■第5話 「塩の長司」

奴(やつがれ)共に同行するなら、それなりの働きをしてもらわなくちゃァいけやせん
先生が使えるお人かどうか、試してみたことがありやした
丁度、と言っては何ですが、断れない筋からの依頼が舞い込んできたんで…

あれは霧の深い山の中、長耳が聞いた噂を頼りに茶屋を探していた時のこと
先生は付いて来ながらも何度も帰りたがってやした
まあ、右も左もわからないような場所では不安になるのも仕方がありやせんがね
しかし、甘味には目が無い又市一行、ここまで来て引き返すなんて考えは毛頭無く
微かに香った甘い匂いを頼りに進んでいくと、一軒の建物に辿り付きやした
当たりでやす
が、迷わず入って驚きやした
出てきた饅頭は京極亭と同じ美味さ
夢中でかぶりついていると白玉と黒豆という看板娘が現われ、そこで気付いてしまいやした
はめられた……、と
姿を戻した白庵と黒庵からちょいと頼みたいことがあると言われ
断りたくとも出された物を既に食べてしまっているとあっては後の祭り
請けない訳にはいきやせん
「その前にあの坊やなんだけど」
と言われて、初めて先生がいないことに気付きやした
迂闊で御座いやした…
先生も茶屋に入ろうとしたのに建物は眼前で掻き消えてしまい、呆然としていたとか
この味を堪能できるかどうか、それは先生次第ということになっちまいました

さて、置いてきぼりにされ、さ迷い歩いていた先生
馬飼いを生業としている塩屋長次郎の屋敷の前で行き倒れてしまいやした
中へ運び込まれ、介抱してもらいやしたが、医者の見立てでは一晩持てばいい方だと
力が出るものを食べさせてやれば助かるかもしれないと聞かされた番頭が、先生に何かの肉を与えやした
だが、口にしたものの吐いてしまった先生
肉を食うということに慣れていない体が、受け付けなかったので御座いやしょう

やがて容態も安定し、起き上がることができるまでになったので身元を問われたものの
ここ数日のことを何も覚えていないという先生
怪談話を集めていたと話すと、番頭は納得した様子
怖い目に遭ったのでその時のことを忘れてしまったのかも、と気落ちしている先生を慰めてやした
会ったばかりの他人にも容易に好意を抱かせるのは、人徳というやつなんで御座いやしょうか

その後、先生はとある部屋の奥に馬の絵があるのを見つけやした
夜になって腹痛が襲い、助けを求めて部屋を這い出すと、絵の馬がいなくなったと飛び込んで来た知らせ
部屋へ行ってみると確かにいなくなっていたが、どこからともなく駆けて来る馬の蹄の音
疾風が通り過ぎ、突然腹痛が治ったことに先生が気付くと同時に、絵の馬が戻ってやした

自分に何を食べさせたのかと先生が問い詰めてみると、偶然に死んだ馬がいたのでその肉を、と言った番頭
それを聞いて先生は、腹が痛くなるのは馬の祟りだという 「塩の長司」 の話を番頭に聞かせてやした
その番頭、聞いた話をそのまま主人に伝えたようで
先生には留守だと言っていたこの家の主、人前に出ない本当の理由は、出る事ができない醜い姿の為
医者には、祟りなどは迷信なので薬を必ず飲むこと、と念を押されていやしたが
主人は 「肉が食いてぇ、今度は猿だ」 と番頭に命令するばかり

そうこうしている内に、馬の亡霊が暴れていると怖がりだした使用人達
先生も再び腹痛を覚えたので、ふらふらになりつつも問題の部屋の襖を開けてみると
中に居たのは腹が痛いと苦しんでいるこの家の主
馬の祟りだと聞いてその絵を燃やそうとしたのを、先生が止めに入りやした
助けてくれと悶え苦しむ主に、塩の長司の祟りだと冷たく告げる先生
主人がこうなってしまった経緯を、番頭から聞き出したようで御座いやす

奴(やつがれ)もお払いをしようとその屋敷を訪れやしたが、先生に会っても知らぬ振りを決め込みやした
目も合わせない声も掛けないというのは、ちぃとばかし寂しいものでやしたね
しかし、ここへ来たのは仕事の為
こんなことで治るなら医者はいらんと怒る医者の前で御行を始めると、突然苦しみだした先生
塩の長司から助かる方法はひとつだけ、それは隠している悪事を洗いざらい話すこと
そう告げると、先生は覚えて無いと頑なに断り続け
助けてくれと一目散に部屋を逃げ出していったものの、現われた馬の怨霊に噛み殺されてしまいやした

呆気ない…でやすか
本当に、人の命なんてのは呆気ないもので御座いやす
まあ、話はまだ続きがあるんでさ

死ぬのは誰でも怖いもの
先生の最後を見ていた主、「本当は長次郎じゃない」 と慌てて白状しはじめやした
この男の罪は、僅かに残っていた人としての良心までをも食ってしまったこと
切羽詰って生き延びることに必死になったんでやしょうが、仕掛けからは逃れられず
てめぇの命で償ってもらいやした

さて、終わりの印で鳴らした鈴の音を聞くと、突然、先生が 「えへ」 と目を開いて立ち上がりやした
驚いたのは番頭を始めとした使用人一同
そう、全ては奴(やつがれ)共の仕掛けたこと
今までの先生の行動は全部演技だったんでさ
心配ご無用、ちゃんと生きておいででやす
医者に化けていた長耳に、「物書きより役者で行けるんじゃねぇの」 と言われた先生
「それはないでしょ〜」 と、困った顔をしながらも満更でもない様子
番頭に 「もう、殺生はしなくていいんですよ」 と労うように声を掛けてらっしゃいやした
それでも主人に何もしてやれなかった、と後悔している番頭を見て
「この家を守っていってください」
そう、芝居の締めの台詞のように言い切った先生
意気揚々と引き揚げようとしたところを、奴(やつがれ)が足を払って転ばせやした
調子に乗るのも、ほどほどにしないといけやせん
おぎんからも、「あんた、歌舞伎役者にでもなったつもり」 と言われる始末
額を叩きながら 「てへへへへ」 と笑っていたあどけなさは、憎めないんで御座いやすがね


この仕掛けは最初から最後まで京極亭が見ていたはず
先生がなかなかやる、とわかってしまった以上、もう蚊帳の外という訳にはいきやせん

「甘党だと、よろしいんですがねぇ」

京極亭がそう言いながら高らかに笑っている声が響いてくるようで御座いやした……








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ハアハアしていた百介さんはとても色っぽかったです〜(≧∇≦)///
あんな可愛い人が家の前で倒れてたら、馬だって食わせますとも!!
京極堂から救うためとはいえ、百介を御行に使うのは、又市は辛かったでしょう(∋_∈)//
でも可愛い百介は堪能できちゃうし、想いは複雑に//(〃∇〃)

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