■第3話 「白蔵主」




出会いも三度目になると、それはもう偶然ではなく必然で御座いやしょう




ある夕暮れ刻、町を見下ろせる小高い丘で、夕焼けに染まっている先生を見付けたんでさ
家で使用人や版元から非難の言葉でも浴びせられたのか、その後ろ姿が妙に寂しげに見えやしてね
いい怪談話がある、と誘ってみると、迷わず乗ってきなすって
よっぽど百物語のネタが欲しかったのか
それとも、よっぽど家に居たくはなかったのか

先生をお連れしたのは江戸から離れた山ん中
そこには、轟々と流れる滝のすぐ側に掛けられた吊り橋が有りやして
その橋を渡っている途中、先生が立ち止まった気配がしたんでさ
どうしたのかと覗ってみると、後ろを気になすっていたようで
丘で見ていた時も、背後に視線を感じたような振り向き方をなさっていやしたが
もしかして、あの目が……
あ、いや、何でもありやせん

再び歩きだそうとした時、先生が板を踏み外しちまいやして
必死に綱にぶら下がっているのが見えやしたが、余計な情けはかけない方が先生の為
けれど、連れて来た手前、素知らぬ顔もできず
無事に登りきったのを見届けてからようやく歩き始めると
「助けてくれてもいいじゃないですか」
と、後ろから文句を言う声が聞こえてきやした

今までずっと、大事にされてきたんで御座いやしょうか
先生は人を信じることに疑いを持たない
けれど、ただ甘やかされてぬくぬくと育ったのかと思いやしたが、そうでもないことがわかりやした

人は死ぬ前に自分の一生を走馬灯のように見ると言うが、先生にはさっき何が見えたかと問うと
「私は生きています! おかしなことを言わないで下さい」
と、いきなり怒りだしだたんでさ
そして、最初に会った時に何故助けたのか、と訊かれたんで 「気紛れ」 だと答えると
「じゃあ、私はあなたの気紛れで生きてるって言うんですか?」
と、むきになって返してきなすって
「流石は物書きだ、面白いことを仰る」
そう軽く流すと、ふっと暗い顔になり
「走馬灯か…何も見えませんよ、私には……見るようなこと無いですから、何も……」
などと呟いておいででした
生きるということや自分の存在に、何か疑念を抱いていなさるのか…

しかし、怪談話を始めると、先生は打って変わって真面目に聞き入ってやしたね
白蔵主の話がこの辺りにもあると言ったところ、「それは甲斐の国の話」 だと記憶を辿っているご様子で
流石だと矛先を向けてみると、丁寧に説明してくださいやした
先ほどの落ち込みようなど忘れたかと思うほどの熱心さで

聞き終わってから、こっちの白蔵主は生きていて、猟師の方は人まで殺すようになった、と教えたんでやすが
その人をどうにかするのか、と逆に聞き咎められやして
「奴(やつがれ)の仕掛けるのは、あくまで妖怪退治でございやすよ」
そう答えると、今までのことも相手が妖怪だったと言うのかと更に訊かれやした
「人ならぬ、闇を持ってやしたからねぇ」
その返答には納得いかなかったのか、
「だから、殺したと?」
と、問い詰める眼差しには怒りの色が浮かんでおりやしたか
今度の相手である猟師の弥作はもっと性質(たち)が悪く、闇どころか罪の意識が無いと言っても
「あなたたちのやっていることは、ただの人殺しだ」
などと吐き捨てられてしまいやした

まあ、わかってもらえるたぁ、思ってやせんでしたがね
ふっと口元に浮かんだ笑みは自嘲だったのかもしれやせん
けれど、先生はそれを見て自分のことも殺すのかと慌てはじめたんで
「奴(やつがれ)達のことを話したら」
と、暗に脅したように言ってみると更に怯えて後退り
そんなことの為に連れて来たのかと訊くので 「お願いでやすよ」 と念を押すと
「か、帰ります!」
そう叫んで、足早に去っていっちまいました
直情型…でやすね
ですが、付いてくるなら、それなりの覚悟をしてもらわなければなりやせんから

その後、現われたおぎんに、京極亭が先生に手を出そうとしていることを勘付かれやした
ある日、京極亭で一服している時
「陽気のいい日が続きますね」
などという呑気な世間話に相槌を打っていると、京極亭の遣い魔の白庵と黒庵が現われ
先生のことを 「百ちゃん」 などと気安く呼び、早く口を封じた方がいいと騒ぎ立てるんでさ
断ろうとすると
「無理な注文ばかりで申し訳ないですね」
と、京極亭にやんわりと追い詰められやして
おぎんの台詞じゃねぇが、厄介なことになりやした

帰ろうとした先生でやすが、疲れて木の根元に座り込んだ前を猟師姿の男が歩いていくのを見付け
「あの…弥作さんですか?」
などと呼び止めたんでさ
そして、奴(やつがれ)との会話を思い出したのか
「この先にはあなたの命を狙ってる人がいるから、行っちゃいけない」
と、いきなり言い出す始末
そこまではまだ良かったんでやすが
「あなた、本当に人を殺したんですか?」
などと訊くとは、ばか正直と言うか世間知らずもいいとこで
見知らぬ者からそんな質問をされて、怪しまない訳がありやせん
しかし、先生はそこまで気が廻らないのか、仕掛けられようとしている男をただ助けたい一心だったのか
とにかく、その真っ直ぐさは美徳でもありやすが、自分の身を危険に晒す危ないものだとも言えやしょう
実際、弥作は訝しみ、殺意も抱いたようでやすから
その弥作がおぎんに仕掛けられているところを見た先生、懲りずに関わろうとして
「盗賊の頭に弱みを握られたので人殺しもした」 という告白を真に受け
「生きるためだったんです。 誰もあなたを責めたりしませんよ」
などと、まだ甘いことを口にした時、相手の口元が歪み妙な笑みが浮かんだことも知らずに
さっさと歩き出した弥作に付いて行ってしまいやした

弥作がやってきたのは盗賊が盗人宿にしていた山寺
そこに長耳が化けた和尚が現われやしたが
弥作の子供の頃のことまで知っているとは何か変だと先生は感じたようで
その和尚が白蔵主だと気付き、寺に繋がれてあった犬の檻を壊し、追ってきた白蔵主にけしかけたんでさ
犬に襲われた和尚がキツネの姿に戻ったのを見て、やはりと納得しなすったようでした
二人が去った後、白蔵主から姿を戻した長耳に
「物書きの先生が来るなんざ聞いてねぇぜ」
と言われやしたが、仕方ありやせん
先生を連れて来たのは奴(やつがれ)の独断でやしたから

橋まで戻ってきた二人でやすが、そこを渡ろうとした時に先生がまた足を踏み外しちまいまして
落ちそうになって 「助けて」 と求めても、正体を知っているのに生かして帰す訳にはいかないと言う弥作
これはまあ、流れからいくと当然と言えば当然のことで
しかし、先生は思いもしなかったようで意外な顔をされてやしたね
そして、弥作が先生にとどめを刺そうと鉈を振り上げたところ、足を滑らせ、てめぇが落ちかけたんでさ
その反動で先生も手を離してしまいやしたが
落ちてしまわずに弥作の足に必死でしがみ付いていたのが、上から見えやした

ただ……先生はもう助けてとは口にせず、何か考えていなすったようで
「助けてくれたら、一生をかけて罪は償う、だから」
そう命乞いをした弥作を真摯な眼差しで見上げてらしたのに、妙に心が動いちまいました
先生は自分の人生と比べていたのか
必死な様子を、自分よりも一生懸命に生きてきたと思ったのか
もう嘘は言わない殺しもしない、と言う弥作に対して
「決して?」
と訊いた先生の言葉には、固い決意のようなものが感じられやした
その時、奴(やつがれ)には先生のしようとしていることがわかってしまいやした
ったく……何てお人だ……
もう殺しはしないと約束した弥作に微笑んでみせて手を離し、下に広がる闇へと落ちて行った先生
人を信じきる、あまりにも純粋なその心が痛いほどで御座いやした

そんな先生のお蔭で助かった弥作は、やはり約束などはなから守るつもりも無かったのか、先生をばか扱い
こんな奴ァ、簡単にゃあ死なせやせん
気付いた時には、白蔵主に変わっている自分の姿を見付け、罪の重さを実感したことでやしょう


さて、自ら手を離して落ちてしまった先生でやすが
滝壷の奥底に沈んで行く時、心の中で呟いた声が何故か奴(やつがれ)にも届いたような気がしやした

「どうして…こうなってしまったのだろう…」

それは、揺蕩(たゆた)いながらも淡々として
微かな吐息と共に吐き出されたように切なく
それでいながら、どこか甘くも聞こえる声で

「私はもうお終いだ…走馬灯はやっぱり現われない…大した事なかったんだ、私の人生
私は死んだのか? あの連中に仕掛けられたのは、弥作さんだけじゃなかったんだ
私も仕掛けられていたんだ……でもこんな安らいだ気持ち…こんな気持ち、始めてだ……」

助け出した後、長耳に背負われていた先生の顔は、穏やかな表情で御座いやした
このままゆっくり眠っておいでなさい、と願わずにはいられないくらいに

目が覚めれば、否応無く現実が押し寄せて来やす
京極亭に逆らっちまったような形になりやしたが、所詮、この世は夢まぼろし
この先、どうやって生きていくかなどは、今から考えたって始まりやせん
為るように為っていくんで御座いやしょう

それまでは、この安らかな眠りが邪魔されないよう
先生が密かに抱いていた哀しい想いを、奴(やつがれ)の胸の奥にも秘めて
暫しの間、同じ道を歩んで行きやしょうか

今だけは、闇から見つめる瞳のことも忘れて……










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白蔵主では、あまりに百介が切なくて…
あの吊り橋のシーンでは何度見ても泣かされました(T□T)
誰もが思う存分満ち足りた道を見つけて歩める訳ではないのです…
でも百介は自分の魅力を分かってないだけなんですけど
そんな百介がたまらなく愛しかったです(T◇T)///

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