■第7話 「帷子辻」

先生と過ごす日々が重なるに連れ、お互いそろそろ潮時か、と思ったことがありやした

いくら一緒に甘味を愉しめたとしても、いくら仕掛けに役に立ってくれると言っても
やはり奴(やつがれ)共と先生とじゃぁ、住む世界が違う
けれど、先生の為と思いながらもなかなか切り離すこともできずにいて…
ならば覚悟の上、ご自分の意思で決めていただこうと、再び仕掛けに立ち合わせたのがあの時

場所は京の都、不気味な謂のある帷子辻(かたびらがつじ)
朽ち果てた様子を描いた一枚の絵とともに女人の腐乱死体が次々と棄てられるという怪事がありやして
丁度、先生はその事件を解くためにわざわざ京まで呼ばれておいでで
奇談・怪談の豊富な知識を求められたんだそうで御座いやす

版元である蔦屋の知り合いの伏見屋から紹介されたのは、与力の緒方佐十郎と笹山玄蕃
その笹山の妻の死体盗難が始まりで、「九相詩絵巻」 の順に死体の上に一枚の絵が置かれるようになった
と、緒方から聞いた先生、「九相詩絵巻」 に似た話で、小野小町を思い出してらっしゃいやした
話しながら歩いていた先生と与力が帷子辻に差しかかったその時、現われたのは女の姿をした怨霊
「誰(たれ)そ我が名を騙(かた)るは」
そう言い残して、死体となって道端に倒れていたおぎんを連れて一陣の風と共に消えていっちまいやした

「おぎんさんは?!」 と慌てる先生に、奴(やつがれ)が聞かせたのは嘘の説明
「先生、おぎんはもういけねぇ おぎんは七日ほど前に死にやした 
怨霊退治をしてやるといきがって ひとりで行っちまいやした 逆に取り殺されたんでさ」
そして、「先生、おぎんのことは諦めなせぇ」 と

もともと先生は、奴(やつがれ)とは違う世界のお人
本当は関わっちゃいけないお方だ
だから、奴(やつがれ)共がどこでどう果てようが、心を残しちゃいけやせん
それをわからせようと、おぎんを死体に仕立てて言い聞かせたんでやすが…

先生は突然のことに驚きが大きかったのか、夢にまで見ちまったようでうなされてやしたね
起きてからも、現(うつ)し世を望んで生きる事も異界の住人になりきることもできない、と悩まれた様子で

そんな折、蔦屋経由で八王子の兄上様からだと江戸から早飛脚が来ていたようでやす
相談したい儀があるとかで、先生はすぐに戻ることになってしまいやした

折角、江戸から離れていられたというのに
この時は、見えない糸に絡め取られているかのような、すっきりしないものを感じやした
気のせいだと良かったんでやすが……

手紙が来た後、先生は奴(やつがれ)共と雨宿りをしたことのある古びた祠へと立ち寄られたようで
京を発つ前に一目会えれば、とでもいう思いだったからなのか
心を残しちゃいけねぇとあれほど言っておいたのに、困ったお人で御座いやす……

しかし、これで奴(やつがれ)も腹を括りやした
長耳を遣わせて先生を帷子辻の手前まで連れ戻し、そこですべてを見届けてもらうことにしたんでやす

夕暮れ時、先に辻にやって来たのは与力の緒方
この旦那の出番はまだの為、長耳が姿を変えて気を逸らし、うまくその場から立ち去らせやした
後に残されたのは大きな葛篭(つづら)
やがて夜になり、冷え込むのか、自分の身体を抱きしめるように身を竦ませた先生
暖めてやりたくなりやしたが、もう少しの辛抱と己に言い聞かせておりやした…

さて、いつの間にか転がっていた葛篭からは骨となった死体が飛び出し、そこへ近付いてきたのは笹山
探していた妻の亡骸だと思い手を伸ばそうとすると、遮るように亡霊が現われ
切りかかると亡霊は倒れやしたが、背後にまた別の気配が

それは朽ち果てた顔のおぎん
その姿を見た途端、隠れていた先生は思わずおぎんの名を叫んでしまいやした
咄嗟に振り向くおぎんに対して、例え姿が変わり果てようが、と揺れる瞳で声を詰まらせながら訴える先生
奴(やつがれ)共の真の姿を感じとり、それでも受け入れようとしてくださったんで御座いやしょうか
そのあまりの必死さに、おぎんでさえ冷たく突き放しながらも、やや動揺してやしたね

先生を仲間かと思った笹山が刀を振り上げようとした時、御行の最後の仕掛けとなりやした
姿が醜く変わろうとも想いは変わらぬ、そこまではまだいい
が、朽ち果てていく様を写し取りながら、死してこれほど思っているなどとぬかすのは、てめぇ勝手な言い分だ
一番見られたくねぇ姿を見られたどころか絵にもされれば、イザナミノミコトだろうとお怒りになりやしょう

亡霊に囲まれ、投げたお札を刀で地面に突き刺し、自分は短刀で自害した笹山
その亡骸は、長耳が調達した取れたての死体と向かわせ、相討ちで果てたように仕立てやした

すべてが片付き、そろそろ魔物は闇ん中に戻る時間となり
「どうなさいやす? 一緒に消えなさるかい? それとも、そっちに残りますかい?」
そう、先生に決断を迫りやした
すると先生は、黙ってその場を後にして、奴(やつがれ)の後を追ってきなすったんでさ
けれど、緒方が笹山の姿を見つけて涙を流しているのを見て、これで良かったのかと悩んでおいでした

真実が必ずしも善とは限りやせん
残された者にとっては、偽りの姿の方が下手に思い煩わずとも済む、なんてぇこともありやす

所詮この世は嘘っぱち
誠を嘘で固めて、煙に捲いて
そうやってみんな、どうにかこうにか生きてるんじゃぁないですかい

本当の想いなんてものがあったとしても表に出さず
素知らぬ顔で空でも眺めて
闇に光る目は、心の片隅で意識しながら……






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