの笑顔は少なかったかもしれやせん
それでも、周りをも幸せな気持ちにさせるような笑顔をなさったことが御座いやした

それは、先生が手紙で呼び戻されて八王子の兄上様をお訪ねになった時のこと
戸口に立つ弟の後姿を見つけて嬉しそうに声を掛けた兄
その声を聞き振り返った先生は、満面の笑みで声も弾ませておいでで
これほどまでに晴れ晴れと嬉しそうな様子は見たことがありやせんでした
元々つぶらな瞳をさらに輝かせて再会を喜んでらっしゃる先生
闇の世界に片足を突っ込みかけていたものの、まだそんなお顔ができるお人だったんでやす
もう忘れたはずの暖かさや温もりなんてものまで伝わってくるようでやした
例え、その笑みが奴(やつがれ)に向けられたのでは無くとも……

このお二人、先生が物心つかない時分に離れ離れになったとはいえ、同じ家紋を兄は背に弟は胸に
血の繋がりがあるだけではなく、心底、仲の良いご兄弟なので御座いやしょう
お互いを思い遣る心が、言葉の端々や表情から窺えやした
先生が百物語を開板したいと打ち明けると、兄上様は反対することも無く素直に受け止めなさって
「おまえならきっと、面白いものが書けるだろう」 と励ましまでされて
怪事があった現場に立会い、兄の仕事の大変さを思いながら、やや上目遣いで耳を傾けていた先生
その顔には、ひたすら真っ直ぐな心根が現われておいででやした
額を寄せ合って内緒の話もなさっていて
あの時も、そして思い出している今も、胸のどこかがちぃと痛いのは何なんでやしょうね……
いや、こっちの話でさ

お二人でやすが、夜には共に酒も酌み交わされたようで
先生は下戸でいらっしゃるのに兄に勧められ、戸惑いながらも一気にあおってしまわれたんでさ
途端にむせておいででしたが、その様子を笑いながら見ていた兄上様
「その顔、赤子の頃からちっとも変わらんなあ」 と嬉しそうに仰られて
先生はまだむせながらも口を尖らせてらっしゃいやした
赤子の頃の先生でやすか…さぞかし可愛らしいお子だったんで御座いやしょうね、きっと
平和なひとときというのは、こういうことを言うのかと思いやした
もう、奴(やつがれ)には縁の無いものでやすがね

だが、京から先生を呼び戻した手紙のことは、ちょいと気掛かりでやした
兄上様は出した覚えが無いと言い、先生は貰ったはずの手紙が見当たらない
確かに早飛脚が来たのに、京にいたことも今はじめて聞いたという兄
どこか釈然としないのは、奴(やつがれ)も同じでやした

実はこの地で仕掛けることになった御行に、先生がまた出くわしちまったんでさ
今回は、怨念によりそれ自体が妖かしと成り果てた野鉄砲と、それに関わった者の始末
ただ、成り行き上、兄上様も巻き込む形になってしまいやした
追い掛けてきてその身を心配する先生の悲痛な声は、まだ耳に残っていやす
「兄上ーーーっ!」
そう叫んで駆け出す必死な姿を見て、兄の存在が先生にとってどれほど大切なのかを思い知らされやした

やがて、掛け付けた先生が見たのは、死した上役の横に跪いていた兄
怪我が無かった様子に安堵したのも束の間
やはり物の怪の仕業だったと納得している兄とは違い、仕掛けだと悟った先生
現場を見てそこまで察するとは、すっかりこちらの世界に浸かってしまったのか…

しかし、だからと言って、先生がこちら側の住人だとは言い切れないものがありやした
生きている人間を大事に思い、どこまでも一所懸命な先生
その真っ直ぐさ故に危ない目に遭っていながらも、諦めることをしない強い心
銃で撃たれそうになって腰を抜かしても、逃げずにまだ向かって行こうとする先生は、哀しいほどに純粋で

奴(やつがれ)の手の届く範囲なら先生の身を守ることはできやすが
本当は危険なところになど足を突っ込んで欲しくはないんでやす
…が、こちら側に来て安穏としているなんてぇのは無理な話
闇の世界とは、そういうもので御座いやす

眩しい生の世界、闇の死の世界
その境なんぞは、本当は紙一重
奴(やつがれ)共はその間を居場所としていやすが、先生の在るべきところはそこじゃない
どう考えても、所詮は住む世界が違うんだ
そちら側というのはあまりに明るく眩し過ぎて……

仕掛けが終わり、去り際に 「後は頼みやすよ」 とお願いすると、先生は素直に聞いてくれやした
自分の戻るべき場所がわかったんで御座いやしょう
あの時は、それでいいと思ってやした
このまま離れることになっても、先生の為にはそれでいいと

先生が闇に背を向けて戻っておいきなさったのは、生に満ち溢れた明るい世界
あの時、反対の方向へと歩いていた奴(やつがれ)の耳にも、賑やかな祭囃子が風に乗って聞こえてきやした
先生があの後、兄上様と共に少しでも祭りを楽しまれたのなら良かったんでやすがね
仕掛けのことなどは忘れて、もう一度あの微笑みを浮かべておいでだったなら、それだけで……








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野鉄砲では、待ちに待った百介のお兄ちゃん登場で!
顔だちとか物腰の柔らかさは似ていながら、武士らしく精悍なお兄ちゃんが、
可愛い弟を溺愛してるのが!たまりませんでしたv(T▽T)///声も水島裕さんでv
又さん的には、こんなに複雑な想いでいっぱいだったんですね///
アニメの百介さんは、原作よりも正義感が強くて、でも力の足り無さはそのままに
余計愛らしさが増していると、この回を見て思ったりしました//
住む世界の違う又市と百介…こんなにお互い想いあっているのに(T◇T)//
あまりにももどかしいです(T◇T)

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