■第4話 「舞首」

人というものは、深い闇を抱えているもので御座いやすね
それはどうしようも無いものなのだと先生が感じたのは、この時だったのかもしれやせん…


不思議な話に巡り会えると思って奴(やつがれ)達に付いてきた先生
なかなか目新しい話に出くわさないので少々困惑気味でやしたが
茶屋の団子を誘うと、一緒に腹に収めておいででした

しかし、おぎんと長耳の舌には困ったものでやす
味が違うだの京極亭には敵わねぇだのと文句を言い出しやがって
ここのもなかなかだと言ってみたところで、聞く耳持つような者どもでなし
これじゃぁ、いつ戻りたいと言い出すかわかりやせん
先生の姿は、なるべくあの目に触れさせたくはないんでやすがね

そして、休憩も終わり次へ向かおうとした途中のこと
侍に追い掛けられていた女が先生に助けを求めてきやした
巻き込まれて刀で少し腕を切られた先生
女がそれを見付けて流れる血を舐め、自分の手拭いで止血してやしたが
先生が鼻の下を伸ばしている様なんてのは、見たくは無かったというのが正直なところ
厄介事には関わらない方が身の為だとは、何度も言ってること
…が、奴(やつがれ)のことは忘れたかのように女に気が向いていた先生には、忠告する気も失せやした
しかし、災いを呼びこんでしまうとは、つくづくついて無いお方で御座いやす…

そのまま漁師村にある女の家まで付いて行っちまった先生
警戒心が全く無いというのはどうしようもありやせんね
褌一丁というのは目の毒ってもんで…
あのまま、女が先生に手を出そうものなら、即、御行していたところでやすが
ゴホン…いや、何でも御座いやせん……
何も知らず、何も気にせず寛いでいる先生
刀で切られた着物を繕ってもらい、その着物を羽織らせてもらったり袴を履かせてもらったりと
身支度を手伝わせることに抵抗が無いようでやした
いいところの育ちってやつで御座いやしょうか
おっとりとした口調や時折見せる物腰の品の良さは、その辺りから来るものなのかもしれやせんね

その後、一軒の宿に辿り付いた先生、不気味な様子におばけが出ないかと怖がってやした
後から部屋へ入って行ってみると、腰が引けながら怖々と隣の部屋を覗いてらしたんでさ
怪談話を書こうというお人が、可笑しなもので
しかし、その宿で出くわしたのは奇遇だと先生にも言ってはみたものの、妖しい匂いのする屋敷で御座いやしたね
その呟きを聞き取った先生、やはり何か出るのかとあまりに怯えるのでちょいと脅かしてみると
息を呑んで仰向けに倒れてしまいやしたんで…
人の顔見て泡を吹くとは、失礼な人で御座いやす
まあ、これで奴(やつがれ)の中に燻っていた嫌なもやもやも消えたんでやすがね
ただあまりの気絶ぶりに少々やり過ぎたと思ったのも確かで…
それで、先生が酷い目に遭う事の無いよう、関わりかけている闇を確かめに行きやした

道ですれ違ったのは、先生に助けを求めたお吉を囲っている弥平という網元
「蝋燭が短くなってやすよ」 と忠告しやしたが、何のことか思い至らなかったようでやすね
闇は、知らぬ内にすぐ傍まで迫っているもので御座いやす
お吉にもそれは例外では無く
その女の闇は、内部に巣食っていたものでやしたが

奴(やつがれ)が外に出て行く時、先生はまだ宿で気を失っていたままで
長耳やおぎんに何かされてはいないかと、まあ…気にならないことも無かったんでやすが…
後で聞いてみると、長耳は 「がきんちょみてぇな寝顔しやがってよぉ」 と枕元で顔を眺めていただけだとか
おぎんも、お吉に女ながらの闇の深さを感じていて、先生どころでは無かったというのが正直なところだったか
しかし、先生が目覚めてからは、江戸へ帰った方が身の為だと告げたようでやす
おぎんはおぎんなりに、先生のことを気にかけているんでやしょう

その間にも、闇はどんどんと深くなっておりやした
寺まで呼び出して父である侍を殺そうと握り飯を用意してきたお吉
だが、迷い込んだ犬がその飯を食べて死んだ為に殺意を見抜かれ、咄嗟に網元のせいにした狡猾さ
侍はその言葉を信じ網元を殺して家へと戻りやしたが、そこは裳抜けの殻
しかし奥の部屋で、お吉の妹であるお玉の、亡骸となった姿を見付けてしまったんでやす

そしてその時、お吉は先生を訪ねてきてやした

来訪を喜んでいた先生に、お願いがあると言い出したお吉
願いというのは、一緒に家へ戻って欲しいというもの
侍に対峙する時に、先生をどう使おうと思っていたのか
またもや、保身の為に男を犠牲にしようとしていたのか
実に女の業の深いことで
しかし、そんな事情を先生が知るはずもなく、連れ立って家へと戻ってきやした
そこで見たのは荒らされた部屋
『弥平は殺した 巴ヶ淵で待つ』
という置手紙を見て、あの男がお玉を攫った、と駆け出して行く女
追いかけようとした先生の前には長耳が立ち塞がったようで
奴(やつがれ)と同じく、闇に巻き込まれようとしている先生をほおっておけなかったのか
しかし、これ以上深入りしない方がいいという言葉も聞かず、飛び出して行く先生
「止まんねぇとは思ったけどよぉ」
と、ふっと笑ったような長耳の呟きが耳に届きやした

女と先生が目指した場所では、断崖の上で侍が待っていやした
お玉を返せと迫る女の声は悲痛なもので
その必死な様子に奮起したのか、先生までもが侍に刃向かう始末
これ以上付き纏うな、お玉ちゃんを返せ、とお吉を背にかばい気丈に言い放つ先生
気になった女の前で男らしさを見せたかったんで御座いやしょうか
後先考えずに突っ走る方だというのはもう充分にわかっちゃいましたが、本当に、真っ直ぐなお人だ…

だが、当の二人はそんな先生のことは端から眼中に無かった様子
「どうして父から逃げようとする?」 と先生を無視して話を進めると、先生はその侍の言葉に驚いてやした
あの男が父だったのか、と呆然とお吉を振り返った先生
しかし、女は、そして男も、既に二人の世界にどっぷりと浸かっていて
先生はもう、そこからは傍観者でしかいられなくなっちまいました

娘を犯し、その娘の望むままに妻を殺した男
父に犯され、その父に母を殺させ、情事を覗き見した妹を、その目が怖いと殺してしまった女
罪の意識からか、妹はまだ生きていると自分に思い込ませていたのが
現実を付きつけられ、事実を受け止められずに心を壊しちまって

男を追ってきた武士達が到着し、男が切り捨てられた時も、心は現からは遠いところにあったようで
ただ穏やかに子守唄を歌い続けておりやした
飛んでいく自分の父親の首を見て、「首だ…首が舞ってる…」 と呟いた女
その表情は、まだ汚れを知らない子供のようにも見え…

そんなお吉を見ていた先生の 「どうして…」 との問いは、誰に対して、何に対してだったのか
おぎんから、あの気持ちは一生わからないだろうと言われ、言い返すこともできなかった先生
既にそこには存在しないのに、宙に舞う首を抱きしめようとする動作を繰り返す女を呆然と見つめていやした
そして、奴(やつがれ)の名を呼び

「彼女を御行してもらえませんか…? 彼女を救ってあげたいんです…」

と、頼んでこられた先生は、哀しみに沈んだ目をしてらして
たいしたことはできやせんが、初めての先生からの依頼、厳粛に遂行させていただきやした


それからなので御座いやしょう
先生が、奴(やつがれ)達の存在を受け入れてくだすったのは……




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あああ…お団子の味一つにそんなに又さんの百介への想いが(〃∇〃)
百介が又市達の存在を本格的に受け入れはじめるきっかけのお話///
女の人絡みで、又さんが妬きもチやいてたように見えました(笑)//

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