■第13話 「死神或いは七人みさき」(後編)

最後の戦いの時がやってきやした
仕掛ける相手は城主・弾正と白菊、そして、弾正の悪行に荷担した者達
それ以外は巻き込まねぇように、祟りがあると城下に噂を流したんでさ
お札をばら撒き、災いを避けたくば家屋敷に忌み篭るようにと、お告げのように教えて

奴(やつがれ)が動いている間に、先生もひとりで城に向かっちまったようで
阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられている地下で、白菊と桔梗に捕まっちまった先生
やはり無残絵の見立てだったのかと問うと、弾正はそんなものには興味がないと言われたようでやす
人はどこまで堕ちるのか、堕ちて堕ちてその果てに、人は何となるか試したのだ、と
入れられた牢屋には右近もおり、その二人はおぎんが助け出しやした
その時に、先生がこう告白したとか

「私は怖かっただけなんです…あの絵を見て、あいつ等と同じ事を考えついた私が
私は奴等と同じなのか、それを知りたかったんです…私自身の目で」

先生はあたし達と付き合い過ぎた、とおぎんは答えたそうでやす
どんなことがあろうと、先生は人間
だから、安心しろ、と

そう、先生は奴(やつがれ)達とは違うんでやす
どこまでも純粋で、優しくて脆い、普通の人間で…

そんな先生の目の前に、「余興」 だと南蛮渡来の豹が現われやした
狙っている獲物は、父を殺されて連れて来られた娘
不意に、人が豹に食い殺されている絵を思い出した先生
また見立てなのかと焦って 「やめろーっ!」 と叫びなさるが、それで何が変わるでもなく
ですが、先生は黙っていられないんでやすね
正義感の強さは、こんな目に遭っていながらも欠ける事が無いのかと、感心しやした
結局、豹に食われたのは、気が変わった弾正に見放された配下の者でやした
しかし獣は、まだ娘を狙い、迫り来る
その時、手下に紛れ込んでいた長耳の指笛を合図に、最後の仕掛けが始まりやした
危険を察知した弾正と白菊はすぐにその場を立ち去り、飛火槍までもが急に動きだしたんでさ
その台に一緒に乗っていたのは白庵と黒庵
やはり、最後に向かう先はひとつのようでやす
奴(やつがれ)とおぎんがすぐに後を追うと、「又市さーん!!」 と叫ぶ先生の声が聞こえたような気がしやした
早く安全な場所まで逃げればいいものを
ったく、先生というお人は……

追いかけた先の天守で、城下を見下ろしていた弾正と白菊を見付けやした
もう遅い、と言われても、ここで引き下がるわけにはいかねぇ
飛火槍が唸りを上げているンで、時間が無いこたぁわかってる…
その台座を歪ませて落とそうとしやしたが、一瞬間に合わず、発動してしまいやした
傾きながらも火を吹く飛火槍
火柱は天を突き、天から返って来た炎が海を攻撃し、津波が起こっちまって、城下一帯を襲ってきたんでやす
下では、逃げ惑う人々
それを見て、「町には落ちなんだが、結局は同じ」 と止められなかったことを嘲笑う白菊
確かに難しゅう御座いやした
なんせ、仕掛けたお方は人じゃぁ御座いやせんでしたから
人ならば、心の痛みも感じやしょう
だが、そのお人は人じゃぁねえ

「そうで御座いやしょう? 京極亭」

そう言うと、にやりと口の端を上げた弾正

「よくわかりましたね、又市…流石は私の見込んだ者」

そんな言葉を掛けてもらっても、嬉しくも何ともねぇんだ

人の心の闇は、ひとつひとつ御行しようと変わりはしない
どこまでも深く、どこまでも底が無い
だから、すべてを闇に、元に戻してしまおうとする弾正

「闇の中にこそ真(まこと)がある」

そう言って、奴(やつがれ)達をも元の闇の中へ返そうとしてきやがった
一陣の風が吹き、苦しみが襲い、身体がボロボロと崩れ始めたその時、先生が!

「又市さん! おぎんさん!」

その声で変化が止まり、動けるようになったんでさ
咄嗟に長耳が本来の姿を現わして刀を取り出し、白庵と黒庵を切り落しやした
地面に転がり、土くれに戻って動かなくなったものは、さっきまで奴(やつがれ)が成りかけていた姿…
何故、変化が止まったのかはわかりやせん
だが、この機会を逃す手は無い

「京極亭、元に戻るのはあんたの方でさぁ!」

そう叫んで、飛火槍へ向かってお札を投げ付けやした
お札が貼り付いた飛火槍は途端に発動し、唸りながら天に火を放ち、天は怒ったように荒れ…
そして、更に投げたお札
それらは先生の周囲をぐるぐると囲み、舞っている様はまるで先生を守っているかのようで
先生も驚いて、自分の周りを飛んでいるお札を見ていやした
やがてお札は地下へと吸い込まれて火を放ち、地獄絵が繰り広げられていた場所を炎で包みやした
城が燃え出したのを見て、驚きを隠せない弾正、いや、京極亭
心の闇を甘く見てやがるのはてめぇの方だ
人の闇はもっともっと暗ぇ
この炎は、京極亭が殺してきたもん、使ってきたもん達の闇の思い、その恨み

「御身に受けなせぇ!」

そう言い放つと炎が天を目指し、天から弾正を目掛けて火柱が立ち、その身体は業火に焼き尽くされやした
天からの炎は、横で悲鳴を上げていた白菊も、そして飛火槍さえも呑み込んでいき…
そんな中、先生も火に包まれ、炎の中へと落ちて行っちまったんでやす
だが、先生だけは何としてでも救いたい
それは同時に、本当の別れを意味するんでやすが、先生が助かるなら、生きて元の場所へ戻れるなら…

「先生、お別れでやすよ…」

最後の言葉は、すっと口から出やした
えらそうなことを言ってきやしたが、本当の死神は奴(やつがれ)達の方かもしれやせん
関わったモンみんな、死んじまいやすから
けど、先生はまだ帰れやす

「戻ってくだせえ、先生の生きていなさる場所へ」

消えようとする奴(やつがれ)に向かって、先生は手を伸ばしてくれやした
ですが、もう、その手を取ることはできねぇんだ
おぎんにも長耳にも、そして、奴(やつがれ)にも

どこに居たって、あの方の顔と声はすぐに思い浮かべる事ができやす
先生のこと、忘れはしやせん
いつまでも……




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又市一行と百介さんの悲しいお別れ(T□T)//
又さんが自分達の存在を賭けてまで、守りたくなったものが
目の前にあって… そして守るために別れなくてはならなくて…
忘れられない共に過ごした時間
二人の想いだけはずっとこれからも続いてくれるのです…



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