■第12話 「死神或いは七人みさき」(前編)

船幽霊の一件の後、先生は腑抜けたようになっちまいやした
港に着いた時、うつろな目をしていた先生
自分がどっちつかずだと、思い悩まれていたのか
気にはなりやしたが、奴(やつがれ)と一緒に居る方が身の危険が大きい
それより何より、もう心を残さねぇと決めちまったから……
敢えて声を掛けることもせず、その場で別れたんでやす

北林の領内を目指していた途中、おぎんが後ろを振り返ってやしたが、そこに誰か居るはずも無く
「先生は、付いちゃあ来ませんよ」
そう口にしたのは、自分に言い聞かせる為だったのかもしれやせん
奴(やつがれ)共の口を封じようとする動きもあり、騒がしくなってきた身辺
北林藩に運び込まれたであろう “死神”
その “死神” を見ちまった以上、先生も無事では済まねぇでやしょう
だが、もう後はてめぇの運で何とかする他ぁねぇ

実際、先生は運の強いお人だ
陸に上がってから危ない目にも遭ったそうでやすが、無事、助かっていなさる

宿まで訪ねてきた元北林家家臣・東雲右近から北林藩で起こった七人みさきの話を聞き
「そなたは今、死地にいる」 と忠告を受けたものの、そのまま町の中をさ迷うように歩いていた先生
命を狙われているというのに怖くも思わず、自分の心が既に死を願っているのかと自問していたところへ
貸本屋の平八に会い、城で売ったという無残絵「世相無残二十八撰相」を見せられた
お城直々のお召しだったと聞き、祟りの根源こそが北林藩の城にいると確信した先生
目指す場所がはっきりした時、奴(やつがれ)達が向かった先もそこだと思い至ったんで御座いやしょう
その後、人気の無い場所で三人の侍に囲まれると
「まだ死ぬわけにはいかないんです!」 と涙を流しながら訴えた先生
そこに右近が追い付き、先生は命を落とさずに済んだ
けれど、まだ死ぬわけにはいかない、とは何か遣り残したことがあるのか
それは、奴(やつがれ)に関わりのあることなんで御座いやしょうか……

しかし、気になるのは京極亭
一体何をしようってのか
具体的なことまでわからなくとも、このまま見過ごすわけにはいかねぇ
とにかく探りを入れる為、城に忍び込もうとしたんでやすが、その時、思いがけない人物を見てしまいやした
北林藩の者と一緒にいたのは、奴(やつがれ)達が倒し損ねた白菊
やっぱり繋がっていたとは……厄介でやす

気付かれないよう後を追うことにし、城の裏口にやってきた時に見たのは、侍に飛び掛かっていく右近の姿
そして、その後ろで叫び声を上げる寸前の先生
咄嗟に長耳が口を塞ぎ、出ようとした身体を押さえやした
関わりは避けようと思っていたんでやすが、先生の命がかかっているとあっちゃぁ、じっとしていられねぇ
本当に、間に合って良かった…
今のところ、城の者に先生のことまでは気付かれていやせん
つくづく運の強いお人でやすねぇ、先生は

その後、取り敢えず場所を替えて、先生がここまで辿り着いた理由を聞かせてもらうことにしやした
先代城主の奥方、楓の方様が天守から身を投げ、城下で凶事が始まったのはそれからだ、と聞いた先生
七枚続きの無残絵を買い求めていた者が城内にいる
七人みさきとは無残絵の見立てでは無いのか
祟りがあると言われていたのは、真実を隠す為に流された噂だとしたら
そんな自分が想像した考えを、身重の妻が攫われていた右近にも聞かせた
すると、右近は侍の前に飛び出していき捕まってしまった
そのことを、自分のせいだと思い悩む先生
差し込む月明かりの陰になっちまって、先生のはっきりとした表情はわかりやせん
が、声の調子からして、かなりまいっている様子
だから、というわけではありやせんが、先生が落ち込むことは無いと慰めて差し上げやした
あの右近という侍は、死に場所を探していたのだ、と
それにしても、先生は随分とおっかねぇ事を思い付きなさる
流石は物書きと言ったところで御座いやすか

そして、始まった仕掛け
先ずはおぎんの出番でやす
みさき御前の幽霊となって現われ、城内を撹乱
その隙に、奴(やつがれ)と共に、隠し扉や妙な通路が作られている城へと忍び込みやした
階段を下りて行った先で見たのは、やはりここに運び込まれていた飛火槍と、その周りで働かされている人々
その向こうには、飛火槍を凝視している弾正と白菊
…見付けやした
本当の死神であり、奴(やつがれ)共の相手、城主・北林弾正
いよいよ、その時がやって来やした
全てに決着をつける、その時が……







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妖かし…ではなく、ヒトを救いたいと願う百介さんは
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